15話 説明
7月中盤から始まる長期休暇、つまり夏休み。
その初日、部活終わりに俺は橋本に誘われ、橋本の家で勉強会をすることになった。
すでに2時間が経過して、今は休憩中。
「橋本、お前の母さん、かなり驚いてたな」
「能力者が家に来たんだから、そりゃ驚くでしょ。お前もそろそろ、ああいう扱いに慣れたほうがいいと思うよ」
「もう慣れてるよ。諦めに近いけどな。──ん、あのゲーム……」
「おお、これか?」
そう言って橋本が手に取ったのは、パッケージに制服を着た女子が描かれているゲーム。
タイトルは『星降る夜に、君を待つ』──俺がバグを直したゲームだ。
「もう発売されてたのか……」
「あれ、五十嵐はこのゲーム、知ってるのか?」
「ああ、ちょっとな。面白いか?」
なぜ知っているのかは言えないので、早々に話を切り替えておく。
「面白かったぞ!主人公の友達の厳島って奴が、最高にいい奴でさー!」
「……そ、そうか」
「ああ!メインヒロインルートの最終日に、いいことを言うんだよ、お前もやってみるか?」
「ど、どうしようかな……」
さすがに『最終日の厳島は俺だ』なんて言っても信じてもらえないと思うので、誤魔化しておく。
「宿題が終わったら自分で買うよ。さ、宿題の続きを──って悪い、着信だ。ちょっと出るわ」
「気にしなくていいぞー」
マナーモードにしている携帯が震えている。
画面には『神林さん』の文字が出ている。
応答ボタンを押して、耳に当てる。
「もしもし、神林さん?」
『あ、五十嵐君。突然なんだけど、明日研究本部に来てもらってもいいかい?』
本当に突然だな。何かあったのだろうか。
「明日ですか?午前中は部活なので、午後なら行けますけど、それでもいいなら……」
『ああ、それで大丈夫だ。じゃあ、明日の2時ごろ、君の家に迎えに行くよ。それじゃあね』
「あ、はい」
電話を切って、携帯をカバンにしまう。
「誰から?」
「研究本部の人から。明日の午後に研究本部に行くことになった」
「研究本部か……憧れるな、俺も研究員になろうかな!」
憧れるようなものなのか。
「理系の科目ができないと、駄目じゃないか?」
「あ、やっぱそうなのか、じゃあ諦めよう!」
「切り替え早いな!」
スパッと気持ちを切り替えられるところは、見習いたい。
「さて、宿題の続きをするかな」
「おう、かなり進めてやるぜ!」
それから2時間ほど宿題を進めて、俺は帰宅した。
◆◆◆
翌日、午後2時半。
神林さんに連れられて、研究本部の一室に入ると、見慣れた顔が2つ。
「貫太さんと竹部さん、2人も呼ばれたんですか?」
「ああ、呼ばれたぜ」
「暇だったからね、来たのよ」
竹部さんは、相変わらずだな。
「それでは、こちらをご覧ください」
神林さんがホワイトボードの前に立ち、ボードをくるっと回す。
そこに書かれていたのは。
「『強化合宿日程表』──強化合宿?」
初めて聞いたので、何が何だか分からない。
まあ、この3人が集まったってことは。
「能力者が集まって、合宿するってことですか?」
「そういうこと!各自の能力を意図的に進化させよう、って試みさ」
「なるほど」
そんなことを考えていたのか、研究本部。
「でもよ、神林、参加するのはこの3人だけなのか?少なすぎると思うんだが」
「そうよね、さすがに少なすぎると思うわ」
え、俺が参加することは決定しているのか。
「あ、やはりそう思いますか」
神林さん、予想していたかのような発言をする。
「実は、現在発見されている能力者10人全員に連絡したのですが、参加を承諾してくれたのは4人だけでして」
「4人……五十嵐は強化合宿があることを知らなかったみたいだし、その数には含まれてないよな。となるとあと2人──誰が参加するんだ?」
誰だろう、まったく予想がつかない。
「第一能力者と第九能力者です。彼らは用事があって今日は来れませんでしたが、あとで僕から詳しい話をしておきます」
「──おい、今『第一能力者』と言ったか?」
貫太さんが、神林さんを睨む。
「え、ええ。何か問題がありましたか……?」
「──よくやった、神林!」
貫太さんは立ち上がって、笑顔でガッツポーズをする。
なんでこんなに嬉しそうなのだろうか。
「第一能力者って言ったら、能力者の中で一番強いって評判の奴じゃねえか!一度会ってみたかったんだ、来ることは確定しているのか?」
「『まだ見ぬ能力者と出会いたい』と言っていたので、キャンセルすることはないと思います。参加者に関して、他に質問はないですか?」
「あたしから質問してもいい?」
「もちろんです。何でしょうか?」
質問の内容は、なんとなく分かっているが。
「第九能力者の精神は、完全に安定しているの?」
「ええ。第七能力者はもう大丈夫だと言っていました」
「第七能力者ねえ。どうも胡散臭いのよね、あいつ」
「竹部さん、第七能力者と会ったことがあるんですか?」
俺は名前しか知らないから、どんな人なのかは分からない。
「研究本部で会ったことがあるのよ。戦ったことはないし、あまり会話もしなかったんだけど、印象は深かったわ。何を考えているのか分からない、って感じね」
「そ、そういう人なんですか……」
不気味な感じの人なのだろうか。
「でもまあ、第七能力者がそう言うのなら、大丈夫なんでしょうけどね。あたしからはもうないわ」
「そうですか。五十嵐君、君からは何かあるかい?」
「あ、じゃあ一つだけ訊きたいんですが……瑠璃さんは参加しないんですか?怪我とかがあったら、大変だと思うんですが……」
「瑠璃は参加しねえよ。できない、って言った方がいいか」
参加できない──?
「瑠璃は子供の面倒を見なくちゃならねえから、参加はしない。俺も家に残ろうと思ったんだが、瑠璃に参加することを薦められてな、今回はそれに甘えて俺も参加することにしたんだよ」
「あら、ついに第五能力者に捨てられたのかしら?」
「──今ここで、お前をぶっ飛ばしてもいいんだぞ、竹部?」
「じ、冗談よ……だからぶっ飛ばさないでください」
さすがの竹部さんも、貫太さんのことは怖いらしい。
「そういう訳だから、瑠璃さんは参加しないんだ。で、五十嵐君」
「はい?」
「君はどうする、参加するかい?」
「そうですね……」
瑠璃さんがいないってことは、怪我を治せる人がいないってことになるけど……。
「参加します」
「お、そうかい」
「はい。もっと強くなりたいんです。だから、参加します」
「分かった、君の名前も入れておくよ。じゃあ、ボードを見てくれ」
神林さんが、ホワイトボードの真ん中あたりを指差す。
「期間は三日間、つまり二泊することになりますから、着替え等は各自で用意してください。場所はここから電車と飛行機で3時間くらいの、海が見える宿泊施設です。もちろん一人部屋ですよ」
「あの、研究本部でやるんじゃないんですか?」
研究本部でやるんだとばかり思っていた。
「たまには違う環境でやったほうがいいと思ったからね。あ、交通費と宿泊代は、もちろんこっちが持つから、安心してくれ」
「ふ、太っ腹ですね……飛行機代とか、高くなかったですか?」
家族で乗ったことならあるが、当然親が払ってくれていたから、飛行機代がいくらかかるのかは分からない。
「研究本部には少し多めに国家予算が組み込まれているからね。心配しなくて大丈夫だよ」
「そ、そうですか」
国家予算──すごい単語が出てきたな。
「『合宿』の方は分かった。で、肝心の『強化』する場所はどこなんだ?」
「近くのトレーニング施設を借りられたので、そこでします」
「屋内だと、俺の能力は強化できないと思うんだが」
「屋外もありますので、ご心配なく」
結構しっかりと計画を立てているんだな。
「貸切なの?」
「それが……予約した際に、手違いがあったらしく」
「手違い──ですか?」
「ああ。ちょうど同じ時間に予約が入ったらしくてね、そこの近くにある高校の、野球部と卓球部も一緒に使うことになってしまったんだ」
そ、それは──大丈夫なのか?
「高校側は、なんて言ってるの?」
「『元々自分たちだけで使う予定ではなかったので、他の団体と一緒になっても問題はありません』……という風に回答してもらえました。なので、参加する皆さんさえよければ、予定通り、そこで行うつもりなのですが……」
「俺はいいぜ、相手が崇めてこなければ、の話だがな」
「あたしもいいわよ、相手が逃げ出さなければ、だけどね」
2人の性格がよく分かる回答だ。
「五十嵐君は?」
「俺は──大丈夫です、相手が怯えてこなければ、ですが」
「そうかい、よかった。皆さん、心配することはないでしょう。その高校は、超能力検査を定期的に行ったり、超能力についての講義も行われている、能力者のことをあまり恐れていないところなんです」
「それなら、安心だな」
よかった、怯えられるのは嫌だからな。
「日にちなんですが、ここに書いてある通り、8月4日から6日までです。当日の朝7時に、担当の研究員が家まで迎えに行き、空港まで送ります」
「俺の場合は神林さんですよね、神林さんも来てくれるんですか?」
「ああ、もちろんだよ。各自の担当になっている研究員は、ちゃんと現地まで同行するよ」
よかった、何かあった時に頼りになるからな、神林さん。
俺より超能力のことについて、詳しいし。
「あ、あと一つだけ訊きたいんだけど、いいかしら」
「何でしょうか?」
「飛行機の座席のランクはどのあたりなの?」
ああ、エコノミークラスとか、ビジネスクラスとか、複数あるんだっけ。
「今回はビジネスクラスです。ファーストクラスも考えたのですが、そこまでいくと予算的に厳しくて──申し訳ありません」
「あ、謝ることはないと思いますけど……俺にファーストクラスなんて似合わないですし」
「あたしも、ビジネスクラスで十分だと思うわ」
「俺もだ。ファーストクラスに乗ることになってたら、さすがに俺も払わなくちゃ気が済まないからな」
俺はエコノミークラスでも、払いたい気持ちでいっぱいなのだが。
「そう言ってもらえてよかったです。──っと、今日説明しなければいけないのは、これくらいでしょうか。──あ、当日持っていく物については、こちらから書類をお送りしますので、ご心配なく。では、今日は解散としましょうか」
「分かったぜ。じゃ、俺は帰るよ。また強化合宿の時に会おう」
「あたしも帰るわ。それじゃあねー!」
そう言って、2人は部屋を出て行った。
「さ、僕が送るから、君も家に帰ろうか」
「あ、分かりました」
こうして、俺は強化合宿に参加することになった。
楽しみというか──ドキドキ、ワクワクするな。




