ラピとロイド
俺ことロイドは今、ユクゼリア村からリオンド王国へと馬車へ向かっている。
そして、リオンド王国の修道院で暮らす事になっている。
修道院にはどんな奴がいるだろうか。
魔力の使い方について学べるだろうか。
そんな事を変わり行く景色を見ながら考えていると、突然、世界の色が失われていった。
めまぐるしく変わっていた景色も、いつまにか止まっている。
色の失われつつあった世界は、漫画の様な白黒だけの世界になった。
突然の変化に驚き、辺りを見回す。
雲も。鳥も。馬車も。
俺を除く全てのものが白黒になり、時が止まったかの様に静止している。
不安で心臓の鼓動が早くなる。
言い表せない恐怖が俺を支配しようとした時、聞き覚えのおる声が聞こえた。
「やあ、久しぶりだね。」
その声を聞いた瞬間、全身から冷や汗が噴出す。
声の方へ体を向けると、俺がこの世界で始めてあった人物。
白ウサギのラピが馬車の中に座っていた。
いつからいたのか?
この現象はこいつのせいか?
何をしに来た?
様々な疑問が脳内に渦巻く中、ラピは立ち上がって紳士風の挨拶をする。
「三年ぶりだね。大きくなったねえ。最初はこんなに小さかったのさ。」
久しぶりに会った親戚のおばちゃんのようなノリで、やや大げさに俺の生まれて間も無い頃の大きさを両手で表す。
ラピは、三年前と変わらず、悪い笑顔を貼り付けている。
「君は魔力の才能があるようだねえ。見てて関心したよ。
お母さんの事は残念だったけど、元気だしなって。」
その言葉により全身の鳥肌が立つ。
三年間見られていたかと思うと、吐き気がする。
「そんなに嫌な顔されてもへこむなあ。」
口ではそんな事を言いながら、表情は全く変わらない。
相変わらず不気味だ。
「今日はね、君に用件があって来たんだ。」
用件もなくホイホイと来られては困る。
そんな事を考えていると、ラピがわずかに口角を吊り上げて言った。
「取引しようよ。」
「取引といっても君が考えているような物騒なことじゃないから。リラックスしてよ。」
俄然警戒を強める俺に対して、ラピは胸の前で大げさに手を振る。
ラピのおちゃらけた態度に不快感を覚えつつも、徐々に心に余裕が出来ていく。
「その前に、いくつか質問させてくれ。」
「あれ、この前は敬語だったのに。三年経っただけでもうタメ口か。」
こうしてからかってくる所も、以前と変わってない。
「まあ、質問はいいよ」
許可がでたので、遠慮せずに聞くことにした。
「景色が白黒になったり、ものが静止しているのは、お前の仕業か。」
「仕業とは、人聞きの悪い。そうだよ、これも僕の魔法だ。」
一番の疑問を投げかけると、揚げ足を取りながらも答えた。
これならと思い、気になっている事を全てきくことにした。
「お前は何者だ。」
「だから、僕は僕だよ。」
「いつからここにいた。」
「ついさっきから、かな。」
「何故三年間の出来事を知っている。」
「見てたからだよ。この目でね。」
俺の疑問を殴りたくなるような答えとジェスチャーで処理していく。
ラピは俺の口が止まるのを確認すると、悪い笑顔を貼り付けたまま、言った。
「じゃあそろそろ、取引について話そうか。」
「ロイドくん、修道院行くんでしょ。」
「そうだけど、何か。」
ラピにこちらの情報が筒抜けなのは分かっているので、スルーだ。
「ちょっと、不便じゃない?」
「何が?」
あいかわらず悪い笑顔で尋ねてくる。
その要点をなかなか話さない喋り方にイラついてくる。
「君の中身の方は青年だけど、外見や運動能力は三歳児だ。
それじゃあすぐには剣術の修行は出来ない。
それに、修道院には君より大きい子なんてほとんどだ。」
「…何が言いたい。」
ラピの喋り方に、イライラは募っていく。
だがラピは俺の事は気にせず、楽しそうに言う。
「君を成長させてあげるよ」
「…………は?」
ラピの余りにもぶっ飛んだ発言に、間抜けな声が漏れてしまう。
ラピはその声にクスクスと笑いながら、続ける。
「言葉通りの意味さ。君に不便がないように成長させてあげるんだ。
やるとしたら……五歳ぐらいにかな。」
「ちょ、ちょっと待て。そんな事が本当に出来るのか?」
「出来るよ。」
戸惑いながらも聞くが、ラピはさも当然のように答える。
「じゃ、じゃあ、俺がもしそれを受け入れてたら、お前は俺に何をさせる気だ。」
「僕が君にプレゼントをあげるよ。」
これまたおかしな答えが返ってきた。
何故おかしいかと言うと、ラピのメリットが何一つ無いからだ。
俺がその事を言う前に、ラピが心の中を見透かしたように喋りだした。
「僕のメリットといえば、見ていて面白い事かな。」
「面白い?」
「そ。僕は君を五歳まで成長させ、プレゼントをあげる。
君は僕に君の人生を見せてくれるだけでいい。」
ラピの発言に気味の悪さを覚えつつも、取引について考える。
何か裏がある可能性は高いが、条件は想像以上にいい。
しかも、ラピはとんでもない魔法を使う事のできる白ウサギだ。
プレゼントに期待しても良さそうだ。
俺は、取引を飲むことにした。
「分かった。」
俺が一言だけそう言うと、ラピは嬉しいのか僅かに口角があがる。
「OK. じゃあ、右が左、どっちがいい?」
「じゃあ右で。」
ラピの質問に軽い気持ちで答えると、直後、右目に生ぬるい感覚かした。
ぷちっ。
イクラを噛んだ時のような軽い音がすると同時に視界の右半分が真っ暗になる。
それと同時に焼けるような痛みが走った。
「うああああああああああああ!!!!!!!!」
激しい痛みに床に転がり、のた打ち回る。
「て……め……」
近づいた気配は無かったが、これは百パーセントラピのせい仕業だ。
右目を抑えながらも、左目で睨み付ける。
心なしかいつもよりも悪い、ニヤついた笑みを浮かべているかのように見える。
ラピは無言で床に這い蹲る俺に近づくと、右手にある『何か』を何もない右目に突っ込んだ。
「!!!!!!!!!!」
激痛。
ラピは無言で立ち上がると、指を一つ鳴らして何処かへ消えた。
痛みで意識が朦朧としだして、俺はその場で気を失った。
………………。
目を覚ますと、見知らぬ天井。
「気がつきましたか。」
シャルのような暖かい声が聞こえてきた。
……右目が痛い。
そう思い、右手を右目に添えてみると、ある事に気づいた。
失ったはずの右目があり、目の前の景色がはっきりと見える事に。