サディスティック魔法教室
「おい。喉が渇いた。今から三十秒以内にアレ持ってこい。」
「はいっ!!」
王様の横暴な命令で、俺は無駄の無い動きで扉を開け、全速力で廊下を走った。
自分が知る限りの最短コースを駆け抜け、食堂にある保管庫に急ぐ。
ようやく着いた食堂の扉を勢いよく開け、スピードを保ち保管庫の前へ走る。
保管庫の扉を開け、慣れた手つきで王様お気に入りのドリンク、D,Dを掴む。
そのまま百八十度走行方向を変え、元来た道をまた全速力で駆ける。
約束の時間は過ぎている。
それでも俺は走ることを止めない。
王様の自室の扉を先程の食堂の扉と打って変わって無駄な音一つ立てずに開ける。
―え?何で走るのを止めないかって?―
「シルヴァさん!!D,D持ってき―」
ボガッッ!!という鈍い音と共に、俺の顔に拳大の球体の物体がヒットする。
―そんなの、このペナルティを軽くするために決まってるじゃん。―
俺、ロイド・ユースタンスは今日も元気に弟子&実験体&パシリ生活を送っております。
「四十一秒の遅刻だ、アホ。」
この部屋の王様は冷淡な口調で言い放つ。
その時王様はどんな顔をしていただろうか?
見たくも無いが見ることもできない。
なぜなら、先程飛んできた球体の物質が顔に張り付いているのだから。
その事を認識できるようになると、俺の顔面には痛みと尋常じゃない程の冷たさがじわりじわりと込み上げる。
そして、異常な程の冷たさも痛みに変わっていく。
「あああっ!冷っ…痛っ!!」
俺が顔面への攻撃に慌てていると更にもう一発。
今度はパリンという音がして俺の顔に張り付いていた物体が砕け散る。
どうやら俺の顔に張り付いていたのは氷塊だったようだ。
「騒ぐんじゃねえ、カスが。うぜえ。」
シルヴァが苛立たしげに言い放つ。
ああ、これアレだな。
次機嫌損ねたら人生オワタな奴だ。
俺は本能的に悟ってしまい、自然と背筋が伸び、口を紡ぐ。
「最近お前全然役に立ってねえじゃねえか。おい。
そんなに使えねえならまたやってやってもいいんだぞ。」
その言葉を聞いて、ピンと伸びていた背筋に寒気がはしる。
アレというのは、アレだ。
二週間前、俺が今日のように使いっパシリさせられ全速力で走っていた時、運悪くギルティのやたら凝った落とし穴で三十分道草を食った時があった。
その時のシルヴァの不機嫌さといったら半端なく、上位魔法にあたる『アイスボックス』とかいう魔法をかけられたのだ。
その魔法、『アイスボックス』という魔法も半端なく、-50度の十立方メートルの部屋に閉じ込められるというものだった。
そしてその寒さがもう激やばく、あやうく凍死する所だったのだ。
それ以来、俺は氷魔法がトラウマになりかけている。
だからシルヴァは俺への攻撃をここ二週間、全て氷魔法にしているのだった。
「すいませんでした!!」
俺は即座に土下座をして許しを請う。
ダサいとかそんな事は知った事じゃない。
優先すべきはプライドよりも命だ。
「うぜえ。うるさい。今から中庭行くぞ。」
シルヴァはD,Dを喉に流し込みながら言うと、ツカツカと部屋から出て行ってしまった。
まったく。アレが本当に六歳の男の子かね。
超がつくほどのドS王子じゃないか。
「シルヴァのSはドSのS―!!」
なんて口に出して言いたいが確実に死ぬので止めておく。
そんな事を考えながら駆け足でシルヴァの後を追った。
中庭に着くと、シルヴァが今日の実験内容を説明し始めた。
「今日は俺の魔法をお前に試しうちするから、お前は魔法で対処しろ。逃げるのは無しだからな。」
シルヴァが今日の実験について説明する。
一ヶ月前に魔眼の指導(実験)が終わってからは、実験というのはシルヴァのサンドバックになるというものだった。
「せめてもの慈悲で氷魔法は使わないでやる。その代わり、無詠唱だがな。」
こういった確認事項を説明してくれるのも、シルヴァのさりげない優しさだ。
「いくぞ。」
シルヴァがそう言い右手を胸の前に突き出した形で俺の方へ向ける。
俺の体に緊張が走る。
シルヴァの死んだ魚のような目に一瞬だけ光が宿った時、それは突然打ち出された。
真っ赤に燃える一本の炎の槍。
俺は一度距離を取りその間に魔法を発動させようとおもったのだが―
!!!!!!!!
いつのまにか、俺の足元には泥沼が広がっており、足をとられていた。
体中から汗が噴出すが、即座に水魔法を繰り出す。
ただの水で出来た半透明な壁。
作り出したのはそれだけであって、詠唱する時間も無かった為、耐性も怪しい。
果たして今も俺を貫かんとするあの槍を止められるがどうか。
そんな俺の微かな希望を打ち破るかのように、いとも簡単に炎の槍は水の壁を貫き、俺の脇腹を掠め、焼き切る。
「くっ……ぐあっ!」
口からは苦痛に歪む声と大量の血が吐き出される。
気絶してしまえば楽になる。
そんな心の中の悪魔の囁きを振り払い、魔法を繰り出すべくイメージをする。
何よりも硬い、何も貫かれない壁。
魔力を銀色に…と、ひたすら強度があるようにイメージを練る。
「『鋼ノ壁』!!」
詠唱での魔法で俺の眼前には高さ二メートル、横一点五メートル程の金属製の扉が出現する。
その壁はいつ打つ出されたのか分からない二撃目の炎の槍を見事防いだ。
「よし。」
痛む脇腹を押さえならも小さくガッツポーズを取り、すぐさま次の魔法に気持ちを切り替える。
まだ俺は泥沼に足を取られているし、シルヴァにはこんな小細工通用しない。
勝負は一瞬だ!―
心の中で叫び、風魔法を無詠唱で打ち出す。
鋼の壁の両脇から強風を送り出すと、今度は炎の魔法で火の粉を送り込む。
あとは最後にもう一度炎魔法で―。
「ぶっっ!!」
最後の魔法を打ち出そうとした直前に、足元の泥沼から生えてきた手が俺の顎にアッパーをお見舞いしてきた。
頭がクラクラする。
泥沼から続けて射出される手に、両肩を殴られそのまま宙へ飛ばされる。
両肩からミシリという嫌な音がし、思わず呻き声が漏れる。
体がふわりと浮く感覚がし、前方を見る。
俺の目に映るのは、こちらを真っ直ぐに見やるシルヴァの姿。
そして俺は気づく。
今俺がいる場所は、鋼の壁で守りきれない空中にいると―。
それに気づいても後の祭り。
黄色の触れると痺れる縄により体を引き寄せられ、地面から生える無数の鉄柱により身動きが取れなくなってしまった。
訪れる静寂。
実験終了後には決まってこの静寂が生み出される。
そしてその時間には、嫌が応にもさまざまな事を考えさせられる。
どうして俺はシルヴァの攻撃を薄壁一枚で防ごうと思ってしまったのだろうか。
自己嫌悪に陥りつつ、先の戦いを思い出しては反省点を挙げていく。
挙げてしまえばキリがなく、その一つ一つにあれやこれやと言い訳をしている自分がもっと嫌になる。
「結局今日も俺には傷一つ付けられなかったな、ロイド。」
「……はい。」
シルヴァがやや嬉しそうに笑みを浮かべ、近づいてきた。
鉄柱が自身にも突き刺さりそうな程の距離で服を貫いているため、俺は今宙で仰向けに固定されている。
よって俺は頭を後ろに逸らしてシルヴァと喋っている。
「とりあえず、これ。」
そう言うとシルヴァは懐から液体が詰まった一本の瓶を取り出し、それの蓋を開け脇腹の焼ききられた傷口にぶっかける。
「っ!!……ぐっ」
傷口に液体が染みる。
シルヴァが俺にかけているのはシスター特製の回復薬で、恐ろしい速度で傷が塞がっていく。
だが、とんでもなく染みる。痛い。グスンッ。
傷が八割方治った所でシルヴァは鉄柱を消滅させ、俺を地面に落とす。
「あいた。」
「シルヴァさん、僕怪我するの嫌ですよ。」
地面に仰向けになったまま愚痴をこぼす。
「これは俺の持論だが、上達への近道は自分の体で体感し、より実践的に行う事だと思っている。つまる所、お前の為になっているんだ。納得しろ。」
俺が垂れ流した愚痴にシルヴァは明確な根拠のない答えで納得させようとしてくる。
もう少し粘って反論したかったが、これ以上言うと傷口を踏みつけられそうなので止めておく。
「ああ、それと一つ。今日からお前は中位魔導師だ。」
「ええ…ってええ!?」
あまりにも素っ気なく放たれた言葉に、思わず間抜けな声を上げシルヴァを凝視する。
ゴンッという音を立てサッカーボール程度の岩が頭にHITし、ジンジンと頭が痛むがこればかりは二度聞き返さずにはいられない。
「今…何ていいましたか!?」
「二度も言わせるな、アホ。ロイド、お前は今日から中位魔導師。以上。」
これまでも、シルヴァから何か教わることは何度かあった。
だが、それのほとんどは今日のような根拠のないものであり、強引に納得させられてきた。
その為、記憶があやふやなのだが、シルヴァが以前言っていていた事を懸命に思い出す。
「魔導師には位があって、『下位』『中位』『上位』『王位』『神位』の五つがある。
お前は今この五つの一番下の下位魔導師だ。」
何て言われた事があったはずだ。
その時には各位の定義、特権、昇格方法などを聞かされていなく、〔ほとんどこの異世界における意味不明な事〕としていた。
「何で僕は中級になれたんですか!? いい事って何かありますか!?」
今まで脳内のどこかに沈殿していた疑問が急浮上し、一気に聞く。
「うるせえ、うぜえ、余計な事考えるな。」
だが、その疑問もシルヴァに嫌な顔されただけで打ち切りになってしまう。
いつのまにか、脇腹の傷は完治している。
「そんな事より、今日は魔法の詠唱ありと無しの使い方が下手だったぞ。それぞれのメリット・デメリットを理解として使えっていっただろうが。」
強引に話は先の勝負の事になり、ダメだしをされる。
詠唱ありでは効果が上がる代わりに発動時間が長くなる。
無詠唱では短時間で発動する代わりに効果が下がる。
そんな事は分かっている筈だが、その判断は意外と難しく、戦闘中と尚更だ。
「明日もまたやるから改善しとけよ。D,D持ってこい。」
「あ……はいっ!」
俺の思考は中断され、がばっと体を起こす。
「部屋まで持ってこいよ。」
それを付け加えた後、シルヴァは足音を立てながら、中庭を去っていく。
それを見届けると、一気にフルスピードで走り始める。
走りながら俺は思う。
シルヴァはこの半年で随分口数が増えたし、たまに笑ったりもする。
ドSなのは悪化した気がするが…以前より優しくなっている。
俺はそんなシルヴァが好きで、弟子である事を誇りに思っている。
何より、一緒にいる時間は楽しく充実している。
そして明日こそは…と胸に小さな決意をして我が師、シルヴァの為にロイド・ユースタンスは今日も走るのであった。




