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「話題がない」

わだいがない 22

宇美君の場合


 オレはストーカーじゃない。ただの恋する男だ、そう自分に言い聞かせる。

 たしかに、オレの歩くスピードなら、彼女なんて追い越せる。だけど、同じ方向に向かうんだ、いいじゃないか。声をかけるわけでもないし、後姿を追いかけるくらい。すぐ後ろを歩いているんじゃないんだし。

 だが、オレは後ろを歩いてきたことを後悔した。彼女は手を振りながら、駅にいた男に近づいていったのだった。相手の男がにっこりと笑っている。心臓が痛い。本気でそう思った。死ぬかも。


 彼女を見ていたのは、いつのころか。もう思い出せないが、かなり最初の方から可愛い子だと思っていた。こっそり彼女を見つめていただけのオレが、仕事の内容だけとはいえ、話せたその日の夜は、布団の中で有頂天だった。

 ポツポツと会話は増えて、オレは話せるたびに小躍りしたい気持ちだ。

 しかし、電話番号もメールアドレスも聞けず、オレにできることはシフトをこっそり彼女に合わせることと、食事の時に彼女の声が聞こえる位置に座ることくらいだ。

 それくらいしか、彼女のことを知る手掛かりがない。直接本人にきけばいいじゃないかと、友人はあきれるが、正直なところ彼女に嫌われたくない、の一言に尽きる。それくらい、オレは自分に自信がない。

 

 そして、今日もオレはため息をこっそりついた。昨日はひたすら眠れなかった。

相変わらず、心臓が痛いが、失恋くらいで死なないことは分かった。そして、もう諦めねば、と思うはずがいつもと同じ彼女の声が聞こえる場所に座った自分を呪う。食事をさっさと終わらせて、本を読むふりが始まった。

彼女の食事仲間の声が聞こえる。今日も仕事の内容の愚痴から、家庭の問題まで行われた後、そのなかの最年長が急に言い出した。

「そういえば、みたわよー。昨日、ハンサムの男の子と一緒だったでしょ。」

と、おばちゃんが言う。

「えー。なになに、デート?」

と、別のお姉さんが聞く。

「まさか。友人ですよ。」

彼女の台詞に、オレの心臓の痛みが少し、取れた。

「えー。あんなにハンサムなのに、友達なのー?うそー?」 

オレはこっそり頷いた。たしかにイケメンな野郎だ。人生不公平だ、なんだあの顔と身長は!

「あたしだったら、二人で出かけたら、押し倒しちゃうけどなー。はははは。」

おばちゃんは豪快に笑った。

「いや、二人じゃないですし。」

ん?

オレは顔を上げた。すっかり耳がそっちを向いている。慌てて、本に目を戻した。さっきからページが進んでいない。そっとページをめくった。

「違うの?」と、お姉さんが聞く。

オレも聞きたい。あれ?二人じゃなかっただろうか?

「違いますよ。7人くらい全部で集まったんですけどね。ほら。」

後ろで鈴の音が聞こえた。携帯を出したらしい。

「大学時代の友人たちなんですよ。それで、誰がハンサムなんですか?」

彼女が聞く。

ちょっとまて。そんなに何人もイケメンがいたのか?昨日、オレは衝撃のあまり、よろよろと彼女から見えないようにそっと駅へ向かった。あれから、ほかにも誰か来たのだろうか?

「この子よ。ハンサムでしょー。」

「あら、本当。でも、私はこっちの子の方が好みだわ。」

そっと振り返ると、三人は彼女の携帯を覗き込んで、携帯を見ながらあーでもないこーでもないと話をしている。どうやら、本当に二人きりではなかったようだ。

彼女には全く聞こえないように、オレはほっとした。

「あ、この人は奥さんいるんです。こっちは離婚したんですけど。」

「あらー。この子もハンサムねー。」

おばちゃんの一言に彼女が笑った。

「ハンサムですか?」

「ああ、いまはイケメンっていうのよねぇ。」

「いや、どっちでもいいですけど、イケメンですかねぇ。」

「あら、私はかっこいいと思うわ。思わないの?」とお姉さんが聞く。

「うーん……。友人の期間が長いので、外見はさておき、中身がねぇ……。」

 彼女が言う。

「中身がいまいちでも、これだけハンサムならいいわ―。息子に欲しい!」

おばちゃんが笑う。

「彼氏じゃなくて、息子なんですか?」

「だって、一応あたしには旦那がいるしね。」

おばちゃんが笑う。

「まぁ、見かけがかっこいいのと、自分の好みは違うからねぇ。」

「ですよねぇ。」

 お姉さんの言葉に、彼女が同意した。ということは、あのイケメン野郎は彼女の恋人候補ではないのだろうか?ほかのハンサムな友人たちも候補ではないのだろうか?

だからといって、自分を好きだと言ってくれているわけではない。そうわかっているが、なんとなくほっとした。


「宇美さん。」

「はい?」

 急に呼ばれて、振り返ると彼女がそこにいた。反射的に振り返ったせいか、急に彼女がそこにいて、オレはびっくりした。

「これ、あげます。これで、終わりなんで。」

 彼女がお菓子をぽんとくれた。四つ入りだったらしい。包装紙をカバンに突っ込んでいる。

「あ、ありがとうございます。」

「いいえ。じゃ。」

 彼女がにっこりと笑った。そして、おばちゃんたちと一緒に食堂を後にした。慌てて、自分も本をしまったりして、仕事に向こう準備をする。

おかしなもので、彼女の笑顔をみた、それだけで小躍りをしたくなる。

友人は、学生時代じゃなあるまいし!とバカにするのだが、どうしようもない。オレはもらった菓子を見つめて、お返しついでに明日、話せるといいなぁとひそかに笑う。


そして、急に昨日の出来事を思い出した。彼女は彼と友人だと言っていたが、今は、友人、ということだけなのかもしれない。自分よりも友人の方が、彼女の彼氏になる確率が高いのではないだろうか?

 だんだん、心拍数が上がってくる。あのイケメン野郎が彼女を狙っていたとしたら?共通の友人もいる、共通の会話もある、顔もいい、身長もある。オレよりも断然有利だ。

 

 オレはストーカーじゃない。ただの恋する男だ。彼女の後姿を見ながら、今日の帰宅時間も思う。だが、昨日のような心臓が本当に冷たくなるような経験はしたくない。どうしよう、何を話しかけようと、考えながらも早足になった。

「お疲れ様です。」

「あら、お疲れ様です。」

「お菓子ありがとうございました、美味しかったです。どこで買ったんですか?」

「自分の家の駅の近くにある店なのよ。」

「へぇ。」

 後で、ネットで引いてみよう。彼女と会話をしながら、彼女の情報を得るのも楽しい。友人はストーカーかよ!って引くかもしれないけれど。オレは、今日、きっとうれしくて寝られないかもしれない、とふと思った。


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