13話 『惑星』
「──え?」
何の声か気になり、開いた目に飛び込んできたものは。
「た、竜巻──だよな?」
上空に、空気の渦ができている。
竜巻だとしたら、おかしいことがある。
「なんで、あんな上にできてるんだ?」
竜巻って、普通は地面に接していると思うのだが。
誰かの能力──なのか?
『大丈夫ですか?』
「え、だ、誰!?」
急に話しかけられて、驚いた。
俺の周りには、誰もいないのだが。
『やはり、私たちの声が聞こえるのですね』
「えっと……どちら様ですか?」
機械の電子的な声とは違う、透き通るような、優しい声。
『私たちは、風です』
「……へ?」
風って……あの、吹く風のことか?
不自然な竜巻を思い出し、空を見る。
落ちてきた車は竜巻に巻き込まれ、すでに俺の頭上からは移動していた。
竜巻自体が移動しているのだろうか、車はゆっくりと地面に向かってきている。
「助けてくれたんですね……ありがとうございます」
『気にしないでください。ところで、なぜ私たちの声が聞こえるのですか?』
「あ、それは──俺が能力を使ったからだと思います」
能力を使った直後に、声は聞こえたからな。
『あなたも能力者でしたか!私たちの知り合いにも、能力者がいるんですよ』
「え、風を操る能力者がいるんですか?」
何とも強そうな能力だ。
『正確には、『空気を操る能力者』ですね。おっと、こんなことを話している場合ではないですよ』
「……そうですね。すみませんけど、もう少しだけ力を貸してもらえますか?」
『もちろんです。何か手伝えることがありますか?』
たくさんある。
「第九能力者──さっき俺と戦っていた奴がどこに行ったか、教えてもらえますか?」
『はい。彼は──ここではない、駐車場に向かっています』
「え!?」
第九能力者と最初に会った駐車場。
あの場所の近くには、竹部さんと瑠璃さんがいるはずだ。
「まずい、早く行かないと!」
『何かあったのですか?』
「能力者2人が、そこの近くにいるんです。2人とも戦える状況じゃないので、向かわないと!」
『では、力を貸しましょう』
もう一つの駐車場に向かって走り出すと、後ろから風が吹いてきた。
追い風だ。
「待ってろよ、第九能力者!」
◆◆◆
研究本部、壊滅した一室。
「変な方向から風が吹いてるわね、どういうことかしら?」
「この方向は──研究本部の裏から吹いているのでしょうか」
竹部洋子と水面瑠璃が、神林颯に治療されながら話していた。
治療と言っても、神林は能力者ではない。
能力を使ったものではなく、応急処置のようなものだ。
「それにしても、ごめんね、神林君。本来なら私が治療しなければいけないのに」
「気にしないでください。死んだ研究員を生き返らせてくれたんです、少し休んだ方がいいですよ」
「そうよ第五能力者、あんた頑張り過ぎなのよ。あたしみたいに自由に生きたほうが楽しいわよ」
「あなたは少し、自由過ぎると思うのですが……」
水面瑠璃は、呆れていた。
「まあ、なんでもいいじゃない」
「まったく、竹部さんったら……」
「あはは、2人とも、元気そうでよかったです」
「そう、だな、元気な、奴は、殺さ、なければ、な」
「「「──え?」」」
3人が一斉に、声がした方向を見る。
そこには。
「だ、第九能力者!?なんで、五十嵐は!?」
「あいつ、なら、殺した。もう、この世、には、いない」
「そんな……嘘です!五十嵐君が死ぬはずがありません!」
「どう、だろう、な。今頃、跡形も、なく、消えた、だろう──」
「あ、第九能力者見っけ!」
「──は?」
◆◆◆
「やっぱりここにいたか、第九能力者!その人たちに手を出したら、承知しないぜ?」
「な、なんで、お前が、ここに、いるんだ!」
なんで、と言われても。
「お前を追ってきたんだよ、それくらい分かるだろ?」
「お、お前、その足で、走ってきた、のか?」
「足?……ああ、そういえば」
右足を捻挫していたのを、すっかり忘れていた。
「まったく、言われなければ忘れたままだったのに……痛くなってきたじゃねえか」
「痛み、を、我慢、してきた、ってのか!?」
「まあ、そういうことになるかな。瑠璃さん、治療してもらってもいいでしょうか?」
「いいわよ、こっちに来て」
瑠璃さんの傍に行く。
「体力持ちますか?」
「これくらいなら大丈夫よ。──『回復』!」
おお、一瞬で痛みが消えた。
腫れも徐々に治まってきている。
「ありがとうございます、瑠璃さん。さて第九能力者、戦いを再開しようか」
「いい、だろう、すぐに、殺して、やる!」
「……そんなものまで複製できたのかよ」
第九能力者の右手に、手榴弾が現れる。
研究本部が壊滅した原因はそれか。
ってか、複製できたってことは、本物を持ち歩いているってことだよな。
「危険物所持で取り締まられるべきだと、強く思うよ」
「警察、なんかに、能力者を、取り締まれるほどの、力は、ない!」
──警察を敵視しているのか?
「死ね、第十能力者!」
ピンを外して、投げてきた。
避けることもできるが、俺の後ろには瑠璃さんと竹部さん、それに神林さんもいる。
それなら、やることは決まっている。
「風たち、頼みます!手榴弾を上空に吹き飛ばしてください!」
『分かりました。はっ!』
俺の後ろから、突風が吹く。
外に転がっていった手榴弾を、今度は竜巻が上空へと運ぶ。
そして、上空で爆発。
「あ、危なかった……ありがとうございます、風たち」
『次はどうしますか?』
次は──そうだな、ここから離れようか。
「第九能力者を駐車場まで飛ばしてください!」
『分かりました』
「な、なんだ!?」
第九能力者の身体が浮かび、外の駐車場に放り出される。
頭から地面に激突し、数回転がって止まった。
右頬に擦り傷を負ったようだ。
「くっ……!」
「痛いか、第九能力者?それの何十倍もの痛みをみんなに与えたんだ、罪はきっちり償ってもらうぜ」
「『惑星』」
「──は?」
立ち上がった第九能力者の周りに、分身の第九能力者が現れる。
──一度に5人も。
「おいおい、それは反則じゃないのか?」
「戦いに、ルールなんて、ない!」
尤もな意見だ──と、感心している場合ではない。
6人の第九能力者が、走ってきた。
「風たち、さっき話したアレをお願いします!」
『分かりました。はぁっ!』
俺を中心に、竜巻が起こる。
俺の歩きに合わせて、移動してくれる便利な機能つきだ。
「はっ!」
第九能力者が殴りかかってくる。
だが。
「くっ!」
「風の防御ってのも、案外かっこいいだろう?」
風に弾かれ、第九能力者は倒れて消えた。
分身だったようだ。
「はっ!……うわっ!」
また一人、突進してきた第九能力者が倒れ、消える。
余裕ができたので、少し観察をしてみたが、意外な事実を発見した。
(全員、右頬に擦り傷がある。つまり──)
第九能力者の能力は、『現状を複製する』能力なのだろう。
怪我を治せていないあたり、そうらしい。
「俺の勝ちだ、第九能力者!」
「『惑星』!」
「──っ!?」
俺の周囲が、急に暗くなる。
また車が上に現れたのだろうか──いや、違う!
「お、俺!?」
風を纏った『俺』が、俺の真上に現れる。
嘘だろ……他人まで複製できるのかよ。
もう一人の俺も、驚いているようだ。
「ど、どいて俺ー!」
「む、無理だって、この距離じゃ……うわっ!」
竜巻同士がぶつかり、俺ともう一人の俺は突風によって吹き飛ばされる。
「風たち!風で砂を舞い上げてください!」
『分かりました。はぁっ!』
「はっ、この、程度の、砂ぼこり、目潰しにしか、ならない、ね!」
「それが目的だからな!俺は逃げることにするよ!」
第九能力者に見えないところまで、逃げなければ。
◆◆◆
まだ被害を受けていない研究本部を走ること、5分。
しかし、この研究本部、やっぱり広い。
「追いついた、ぜ、第十、能力者!」
「行き止まりか──仕方ない、うおおおおおお!」
第九能力者に向かって、突進する。
「直線的、すぎる。簡単に、避けられ、──!?」
第九能力者の動きが、停止する。
──もう一人の俺によって。
「そのまま押さえつけていてくれ!はぁっ!」
「なっ!?──がはっ」
第九能力者の腹に、俺の全ての力を込めたこぶしを叩き込む。
能力の制御ができなくなったのか、もう一人の俺は消えた。
第九能力者だけが吹っ飛び、床を転がって、壁に激突する。
「はぁ、はぁ……もう一人の俺を消し忘れるなんて、油断のしすぎじゃ、ねえのか?」
「ちっ……」
「……さ、さすがに疲れたな」
疲労がピークに達したらしい。
俺は、床に膝を付けた。
「──俺は、負け、ない!」
「えぇ……まだ立ち上がるのぉ……?」
第九能力者には、まだ立ち上がれるだけの力があるようだ。
「もう倒れろよ、第九能力者……はぁ」
なんだろう、もうため息しか出てこない。
「悪いな、第十、能力者。負けるわけには、いかない、んだよ」
「それはこっちも同じだよ。……だけど、まあ」
座っているのも辛くなり、床に寝転がる。
「俺の負けだよ、第九能力者。……ああ、負け続きだな」
貫太さんに負けて、こいつにも負けた。
やっぱり、能力者って強いな!
「負けを、認める、のか」
「ああ、認めるよ!──単純な勝負だけじゃなく、違う面でも俺は負けた」
「違う、面?何を言って、いるんだ?」
「お前が一番、分かっているはずだぜ」
しかし、一番気付きにくいことでもあるかもな。
「お前、かなり喋れるようになってるじゃねえか」
「──!」
ああ、やっぱり気付いていなかった。
「少しはトラウマを解消できたんじゃねえのか?」
「……そうだな」
お、素直に認めた。
「しかし、これで今度こそ、俺の人生は終わるのか。……母さんたちにどんな顔を見せたらいいんだろうな」
「死体は、家族のもとに、運んで、やるよ。──トラウマを解消、させてもらった、礼、だ」
「あはは!そりゃありがたい。──さ、殺せ。みんなを守るために戦って、死ねるんだ。最高の死に方じゃねえか!」
「その、潔さ、嫌いじゃ、ない、ぜ」
第九能力者が、俺のもとに歩いてくる。
なぜだろう、死ぬのが怖くない。
戦い続きで感覚が麻痺してしまったのだろうか。
──まあ、なんでもいいか。
「──!……引き分け、だな、第十、能力者」
「は?何を言って……って、なんだ!?」
第九能力者の視線の先に、盾を持った人が数人。
盾の隙間からは、銃口が覗き込んでいた。
ドラマでよく見る、犯人を取り押さえるときの、アレだ。
「一体、これは──」
「五十嵐君、大丈夫かい?」
「か、神林さん!?」
盾の間から、神林さんが出てくる。
「この人たちは、一体──」
「僕が呼んだ、警察の機動隊だよ」
「え、神林さんが呼んだんですか!?」
えっと、だな。
「やっぱり神林さん、研究者としての地位、すごく高いんですよね?」
「いや、この研究本部の中じゃ、真ん中くらいだよ」
警察の機動隊を呼べるレベルなのに、真ん中くらい!?
ってことは、この研究本部で働いている研究員の(少なくとも)半分は、警察の機動隊を呼べるのか。
──俺、少し怖くなってきた。
「さあ、新庄君!大人しく降参するか、射殺されるか──どちらかを選びなさい」
厳しすぎ──ではないか、第九能力者は何人もの研究員を殺したんだし。
──でも。
「神林さん、殺さないでやってください、お願いします」
「……五十嵐君、君は優しすぎる」
怒られた。当たり前だが。
「新庄君は、君を殺そうとしていたんだよ?それなのに、君は新庄君を庇うのかい?」
「そ、それは──まあ、そうですけど」
「はぁ……降参すれば、殺すようなことはしない。賠償はしてもらうけどね」
「神林さん、怒ってます?」
目が笑っていない。
「当たり前だろう、研究本部の半分を壊したうえ、生き返ったとはいえ、大勢の研究員の命を奪ったんだ。──それなりの罰を受けてもらわなければ、研究員の気が治まらない」
「そ、そうですよね……」
「でも、安心してくれ。ある能力者が協力してくれたから、新庄君の精神を安定させることができるはずだ」
ある能力者──?
「さあ、新庄君。降参するか、射殺されるか、どっちにするのかな?」
「降参、する、よ。……五十嵐、と言った、か」
「ああ、お前は──新庄というらしいな」
なんとか立ち上がって、第九能力者──新庄と向かい合う。
「ありがとう、五十嵐、お前と、戦えて、よかった」
「……今度戦うときは、決着つけようぜ。もちろん、殺し合いなんかじゃなくて、トランプとか、テレビゲームとか、そんな感じの遊びでさ」
「ああ、そう、だな。……じゃ、また、な」
「またな」
新庄は、警察官に手錠を掛けられて、連行されていった。
手錠を掛けた警察官、手が震えていたな。
仕方ないが、警察なんだから怯えちゃいけないだろ、と思う。
「神林さん、協力してくれた能力者って、誰なんですか?」
「それは──僕は口止めされているから、言えないよ」
「そ、そうなんですか……」
知りたかったんだけどな。
「どうしても知りたいなら、新庄君から聞いてくれ」
「分かりました。……って、そういえば竹部さんと瑠璃さんは!?」
竹部さんは、生き返ったとは言っても、一度死んでいるんだし、相当な疲労がたまっているはずだ。
瑠璃さんだって、大勢の研究員を生き返らせて、疲れているだろう。
「心配しなくて大丈夫だよ、研究本部の治療施設は無事だったからね、そこで治療を受けているよ」
「そうですか、よかった……じゃあ、俺はそこによってから帰ります」
「そうだね、2人とも五十嵐君のことを心配していたから、帰る前に顔を見せてもらえると助かるよ」
瑠璃さんが心配してくれているのは想像がついていたが、竹部さんもなのか。
ありがたいな。
「神林さん、案内してもらえますか?」
「うん、こっちだよ」
──あ、母さんになんて言おう。
母さんの耳にも、このことは入るよな……ああ、憂鬱だ。
そんなことを考えながら、俺は竹部さんたちのところへと向かったのだった。




