10話 依頼
第二能力者──水面貫太さんに完敗した5月の大型連休が終わった。
貫太さんとの戦いは、公園の奥の方でやったということもあり、噂や目撃情報が流れることはなかったようだ。
殺し合いの現場を知り合いに見られなくて、本当によかった。
宿題の詩の件について、触れておこう。
あの後、俺は驚くほど簡単に詩を書くことができた。
題は『命について』。
あの戦いの後だったからだろう、命の尊さについて簡単に、重厚に書くことができた。
教師からの評価もそこそこだったし、まあ、結果オーライってやつだな。
ちなみに一番評価がよかったのは、橋本が書いた『未来について』の詩だ。
ありきたりな題だが(俺も人のことは言えないが)、リズムや言葉選び、その全てが綺麗だった。
橋本に文才があったことは、知らなかった。
今度、教わってみよう。
とまあ、そんなことがあった5月も終わり、もうすぐ6月も終わる。
──不思議なことに、約1ヶ月半の間、能力者関係の出来事は一切起こらなかったのだ。
嵐の前の静けさ、という言葉があるが……嵐、起こってしまうのだろうか。
……起こらないことを願うのみだ。
◆◆◆
6月の終盤の休日。
「……ということなんですが、引き受けてくださいますか?」
「ええ。五十嵐にも手伝ってもらえば、簡単に終わると思いますから」
「そうですか!では、こちらのゲームなんですが……」
「うーん……初めて見る種類のゲームね」
……えっと、だな。
なんで俺は、竹部さんの横に座って、ゲーム会社の人から依頼内容を説明されているのだろう。
思い出してみよう。
◆
『久しぶり、五十嵐!』
「ひ、久しぶりです、竹部さん。どうかしたんですか?」
『手伝ってほしいことがあるの!研究本部まで来てくれる?迎えは神林が行くから。じゃあねー!』
「……へ?」
◆
今朝の出来事を思い出してみたが、やはり分からない。
俺の返答を待たずに電話は切られたからな……せめて、簡単な説明だけでもしてもらいたかった。
「五十嵐、こういうゲームはやったことある?」
「えっと……ああ、なるほど」
パッケージには『星降る夜に、君を待つ』というタイトルと、制服を着た美少女のイラストが描かれていた。
──要するに、だ。
「ギャルゲーですよね、これ」
「はい!プレイしたことはありますか?」
橋本から勧められたのを、何個かやったことはある。
「有名なものなら、やったことはあります。そんなに数多くはプレイしていないですけど」
「ふーん、こういう……ぎゃるげー?をやったことあるんだ!あたしはないんだよね」
『ギャルゲー』の発音からして、竹部さんはこの手のゲームをそもそも知らなかったみたいだな。
「竹部さん──というか、女性向けのゲームではないですからね。やったことなくても不思議じゃないですよ」
「あ、そうなの?」
「はい。ゲームシステムは面白いですから、やってみるのもいいでしょうけど」
パッケージの裏を見てみる。
『星の降る夜にデートできるか!?』とか、『有名声優によるフルボイス!』のような宣伝文句が書かれている。
「どういうゲームなの?」
「主人公は男子で、攻略対象は女子。……いわゆる『恋愛シミュレーションゲーム』ってやつですよ」
「なるほど……そんなゲームがあったのね。今度買って中に入ってみようかな」
「面白く感じるかは、分かりませんけどね」
人を選ぶゲームだと思うし。
「よかった、五十嵐を呼んでおいて」
「あはは……電話が来た時は何事だと思いましたけどね」
──さて。
「依頼内容が『このゲームのバグを直してほしい』だということは分かりました。……ゲーム会社の人にも直せないようなバグがあるんですか?」
「はい。実は……主人公が、選んだ選択肢通りの言動をしないんです」
「どういうことですか?」
ゲーム会社の人は、ゲームのパッケージに描かれている美少女のイラストを指差した。
「この娘がメインヒロインなんですが、この娘のルートだけ、なぜか主人公が選択肢通りに動いてくれないんです。最初は作る段階で何かを間違っていたのかと思いましたが、シナリオはちゃんと読み込まれていますし、ゲームシステムにも問題は見つからなかったんです」
「そうなると──何が問題なんでしょうね」
さっぱり分からない。
「なるほどね。主人公が思った通りの言動をしてくれないっていうバグなら、他のゲームでもあったわね」
「竹部さん、『他のゲームでもあった』って、どういうことですか?」
「何回か、この手のバグを直してほしいっていう依頼が来たことがあるのよ」
そうなのか。
「自我を持つ機械があること、五十嵐は知ってるでしょ?」
「ええ。パソコンとは頻繁に話しますし」
「それと同じよ。ゲームの登場人物も、自我を持つことがあるの。機械と違って、現実のものじゃない『データ』だから、こういうことは滅多に起きないんだけどね」
「なるほど」
データだから自我を持つことがあまりない、というのはよく分からなかったが、『遊戯』の能力者の竹部さんが言うんなら、本当のことなんだろう。
「このゲームは預からせてもらってもいいですか?」
「はい。それと、こちらが依頼金です。では、よろしくお願いします」
そう言って、ゲーム会社の人は部屋を出て行った。
竹部さんはと言うと、依頼金の入った封筒の中を見ていた。
「今回の依頼は、五十嵐が中心になって、あたしがサポートするって形でいい?」
「ええ、いいですよ」
竹部さんは、ギャルゲーについての知識が全く無いようだし、それでいいか。
「もちろん、報酬は五十嵐の方が多くなるように調整するよ」
「あ、報酬とかあるんですか。……でも、元々この依頼は竹部さんに来たものですし、俺は少なめでいいですよ」
「……あんた、やっぱり凄いね」
「へ?」
唐突に褒められた。
「能力者としても、人間としても優れている。やっぱり、あんたは凄いよ」
「人間としては、どうか分かりませんけど……能力者としては、優れていないと思いますよ」
「なんでそんなに謙遜するの?」
なぜ、か。
「貫太さんには負けましたからね」
「──へ?」
竹部さんの動きが止まる。
「五十嵐、あんた……第二能力者と戦ったの!?」
「あれ、知らなかったんですか?」
能力者の間には伝わっているんだとばかり思っていた。
「知らないわよ!第一、なんで第二能力者と戦うようなことになっちゃったのよ」
「簡単に言うと、『第二能力者の勘違い』ってとこですね」
「よく殺されなかったわね……」
「瑠璃さんが貫太さんを止めてくれたので」
瑠璃さんがいなければ、どうなっていたことやら。
「早くも第五能力者を味方につけたのね。……侮れないわね、五十嵐」
「あはは……偶然ですけどね」
能力者生活が始まったあの日に、偶然、瑠璃さんと会っていてよかった。
「竹部さんだって、瑠璃さんと敵対はしていないでしょう?」
「そりゃあ、ね。怪我を治してもらいたいから、敵対はしていないわ」
「損得勘定で選んだんですか」
「否定はしないわ。……さ、そろそろ仕事を始めるわよ」
そう言って、竹部さんはカバンからポータブルゲーム機を取り出した。
「このゲームなら、これでプレイできるわね」
「いつも持ち歩いているんですか?」
「ええ。暇なときに、ゲームの中に入って遊んでいるの」
ゲームのディスクを手に取り、ゲーム機に入れる。
電源が入り、ゲームが起動する。
『♪~~♪~~♪~~♪』
タイトル画面が映り、静かな曲が流れる。
「はい、五十嵐がプレイした方がいいでしょ」
「そうですね。じゃあ、まずはどんなバグなのか見てみましょうか」
『はじめから』を押して、ゲームをスタートする。
◆◆◆
15分後。
『私は、あなたが好き。ずっと言いたかった。』
『→俺も、好きだよ。ずっと前から、好きなんだ。
ごめん、お前とは付き合えない。 』
やっと選択肢が出てきた。
「ゲーム会社の人が言っていたのは、たぶんここの選択肢のことですよね」
「今までプレイした中で、バグっぽいのは見つからなかったもんね。そうだと思うわ」
「よし、じゃあ……上を選びますね」
上の『好きだよ』の方を選ぶ。
『──ごめん、お前とは付き合えない』
『そんな──』
「……ああ、やっぱりここでしたね」
「五十嵐、さっきの選択肢まで戻って、今度は下を選んでみたら?」
「やってみます」
セーブデータをロードして、さっきの選択肢のところまで戻る。
そして、下の『ごめん』の方を選ぶ。
『──ごめん、お前とは付き合えない』
『そんな──』
「……さっきと同じ展開ですね」
「うーん……やっぱり、ゲームの中に入らないと分からないわね。五十嵐はゲームの中には入れるの?」
「入ろうとしたことはありますけど、入れませんでした」
「そう、じゃあ……私の能力を使うかな」
竹部さんの能力?
「竹部さんの能力って、自分にしか使えないってわけじゃないんですか?」
「他の人にも使えるわよ。五十嵐、準備はいい?」
「はい、大丈夫です。ゲームの中に入って、バグを直してくればいいんですよね」
「そうよ。じゃあ行くわよ、──『遊戯』!」
俺に向かって右手を突出し、竹部さんは叫ぶ。
俺は目を閉じて、その力に身を委ねる。
◆◆◆
目を開けると、そこは──
「──家?」
紺色の景色が広がっているわけではなく、一般的な『部屋』にいた。
外見は分からないが、備え付けてある家具から察するに、普通の家の一室だと思う。
『ふぅ、うまく入れたみたいね』
「竹部さん?ああ、声は聞こえるんですね」
『ええ。とりあえず、あんたの状況を説明するわね』
◆
竹部さんからの情報をもとに、自分なりにまとめてみた。
・今の俺は、登場人物の一人、主人公の友達の『厳島』という人物である。
・『五十嵐武彦』をゲームに入れても主人公と近づくのが大変なため、元々友達の『厳島』という人物に俺を変えてくれたらしい。
・『厳島』は一人暮らしなので、割と自由に行動できる。
・今日はゲームの中では最終日。
・つまり、今日主人公がメインヒロインに告白される。
◆
「メインヒロインのルートの選択肢は、すべて正解したものなんですか?」
『そうよ。順調にいけば、さっき見つけたバグが起こるはずよ』
なるほど。
「でも、さっきプレイした限りでは、厳島は最終日には出ていなかったですよね。主人公と会っても大丈夫なんですか?」
『大丈夫よ。厳島が最終日に出てこなかったのは、むしろよかったことだと思うわ。自由に行動できるんだからね』
「なるほど。俺は何をすればいいとか、決まってますか?」
『ううん、何にも決まっていないから、思うがままに行動していいわよ。失敗してもセーブデータをロードすれば、やり直せるからね』
それは安心だ。
「じゃあ、まずは主人公の家に行ってみます」
『場所は分かるの?』
「ゲームの背景から考えると、多分ここから近いです」
窓から見える景色が、主人公の家から見える景色と似ているのだ。
多分、この近くだろう。
「あ、帰るときはどうすればいいんですか?」
「帰るときは『帰りたい』と念じれば、一人でも帰れるわよ。それじゃあ、頼んだわよ!』
そう言って、通信は切れた。
さて、と。
主人公の家に、向かってみるか。




