修道院での一日
本日の天気は快晴。
気味の悪い程に気持ちいい太陽がさんさんと照りつけ、心地よい風が頬を撫でる。
季節は夏。
俺、ロイド・ユースタンスが聖ミカエラ修道院に来てから、早半年が経った。
「……起きて!…朝だよ!ロイドくん!」
「うーん…、後五分……。」
覚醒しきってない俺の意識に、明るい声が響く。
普段ならもっと聞いていたいが、あいにく今はお寝むだ。
勘弁して頂きたい。
「朝っすよー!起きてっくっださーい!」
先程とは違う声が聞えると同時に、腹部に重石を置かれたような圧迫感がした。
「おえっっ!! げほっごほっ…」
その圧迫感が俺の肺に空気を抜かれたような感覚を運び、思わずむせかえる。
「あ。やっと起きた。おっはよーロイドくん!!」
「おはようっす。早起きが苦手っすね。ロイドは。」
無理矢理起こされた体に先程の二つの声が聞えてくる。
眠気も吹っ飛んでしまった為、苦しみながらもパチリと目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた少年少女の顔が目と鼻の先にあった。
「うわあっっ!!??」
驚きのあまり阿呆な声がもれてしまう。
二人は俺の腹の上に乗っかっているため、身動きがとれない。
起床直後に美少女の顔を近づけられるのには、未だ慣れない。
「……アヤノ、セイバー、起こすときはもっと優しくっていったじゃん。」
素の表情でむすっとし、呆れ声で告げるが、少年少女は意に介さない。
「だって、ロイドが早く起きないんだもん!!」
「そうっすよ。僕たち5回も起こしたんすよー。」
少年少女はやや芝居ががった仕草で顔をぷいっと背けて、だが明るい声のまま言う。
少女の方はアヤノ。
俺より一つ年上のお姉さん的存在だ。
最も、着ている服は膝まである赤色のワンピースでこの調子なもんだから、同い年もしくは年下にしか見えない。
少年はセイバー。
俺と同い年であり、黒髪と腰に巻いた上着が特徴的な人物だ。
セイバーはアヤノとは対照的に背が高く、どちらかというとお兄さんだ。
「…じゃあ今度は6回起こしてくれよ。」
そう言って布団から体を上げて軽く伸びをする。
「分かった!」
「了解っす!」
二人がなんとまあ健気な子か、俺のジョークを真摯に受け止めた。
気になっているかもしれないから、説明しておく。
俺は聖ミカエラ修道院にいる一つ年上のとんでもなく強い魔導師、シルヴァに魔眼の一つである(目を合わせた人物の頭の中が覗ける)『盗視眼』になってしまった右目の制御方法を指導してもらっていた。
だが、指導と言っても実態はシルヴァの実験体&パシリだ。
つい一ヶ月前に魔眼が制御出来る事になったので、俺はこうしてみんなと一緒に寝ているのだが、あの日々は今思い出しても鳥肌ものだ。
それでも、シルヴァには感謝している。
制御できるまでは修道院内のごく少数の人としか接する事は出来なかった孤独の日々から俺を救い出してくれた。
そのおかげで今俺は修道院内の子供達と一緒に会話し、睡眠をも共にする事が出来るようになったのだ。
「じゃあ、ロイドくん。私たち先に食堂行ってるね。」
アヤノがそう言って手をひらひらとさせて笑顔で言う。
「分かった。すぐ行くよ。」
俺が答えると、アヤノとセイバーはぱたぱたと部屋を飛び出していった。
「…………。」
しばらくぼけっとしてから、立ち上がる。
急いで着替えと歯を磨き終え、足早に食堂へと向かった。
「おはよー。」
木製の扉を開きながら、俺は目の前にいる面子に挨拶した。
「おはよー!」 「お…おはよ。」 「ロイド兄おはよー。」
と同時に、様々な声色で、言葉で次々に挨拶が返されていく。
貴族顔負けのただただ長い机に、四歳から六歳の三十人程度の子供が座っていた。
指導前ならば、ここにいる全員の心の声が聞えていただろう。
考えただけで少々気分が悪くなる。
俺が今いるのは聖ミカエラ修道院の食堂。
ここには今、修道院内の全ての子供達が集まっている。
そんな無数の声を聞きながら俺は数歩進み、立ち止まる。
「…………」
そして、無言のまま、床に思いっきり踵落としをお見舞いした。
「イタッ!!??」
俺の踵落としによって抜けた地面の下から、間抜けな声がした。
「おはよ、ギルティ。今日の仕掛け、いつもより雑だぞ。」
「あはは、やっぱりバレた?」
床からひょっこりと、先程のアヤノやセイバーとは違った、ニヤニヤ笑いを浮かべた少年が顔を出した。
この少年はギルティ。
一つ年下だ。
俺を修道院に来た初日に落とし穴に掛けた人物であり、セイバー曰く修道院一の悪戯っ子だとか。
まあその後、色々と一悶着?あり、今では修道院の中で一番気の合う人物だ。
「ほら、あがれよ。飯食おうぜ。」
未だ床から顔を出したままのギルティに手を差し伸べ、喋りかける。
「はいよ。」
ギルティが差し伸べられた手を掴もうとした、その時―
にやり。俺の口角が僅かに上がった。
ギルティがそれに気づき、行動をとろうとしたが、時すでに遅し。
ギルティが俺の手を掴んで、ズゴオッ!!という音と共に盛大に転び、再び床下へ転がっていた。
「ぷっ…くくくくっ……。」
笑い転げたくなるが、それを必死で抑える。
「ひどいよ、ロイド。不意打ちだなんて。」
ギルティは俺に不満の声を口にして這い上がってくるが、ケラケラと笑っている。
「いやいや。不意打ちしてナンボだろ?」
そう。
先程言った一悶着とはまさにこの事。
一ヶ月前魔眼の制御が出来るようになってから一週間、今のような悪戯の応酬をやっていたのだ。
お互いが工夫を凝らし相手を貶める事を考え、一週間に及ぶ激闘の末奇妙な絆が生まれた。
という王道漫画のクサい青春ストーリーが繰り広げられていた。
「ロイドは僕が床下に張り込んでくる事予測してたんだね。」
「おうよ。手には石鹸のヌルヌル仕込んどいた。」
手のひらをギルティに見せ、にやりと笑う。
今度こそもう一方の手でギルティを引っ張り上げ、長机へ向かう。
俺の席は長机の一番右端、ギルティがその隣だ。
「あ、やっと来た。おそいよ、もー。」
「まあまあ、いつもの事だよ。」
「そうっすよねー。」
俺の向かい側にいる少女が不満をもらし、隣のアヤノ、ギルティの隣のセイバーが一言言う。
今不満を洩らした俺の向かいの席の少女がエミリア。
茶髪ツインテールに、ピンクのTシャツ、青のスカート姿だ。
俺の事を何故かロイド兄と呼ぶ。
Theロリコン少女なのだが、あいにく俺には前世でも異世界でもストライクゾーンにそれは入いらない。
「えー、ロイド兄とお話しーたーいー。」
そう言い足をぶらつかせていたエミリアだが、アヤノの隣からの声にピタリと止まる。
「おい、少しは静かにしろ。エミリア。」
最後に、この声の主がシルヴァ。
俺のドS師匠であり、マッドサイエンティストっぽい人だ。
俺からの感想はただ一つ。めっちゃ怖い。
死んだ魚のような目をしているのだが、めっちゃ強い。
「…はーい。気をつける。」
エミリアは少しばかりフテクされながらも素直に言うことを聞いた。
普段俺はアヤノ、シルヴァ、ギルティ、セイバー、エミリア。
この5人と共に行動をしている。
みんな性格に一癖あるが、優しくて一緒にいて楽しい。
俺は近頃、三歳の誕生日以来の幸福を余すことなく味わっていた。
「みんな揃いましたね。それでは、いただきます。」
この修道院唯一の大人、シスターが朝食開始の挨拶を取り、一斉に皆が食べ始めた。
今日の朝食はパンにコーンスープ、簡単なサラダといったごくごく普通のメニューだ。
「ロイド、食べ終わったら俺の部屋来い。」
「えーずるい!私もロイド兄と遊ぶもん!」
シルヴァとエミリアが俺の今日の予定について勝手に話し合ってる。
何だか都会の学校から田舎の学校への転校生のような気分だ。
「じゃあ私たちは午後からロイドくんと遊ぼうよ。
セイバーくんもギルティくんも一緒にね。」
「了解っす!」 「僕それではいいよ。」
そこにアヤノ、セイバー、ギルティも加わり、次々と俺の予定が本人の意思とは関係なく埋められていく。
……嫌じゃないんだが、俺に人権はあるのかねえ……。
そんなことを考えながらもにやりと笑い、手に取ったパンに齧り付いた。




