夏色の僕ら
「あーづーいー」
馬鹿みたいな大声を出す親友の肩を思い切り叩く。
教科書のほとんど入っていない黒い革のスクールバッグを肩にかけ、緩くウェーブのかかった髪を一つに束ねた彼女。
ワイシャツのボタンを一つ外してネクタイを緩める。
学校を出てしまえば完全にオフモードに変わっている。
「アイス買ってくべ、アイス」
先程までの堅苦しい真面目キャラはどこへやら。
生徒会長の椅子から降りれば彼女はいつも通りに変わり、私の背中を押してコンビニを目指す。
はいはい、なんて返事をしながらも自転車を押す速度を早める私も、彼女には大概甘いな。
ダブルのソーダバーを買った彼女は、それを半分に折り私に片方寄越した。
ゴミ箱に袋を捨てる彼女の背にお礼の言葉をかけると、ふるりと首を横に振っていた。
その代わりにと私の自転車のカゴの中に、無造作に自分の鞄を突っ込んだ。
そして私から自転車を奪いサドルに跨がる。
口にアイスを咥えたまま。
乗って乗ってと後ろを指さす。
二人乗りは交通法違反なんだけどなぁ。生徒会長の癖に。と私が笑えば彼女は、生徒会長も人間だよ。なんて答える。
私は苦笑を漏らしながら自転車の後ろに跨がる。
「いっふよー」
アイスを咥えながらなので締りがない。
彼女はグッと力強くペダルを踏み込んだ。
風が頬を撫でる。
前でペダルを漕いでいる彼女の匂いが、私を包んでいた。
力を込めてペダルを踏む彼女を後ろで揺られながら見つめる。
アイスを咥えたままなので、彼女は時折もごもごと苦しそうな呻き声を上げていた。
彼女はスピードをつけるために立ち漕ぎをし始める。
危ない、と言いながら私は彼女の腰に手を回す。
片手で腰を抱えて片手でアイスを持つ。
暑さで徐々に溶け始めたそれは小さく手のひらに雫を落とす。
それを舌で舐め取りながら彼女の背中に頬をくっつけた。
心臓の音が少し早い。
この辺で一番長くて険しい坂道に向かって、自転車を漕いでいるのだから当然といえば当然だ。
食べ終えたアイスの棒を歯で噛み締めながら、彼女はペダルを踏む感覚を早くする。
苦しそうな呻き声を上げているので、変わると言うとあからさまに眉を寄せて嫌そうな顔をするのだ。
そして更に力を込めてペダルを踏む。
結い上げた髪が乱れている。
「あっと、少しー!」
馬鹿でかい声でそんな宣言をする。
無理なら変わるのに、と私も彼女を真似てアイスの棒を歯で噛み締めた。
ぎゅっと彼女の腰周りに、振り落とされないように抱きつけば振り返って笑う。
近所の人とすれ違えば「相変わらず仲いいわねー」なんて笑われる始末。
それに対しても彼女は額を汗を浮かべながらも笑顔で答える。
後ろに乗っている私は何とも言えない気持ちになり、会釈をして俯くのだ。
肌とワイシャツの隙間を通り風が体を撫でる。
「登ったどー」
坂道の上まで来ると、彼女はハンドルから手を離して空に向けて突き出す。
小さく息を乱す彼女。
さわ、と吹いた風は少し熱気を帯びていた。
へらへらと締りのない頬だ。
交代しようかと申し出たがそれはあえなく却下された。
「帰ったらシャワー浴びなきゃ」
汗の滲んだワイシャツを見て苦笑する彼女。
仕方ないわ、夏だもの。そう言った私にそうだよねぇ。と頷く彼女。
そしてまた自転車のハンドルを握る。
生温い風が私達の間を横切る。
「よっと」
軽い声を上げて地面を蹴った彼女の足。
ゆっくりと動き出す自転車のペダルに足を乗せて、そのまま坂道を下り出す。
マズイ、と思った。
ザッと血の気が引いて顔が青白くなった気がした。
いや、多分青白い。
彼女は下り坂だというのに、あれだけの上り坂の下り坂バージョンだというのに、ペダルに足を乗せ漕いだ。
勢いが増して事故るのではないかというスピードを出す私の自転車。
夏空には私の悲鳴と彼女の笑い声が響いた。