1話 『円滑』
「結果は、陽性でした」
──愕然。
俺の人生に、多量のスパイスが投下されてしまったようだ。
それはもう、手の付けようがないほどの。
「よかったな、五十嵐!」
「おめでとう、五十嵐君!」
何がいいのか、何がめでたいのか、俺には理解できない。
「五十嵐君、君は橋前高校の誇りだよ!」
「は、はあ」
俺がこの高校の誇り?
笑わせないでくれ。
俺は、穏やかに暮らしたかったのに。
「では神林さん、詳しい結果を教えてもらえますかな?」
「ええ、分かりました」
昼休みに校長室に呼び出されたから、何かしてしまったのかと緊張したじゃないか。
「五十嵐君、詳しい結果なんだけど……」
「はい」
人生の転機なんて、いらないのに。
「君の能力は、『円滑』だね」
嗚呼、神様。
なぜ俺に、最大難易度の試練を与えたのでしょうか。
◆◆◆
この世界には、超能力者がいる。
こんなことを言えば、頭のおかしい人だと決めつけられ、迫害されただろう。
──数年前までは。
数年前、一人のアメリカ人男性が、とんでもないことをやってのけた。
溺れた子供を助けるため、海を割ったのだ。
ある人は『モーセの再来だ』と言って喜び、またある人は『悪魔の手先だ』と言って迫害した。
それを皮切りに、世界は超能力ブームに包まれた。
アメリカと日本では、『超能力検査』なんてものまで行われるようになった。
結果、日本だけでも4人の男女が、能力を持っていることが判明した。
日本も合わせると、世界で9人の能力者が見つかった。
前から超能力を持っていた人、常に使っていた人。
検査で初めて知った人もいるらしい。
超能力の種類までは、公表されていない。
噂だと、空を飛べる人や、動物に変身できる人がいるらしい。
あくまで噂だが。
◆◆◆
「『円滑』──ですか?」
能力の名前って、『飛行』とか『変身』みたいに、分かりやすい名前じゃないのかな。
どんな能力なのか、全然想像できない。
「そう。英語なら『スムーズ』とでも言うべきかな」
「そ、そうですか……」
『円滑』──それが俺の能力らしい。
「あの、検査だけで能力名まで分かるんですか?」
「ううん、検査の結果は、どんな能力なのかしか分からないから。能力名はこっちが勝手に決めちゃったものなんだけど、気に入らなかったかな?」
「いえ、そういう訳ではないですが……」
というか、どんな能力なのか分かるのか。
本当にここ数年で、科学は大幅に進歩したな。
「どんな能力なんですか?」
一番気になることを訊いておく。
自分にとって害になる能力ではないといいのだが。
「『人と人とを繋ぐ能力』、って感じだね」
「……は?」
全く想像していなかった答えだったので、変な声が出てしまった。
「あの、それは能力と言うんでしょうか……」
「まあ、これだけだと能力とは言い難いかもね」
まあ、そうだろうな。
「でも、鍛えれば実戦的な能力も使えるようになるはずだよ。あまり心配しなくてもいいんじゃないかな」
「そうなんですか、なるほど」
……ん、ちょっと待て。
今、神林さん、『実戦的』と言ったか?
「え、まさか戦うわけじゃないですよね?」
「うーん、今までに見つかっている能力者は、大体が好戦的だからねぇ。戦わずに済む保証はどこにもないね」
「ああ、そうなんですか……」
やっと気付いたのだが。
俺、すごく危険なことに巻き込まれているんだな。
「それじゃあ五十嵐君、本部に一緒に行こうか」
「え、本部って……超能力研究本部のことですか?」
超能力研究本部。
この県の中心部にある、周囲を木々に囲まれた施設のことだ。
ニュースでよく流れているから、テレビでなら見たことはあるけれど。
「その……俺なんかが行っていいところなんですか?」
世界中の研究者が集まっているところに、俺みたいな凡人が足を踏み入れていいのだろうか。
「『俺なんか』って……あのね、君は能力者なんだよ?行っていいに決まっているじゃないか」
「ああ、そうでしたね」
駄目だ、色々とあり過ぎて混乱してしまっている。
「研究本部に連絡はしてあるから、早速行こうか」
「あの、荷物を持って行ってもいいでしょうか……教室のロッカーに財布が入っているんですけど」
「ああ、もちろん。じゃあ、僕は駐車場で待ってるから」
そう言って、超能力研究本部職員の神林さんは、校長室から出て行った。
「そ、それじゃあ、失礼しました!」
「あ、五十嵐!」
先生たちの俺を舐め回すような目に耐え切れなくなって、俺は校長室から逃げ出した。
◆◆◆
「あれ?五十嵐、帰るのか?」
「ああ、橋本。少し用事ができたからね。悪いんだけど、あとでノートを見せてもらえる?」
「おう、いいぞ!」
やはり、持つべきものは友だな。
「ってか、校長室に呼び出されたらしいじゃねえか。何かやらかしたのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。……まあ、その辺は明日説明するよ。それじゃ、俺はこれで」
「分かった、じゃあな!」
深く詮索されない内に、さっさと退散することにしよう。
◆◆◆
橋前高校を出て15分ほどしたところ。
「あの、研究本部に行って、何をするんですか?」
「精密検査をするんだよ。脳波の測定とか、身体に異常がないかとか、そんな感じのね」
「ああ、そうなんですか」
……。
「……えっと、神林さんも研究員なんですよね?」
「うん、そうだよ。そんなに地位は高くないけどね」
「そうなんですか、なるほど」
……。
「…………」
「…………」
まずい、会話が続かない。
「え、えっと……」
「…………」
なぜかは分からないが、俺から話しかけないと、神林さんは言葉を発してくれないのだ。
仕方ない、しばらく窓の外を見ることにするか。
「…………」
「……い、五十嵐君、寒かったりはしないかい?」
「へ?」
ああよかった、話しかけてくれた。
嫌われている訳ではないようだ。
「いえ、大丈夫ですよ」
今は4月半ば。車の中も外と同じくらい暖かい。
「そ、そうかい。……酔ったりはしていないかい?」
「していないですけど……って、あの……もしかして」
今俺は、後部座席に座っているのだが。
運転している神林さん、尋常じゃない量の汗をかいているのだ。
「緊張しているわけではないですよね?」
「へ!?い、いや、そんなことないですよ!?」
なんで敬語になっているんだ……。
「俺が能力者だから、何かされるかも、とでも思っていたんですか?」
「う……その通りだよ……」
ああ、やっぱり。
「あのですね、一応言っておきますけど、俺は好戦的な部類には入りませんからね。安心してください」
「す、すまない……能力者の大半が好戦的だから、君もそうなのかと思ってしまったよ。悪かったね」
「いえ、気にしていないですよ」
安心したのか、神林さんの声が落ち着いてきた。
本当に、これから大変な人生になりそうだな。
◆◆◆
森のような場所に入っていき、ゲートを抜けると、そこが目的地。
「さあ、着いたよ五十嵐君。ここが超能力研究本部だ」
「うわ、思っていたよりも広いですね……」
敷地自体もかなり広いのだが、建物の数もすごい。
駐車場から見えるだけでも、6棟ほどあるのが分かる。
さすが、世界トップレベルの研究施設だ。
「荷物は持ったかい?」
「あ、はい」
「よし、それじゃあ行こうか!」
神林さんに続いて、俺も入口に向かう。
ああ、緊張してきた。
◆◆◆
自動ドアを入ったところで、神林さんは手続きをし始めた。
俺は暇なので、入口の掲示板を見ている。
『超能力のエネルギーに関する講演会』
『能力者の性格の研究』
……ここら辺は、まだなんとか理解できる内容なのだが。
『超能力発電所の建設に関する講座』
『能力者の睡眠時間とエネルギー量の関連性』
ここら辺で、文系の頭では理解できない内容が書かれ始めている。
というか、なんだ『超能力発電所』って……なんか怖いぞ。
「あの、すみません」
「……あ、はい、なんですか?」
いきなり声をかけられたので、少し反応が遅れた。
誰だろう、この女性。
「見慣れない顔ですが、研究員手帳を持っていますか?」
「へ?」
研究員手帳──ああ、神林さんが持っていた物か。
施設を使う上で必要なことが書かれているから、俺ももらえるらしい。
手続きが終わったら、持ってきてくれるだろう。
「すみません、今は持っていないんですが──」
「……あなた、何者ですか?」
「はい?……って、え!?」
目の前の女性が、銃を取り出し、俺に向けた。
……え、俺殺されるの?
「あ、あの……銃刀法違反では……」
「結構いるんですよね、あなたみたいに勝手に敷地に入ってくる人が」
「俺の話は聞いていないんですか!?」
駄目だ、この人、マジな目をしている。
「ご安心ください、麻酔銃ですから」
「それでも怖いんですが……」
安心できる訳ないだろう。
「では、侵入者はお眠りください」
「ちょ、本気ですか!?」
「さようなら」
引き金が、引かれ──
◆◆◆
──あれ?
撃たれた感覚がない。
恐る恐る、いつの間にか閉じていた目を開ける。
「大丈夫かい、五十嵐君」
「あ、はい……」
神林さんが、俺と女性の間に入り込んでいた。
「って、え、神林さん!?け、怪我はしていないですか?」
「大丈夫だよ。弾は発射されていない。音も聞こえなかっただろう?」
「そ、そうですけど・・・危険すぎますよ、神林さん!」
もしかしたら、神林さんが撃たれていたかもしれないのに。
「君に怪我をさせてしまったら、大変なことになってしまうからね。主に僕の研究者としての地位が」
「は、はあ……怪我がないのなら、いいんですけど……」
目の前の女性は、何が起きたのか全く分かっていないような表情をしていた。
「最近、侵入者が多いからね。みんなピリピリしているんだよ」
「は、はあ……」
侵入者がそんなに来るのか。怖いな……。
「だとしても、瑠璃さん。相手に突然銃を向けるのは駄目だと思いますよ?」
「そうね、今のは私が悪かったわ。ごめんなさいね」
「あ、いえ、ちゃんと説明しなかった俺も悪いですし……」
「……ふふっ」
笑われた。なぜだ?
「あなた、見かけどおり礼儀正しいのね」
「そ、そうですか?」
そこまで真面目な顔ではないと思うが。
「二人とも、自己紹介をしておきませんか?今後は頻繁に会うことになるでしょうし」
「あら、なんで頻繁に会うことになるの?もしかして、この子、私の担当になるのかしら?」
「違いますよ。この子も能力者なんですよ、瑠璃さん」
……『も』?
「そうだったの!?じゃあ、ちゃんと自己紹介しておかなきゃね」
「え、あ、はい」
何が何だか、分からない。
「『回復』の能力者、水面瑠璃よ。よろしくね!」
この人も、能力者なのか。
──って、ええ!?