14話 新庄新
あの後、俺は竹部さんと瑠璃さんが治療を受けている施設に行き、テレビから流れていたニュースを見た。
スタジオで司会とアナウンサー、学者、それとタレントが研究本部で起こった事件について、話をしていた。
『幸いにも死人は出なかった』とか『警察の機動隊が戦って解決した』なんて言っているあたり、まともに調べてはいないのだろう。
まあ、俺が戦ったなんて報道されても、それはそれで困るが。
新庄のことについて、竹部さんたちと語っていると、スタジオから中継先へと場面が切り替わった。
中継先は、なんと研究本部。
一般人を入れていいのかと訊くと、神林さんは『あまり隠し過ぎるのも、変な疑いを招くからね。ある程度は仕方ないさ』と答えた。
神林さん、色々と考えているんだな。
10分ほど話した後、俺は神林さんの車(無事だった)に乗って、自宅まで送ってもらった。
◆◆◆
(──憂鬱だ)
家のドアの前で、立ち止まる。
5月の大型連休に、母さんたちにはかなりの心配をかけたから、もう危険なまねはしないように──と考えていたが、結局また戦っちゃったし……なんて話したらいいんだろう。
──と、そんなことばかり考えていてもしょうがない。
ドアを開け、中に入る。
「ただいま……」
ドアを閉め、靴を脱いでいると、居間のドアが開いた。
「あ、母さん、……ただいま」
「おかえり、武彦。どうしたの、様子がおかしいわよ?」
「へ?え、えっと」
もしかして、研究本部で事件が起こったこと、知らないのかな?
知らせた方がいいんだろうけど……知らないほうがいいのかもな。
「ううん、なんでもないよ。それより母さん、お腹減ったよ……」
「そう言うと思って、もう用意してあるわよ。さ、手を洗って台所に──」
ガチャ、と玄関のドアの開く音。
「ただいま母さん!って、兄ちゃん!大丈夫だったの!?」
「……隆」
バッドタイミングだよ、マジで。
「え、隆?大丈夫って……何かあったの?」
「母さん、ニュース見てないの?超能力研究本部が能力者に襲われたらしいんだよ」
「──え?」
──全部言ったな、隆。
数秒経って、母さんはようやく理解できたようで。
「武彦、あなた……今日はどこに行ったんだっけ?」
「……研究本部です」
思わず敬語になる。
『研究本部に行ってくるね』なんて言って出かけたから、当然母さんは俺が研究本部に行ったことを知っている。
「でも兄ちゃん、今日は戦わなかったんでしょ?警察の機動隊のおかげで解決したらしいし」
「あら、そうなの?……びっくりしたわ、また戦ったのかと思っちゃったわ」
「あ、えっと……」
言うべきだろうか。
頼み込めば、神林さんは話さないでいてくれるだろうし、その方がいいのかもしれない。
──でも。
「ごめん、今日も戦ったよ」
今は正直に言った方がいいだろう。
「……そう、なのね」
「で、でも安心して、怪我は瑠璃さんに治してもらったから」
「怪我をするくらいに、戦ったのね?」
「そ、その、えっと……ごめんなさい」
そう捉えるか。いやまあ正しいんだけど。
「お昼ご飯を食べてから、話してもらうわ。それでいい?」
「うん、いいよ」
「……お腹、空いたでしょ?」
「──」
声が出なかった。
母さんは、俺以上に辛く感じているんだ。
──でも。
俺は、能力者として生きるんだ。
そのことを、ちゃんと分かってもらわなければ。
母さんには、味方でいてもらいたい。
◆◆◆
昼食を済ませ、台所のテーブルに俺と母さんが座る。
隆は居間でテレビを見ている。
空気を読んでくれたようだ。
「……ねえ、母さん」
「なに?」
「俺、さ」
俺の正直な気持ちを、話そう。
「自分が能力者だと分かったとき、『なんで俺なんだ』って思ったんだ」
「そうなの?」
「うん。面倒事に巻き込まれるのは嫌だし、何より危険だと思ったから」
あの時、俺は確かにそう思った。
「周りの人からは崇められるか怯えられるか、そのどっちかだったし、やめられるものならやめたかった。……でも」
「でも?」
「能力者として過ごしていくうちに、考えが変わったんだ。瑠璃さんは自分の身を削って他の人を助けるような優しい人で、貫太さんは犯罪者を嫌う立派な人──まあ、少し行きすぎてる感じはあるけど、そんな人だ」
母さんは、黙って聞いてくれている。
「竹部さんって人は、気さくで明るい人で、俺が最初に戦った人なんだ。それで──今日戦った、新庄って奴は──まだよく分からない。だけど──」
「だけど?」
「これから知っていきたい。新庄だけじゃなくって、他の能力者についても、もっと知っていきたい。だから、母さん」
話しておかなければ。
「俺が能力者として生きていくこと、止めないでほしい。戦って怪我をすることが、これからもあるかもしれない。それでも俺は──能力者でいたい」
「……そう」
母さんは立ち上がり、手をテーブルに置いて、俺の目をじっと見る。
「あなたが自分で決めたことなら、私は反対しないわ。──武彦、一つだけ、約束して」
「ん、何?」
「怪我をしても、危ないことに首を突っ込んでも、それはあなたが決めたことだから私は文句は言わない。だけどお願い。──死なないで」
「……うん、約束するよ」
母さんを悲しませることは、絶対にしない。
「それだけ分かってくれれば、いいわ。……さ、これでこの話はおしまい!武彦、宿題はやったの?」
「あ、まだだ……今日中にやるよ。じゃ、部屋に行くね」
「ええ。……頑張ってね」
「うん、頑張るよ」
そのために、もっと強くならなくては。
◆◆◆
翌日。
竹部さんに呼ばれて、今日も研究本部に来た。
もちろん、今日も神林さんの車に乗ってきた。
駐車場から少し歩いたところで、見知った顔を見つける。
「あ、貫太さん」
「おお、五十嵐じゃねえか」
「貫太さん、片付けを手伝ってるんですか?」
散らばっている瓦礫を、移動させている。
「ああ、そうだ。人手が足りないからな、俺もこうして手伝ってるんだ」
「そうなんですか。……能力で運べないんですか?」
貫太さんの能力なら、瓦礫を浮かべることもできそうだけど。
「『大地』は土や石じゃないと操れねえんだ。鍛えればこういう瓦礫も操れるんだろうけどな」
「なるほど、そうでしたか」
そんな欠点があったのか。
「五十嵐君、そろそろ行くよ」
「あ、はい。貫太さん、それでは」
「おう、じゃあな!」
竹部さんの待つ部屋に、向かわなければ。
◆◆◆
神林さんに案内してもらった部屋では、竹部さんがソファーに腰掛けていた。
「お、五十嵐、来たね」
「来ましたよ。具合はどうですか?」
「普通に歩けるくらいには回復したよ。第五能力者の疲労も少なくなってるはずよ」
「そうですか、よかった……」
竹部さんも瑠璃さんも、元気でよかった。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「この中身を分けようと思ってね。さ、座って」
テーブルを挟んだ反対側のソファーに座る。
神林さんは携帯にメールがあったみたいで、どこかに行った。
「それは──封筒ですよね」
「どこからどう見ても、封筒だね。中はお金が入ってるけどね」
「お金……あ、昨日の依頼の報酬ですか?」
「正解。ゲームのソフトは無事だったからね、本体は壊れたけど」
そう言って、竹部さんは笑う。
「とりあえず、あたしはこれくらいもらうよ」
竹部さんは、封筒から1万円札5枚を取り出して、自分の財布に入れた。
──そんなにもらえるんだ。
「あとはあんたの分だ。受け取りな」
「あ、ありがとうございます」
封筒を受け取る。
──少し重い。中を見てみる。
「おお、1万円札」
1万円札が1枚、2枚、──って、10枚も!?
「た、竹部さん、間違ってませんか?」
「おや、少なかった?」
「ち、違いますって!こんなにもらっていいんですか?」
竹部さんの能力がなければ、そもそも俺はゲームの中に入れなかったんだから、竹部さんはもっともらってもいいと思うのだが。
「いいんだよ。あたしは最初に能力を使っただけだからね。もっと渡してもよかったくらいよ。それに──」
「それに?」
「第九能力者のことを、あんたに丸投げしちゃったからね。そのお詫びも入ってるのよ」
「で、でも、俺にはこんな大金──」
使い方が分からないというか、使い道がない。
「受け取ってくれよ。それで家族に美味しいものを食べさせてやりな」
「あ……分かりました」
「それじゃ、またね!」
「は、はい!」
竹部さんは、部屋を出て行った。
やっぱり竹部さん、いい人だ。
◆◆◆
5分ほど部屋で待ったが、神林さんが戻ってこなかったので、俺は一人で駐車場に向かうことにした。
部屋を出て少し歩いていると、神林さんがこちらに向かってきた。
──昨日、俺と戦った奴を連れて。
「し、新庄!?」
「おお、五十嵐。昨日ぶりだな」
「へ?あ、ああ、そうだな」
あれ?
新庄の奴、昨日よりもはっきりと喋れるようになっている。
「ってか、神林さん!新庄をここに連れてきてよかったんですか?」
「安心してくれ、五十嵐君。新庄君ならもう大丈夫だよ」
「え、そうなんですか?」
確かに、新庄から危険な感じはなくなっているが──。
「五十嵐、昨日はすまなかった」
「え!?」
「何を驚いてるんだ、五十嵐」
「い、いや、だって……人が変わり過ぎてるだろ!」
昨日はあんなに暴力的な奴だったのに。
「人が変わった、か。惜しいな」
「お、惜しい?」
「ああ。『人格が変わった』ってのが正解だな」
「え、人格?」
どういうことなのか、全然分からない。
「神林さん、あんた五十嵐に何にも言ってないんすか?」
「僕は口止めされているからね。何も教えられないよ」
「なるほどね。そういうことなら、俺から言いますよ」
──話についていけていない。
「俺は普通の人格を手に入れたのさ。第七能力者のおかげでね」
「第七能力者ってのが、昨日神林さんが言っていた、協力してくれた能力者なのか?」
「ああ、そうだ。確か『人格』とかいう能力を持ってる」
『人格』か。
──あ、今普通に漢字まで分かった。
やっぱり俺の能力、進化しているんだな。
「ってことは、昨日までのお前の人格は普通じゃなかったのか?」
「ああ。俺の人格は壊れていた。昨日までの俺にはそうは思わなかったが、今ははっきりと分かるぜ」
「なるほどね。──トラウマの原因と、壊れていたことに関係はあるのか?」
訊いていいのか一瞬迷ったが、訊くことにする。
「ああ。俺は小さいころから虐待を受けていてな」
「あ……悪い、そんなことを話させちゃって」
「いいよ、別に。ってか、話させてくれ。話すことで楽になるのさ」
「……分かった」
新庄は上を向いて、楽しかった思い出でも語るかのような、明るい口調で話す。
空気を読んだのか、神林さんは駐車場の方へと姿を消した。
「俺は両親から、喋ることを禁じられていた。なんでなのかは分からない。あいつらからすれば、俺の存在自体が邪魔だったんだろう。──それが、高校まで続いた」
「え、高校って──お前何歳なんだ?」
「お前と同い年だよ。16歳、高2だ」
「あ、そうだったのか……」
歳はあまり離れていないと思っていたが、まさか同い年だったとは。
「高校から帰って、毎日欠かさず続いていた虐待を受けていたときに、急に身体に力がみなぎってきたんだ。何が起こったのか、お前なら分かるだろう?」
「能力者として、目覚めたってことか」
「ああ。お前にはその自覚がなかったみたいだが、俺にはあった。一瞬で理解したよ、『能力を使って両親を倒せば、俺は自由になる』ってな」
自由に、か。
「でも、その考えは違った。両親に殴る蹴るの暴行を加えた俺は、警察に逮捕された。もちろん、虐待を受けていた証拠があったから、両親も逮捕されたけどな」
「それで、警察を敵視してたのか」
「ああ。──逮捕された瞬間、俺の人格は崩壊したらしい。研究本部が手をまわしてくれて、俺は釈放されたが、それからの数か月はあまり憶えていない。とにかく他の能力者と戦って、強くなろうとしていたことだけは分かる。そして昨日、お前と戦った」
引き分けた勝負のことだ。
「お前のおかげで、俺はトラウマを克服できた。お前は俺に負けたと言ったが、それは違う」
「……?」
「昨日の勝負、お前の勝ちだ。お前には、他人のトラウマを克服させるだけの力がある。その点で、俺は負けたんだ」
「いやいや、そんな……」
俺の方を見て、新庄は話す。
「俺は、両親の心を正そうなんて、一回も考えなかった。考えようとしなかっただけなのかもしれない。──俺は、お前に感謝しているんだ、五十嵐」
「……じゃ、素直に感謝されておくよ」
それだけの過去を、軽快な口調で語れる新庄の方が凄いと思うが、ま、今日は感謝されておこう。
「そうだ、自己紹介をしていなかったな。俺は新庄新、さっきも言ったが16歳、高2だ」
「俺は五十嵐武彦、お前と同じで16歳、高2だよ」
「──五十嵐、頼みがあるんだが」
「ん、なんだ?」
新庄から、頼み?
「友達になってくれないか?」
「ああ、分かっ……え?」
「俺には友達と呼べる奴がまったくいない。いたことはあるが、俺が能力者だと知って離れていった。だから──」
「……なんだ、そんなことか」
答えは決まっている。
「もちろんだ。これからよろしくな、新庄!」
「ああ、五十嵐!」
固く、握手をする。
「じゃ、俺は担当のところに行くよ。またな、五十嵐」
「ああ、また会おう。じゃあな」
新庄は、笑顔で研究所の奥へと去っていった。
さ、俺は駐車場へと向かおう。




