二人は親友
俺、ロイド・ユースタンスとギルティは親友である。
出会ったのは半年前だが、関わり始めたのは一ヶ月前だ。
付け加えるならば、半年前の第一印象は最悪だった。
だが、今や俺たちはずっと前から仲が良かったような親友っぷりだ。
その理由を答えろと言われてもこの世に存在する言葉では到底言い表せない程に複雑怪奇で、時間にしてみれば人間の寿命では聞き終われない量だ。
嘘だ。
何て事は無い。
それを説明しろと言われれば一言で片付くし、長い長い回想シーンを入れることもない。
だから暫し聞いてほしい。
一ヶ月前に起きたあの一週間の激闘を―。
― 一ヶ月前 ―
今日俺は、とても緊張していた。
その緊張の種類を例えるならば、入学式当日に事故をして、今日が初登校。
もしくは、不登校からの復帰。
このどちらかだ。
そんな緊張を顔には出さず、ポーカーフェイスを作って廊下を歩いていた。
五ヶ月前に来た嫌な思い出しかないあの部屋へ。
つい、嫌な記憶を思い出してしまい、胸がズキンと痛む。
だが、今日は前とは違う。堂々としていればいいんだ。
嫌な記憶を静かな決意で振り払い、尚も今歩き続ける。
あの部屋の扉が見えてくると、心拍数が急に上がった。
それは一歩一歩近づく度に、少しづつ上昇していく。
やがて扉の前にたどり着くと立ち止まり、大きく深呼吸をする。
意を決して勢いよく扉をあけ一歩踏み出した。
のだが。
踏みしめた先に地面は無く、俺はそれに驚く暇も無く前のめりになりながら倒れこんだ。
ばったああんんん!!!
大きな音がしたと思えば、主に顔面に痛みが込み上げる。
鼻の涙腺を刺激された為涙目だが、うつ伏せのまま涙を拭う。
そして頭上からは聞き覚えのある声。
「ぷっ…くくくくっ……、はははははっっ!!!!」
大音量で室内に響き渡る笑い声。
何故か俺はその声に無性に苛立ってしまう。
そして、先程倒れたといったが、正確には違う。
落ちたのだ。
一ヶ月前と同じように落とし穴に。
ここまで気づく頃には俺の体温は急上昇。
きっと顔はリンゴのように真っ赤であろう。
己の顔とは対照的に、頭の中は真っ白だ。
ここに来るまでに考えていた自己紹介も何もかも忘れ、覚えているのは自分の名前と自己紹介をしなければならないという事だけだ。
俺はそれが与えられた命令であるかのように、体をがばっと起こして落とし穴から這い上がり、顔を真っ赤にしながら部屋の中心へと向かう。
その途中、未だ大声で笑っている声の主にちらりと目を向ける。
果たして、誰だったろうか。
答えはもう出かかっているのに、形にならない。
もどかしさを感じながらも一ヶ月前と同じ位置に立ち止まり、前を向く。
室内には三十人前後の少年少女。
好奇心を浮かべている者、怯えている者など盗視眼を使わずとも眼前の子供達の心情は分かってしまった。
部屋の一番後ろにはシルヴァが壁にもたれかかっている。
一ヶ月前には盗視眼の制御が出来ておらず、嫌でも全員の心を見えてしまった。
だが、覚えば盗視眼で見たときもこんなような感情しか読み取れなっかたな…。
あの時は咄嗟の事だったからパニくっていたが、事前に魔眼の種類・能力を知っていたら対処できたのではないか。
くそ、ラピの奴め。
この場にいない俺の右目を魔眼に変えた謎多き白ウサギに心の中で悪態をつく。
ようやく考える事を始めた頭は、今この場ではまったく関係ない事が次々と浮かんでくる。
俺を笑っていた者はいつのまにか黙っている。
それが逆に焦りに繋がり、余計に頭の中はパニックだ。
それでも自己紹介をせねば、という使命じみた目的に従い、言葉を発する。
だが出てきた言葉は場違いな頭のおかしいものだった。
「俺の名前はロイド・ユースタンス……!!……夜露死苦!!」
静寂。
それが室内を覆い少年少女は恐怖に支配される。
シルヴァだけは予想外の言葉に噴き出している。
一人の少女のすすり泣く声をきっかけに、辺りはざわつきを取り戻す。
少年少女はほぼ全員怯えており、泣き出す者、蹲る者、立ち上る者と様々だ。
「ロイドくん。一度、私とお話しましょうか。」
部屋の空気を察したシスターが俺に話しかけて強引に廊下へ連れ出す。
「アヤノ、みんなをよろしくね。」
途中、そんな事を言い、俺と共に廊下へ出る。
扉が閉まるか閉まらないかの所で、泣き声や怯えた声の中に先程の笑い声が聞えた。
「ロイド君、君が人と仲良くすることが苦手なのは分かっているけど、やりすぎじゃなくて?」
シスターの声は穏やかだが、それでも怒っている事は理解できた。
「はあ。」
気の無い返事をする俺に溜め息を吐くシスター。
別に俺に先程までの罪悪感が無いわけじゃない。
ただ未だ脳内の整理が終わらないだけだ。
半年前に失敗した修道院デビュー。
今度こそ成功させようと思い意気込んで部屋に入った。
だが、またしても半年前と同じく落とし穴に落とされ、笑われた。
怒り一割、恥ずかしさ九割の気持ちを悟られまいと行った挨拶は、目の前の子供たちを怯えさせるという形で大失敗に終った。
これだけの出来事をも整理しきれていないのは、落とし穴にかかった事への羞恥心か、子供たちへの罪悪感か、はたまた俺を笑った男への怒りが原因かははっきりしない。
「とにかくっ、明日また自己紹介をしますからね。皆には出来るだけ誤解を解いておきますから、ロイド君もくれぐれも今日の様な事はやめてくだいね。」
ぼーっとした頭にシスターの小言が聞えるが、それは右耳から入り反対側の耳から抜けていってしまった。
シスターはそれだけ言うと部屋へ戻っていく。
廊下に一人残された俺の脳はやっと整理が終わり、心には俺を笑った男であり落とし穴を仕掛けた男への明確な敵意が溢れていた。
翌日。
自己紹介は無事終了した。
シスターのお陰か子供たちの顔には昨日ほどの怯えの色は無く、俺がごく普通の挨拶をすると敵意が無いことを理解したのか、やがて好奇心に満ちた顔へとなっていった。
だが、そんな事ははっきり言って二の次だ。
真の目的は……。
「やあ。」
俺がそんな事を考えながら子供たちの質問攻めを受けていると、昨日の笑い声と同じ声が聞き取れた。
「僕の名前はギルティ。ロイド君だっけ?君面白いね。」
ギルティと名乗るその少年は笑顔でこちらへ近づいてきた。
俺よりも一つ年下だろうか。
背丈こそ小さいが、その笑みからは侮れない雰囲気が漂う。
「まあ、よろしく。」
そう言って手を差し伸べるギルティの手を掴み、握手をする。
「…………!?」
その瞬間、ギルティの体が落下する。
木製の床は崩れ、ギルティは床下に尻餅をついた。
その光景を見て俺は知らず知らずに口角がつりあがる。
ギルティに握手の際、重力魔法をかけ、ギルティの体を十倍に重くしたのだ。
ちなみに、これは昨日必死にシルヴァに懇願して教えてもらった。
「いてて。まいったね、こりゃどうも。」
ギルティはこちらを見て不敵に笑っている。
こうして、一週間の激闘は幕を開けたのだった。
次の日。
起床してすぐに、ギルティに冷水をかけられる。
俺は未だ一人部屋で寝ているのだが、どうやらギルティはどうもご丁寧にここまで俺に冷水をぶっかけにきたらしい。
てか、六歳の男子に一人部屋って、今更だが普通じゃないな。
その二時間後、シルヴァの修行の合間を縫ってギルティの所へ。
ギルティは大抵、食堂か中庭にいる。
今回は食堂だったのだが、「押さないで下さい」と注意書きのあるレバーをギルティの前に仕掛け、まんまと引っかかったギルティは全身灰まみれになった。
そのまた次の日。
昼食の時間、俺はギルティのパンにマスタード、ギルティは俺のスープにマヨネーズを入れてきた。
流石にこれは二人してシスターとアヤノに叱られてしまった。
最近気づいたこととはいえ、好きな子に怒られるのは結構応える。
そして今更だが、この異世界にマスタード、マヨネーズがあったことに驚いた。
そのまたそのまた次の日も、そのまたそのまたそのまた次の日も、そのまたそのまたそのまたそのまた次の日も、激闘は続いた。
勘違いしないでほしいが、今述べた悪戯はほんっっっの一例で、比較的軽いものだ。
所詮子供のやっている事とは思わないで欲しい。
遂に、始まりから七日目。
その日はお互いが仕掛けた落とし穴の場所がほぼ同じで(近すぎた為、二つの落とし穴は一つになっていた)、二人仲良く落とし穴に落ちたのだった。
しばらくお互いが空を眺めてぼーっとし、どちらからという事も無く、二人は熱い握手を交わした。
この時、俺、ロイドとギルティの間に固い友情が生まれ、また同時にお互いを認める好敵手となったのだった。
ここまで聞いてくれて、どうもありがとう。
もううすうす気づいたとは思うが、俺とギルティは似たもの同士、もとい同じ穴の狢だったのだ。
だからこそ、俺たちはかけがえの無い親友で、好敵手でもある。
締めとしては若干弱いが、その一言だけだ。
ではでは、さようなら。
今日はあいつを、どのように騙してやろうか。




