第4話 二度の暗転
目を留めていただきありがとうございます。
ストーキング、ということになるのかもしれない。ファミレスで見つけたジャージ男をつけ回す行為は。しかし、仕方が無いのだ。暴れているならともかく、おとなしくしているのに、あんな人気の多い所で戦闘し始める意味は無いのだから。
そして、ジャージ男を見つけてから3時間、ジャージ男の家に着いた。ここならば、もう姿を現してもいいだろう。
「こんにちわ」
ジャージ男の家の多分、リビング。そこで、姿を現し、挨拶してみる。本当なら、先手を取って攻撃するところだが、私は街での様子を見て、ほんの少し希望を抱いていた。この人は敵ではないかもしれない、と。力を持っているのは何かの偶然ではないか、と。ならば、自分から攻撃して対話の可能性を潰したくない。だからこその、挨拶。そして、帰ってきたものは、
「あ?」
呆然とした、表情だった。まぁ、当然かもしれない。急に目の前に女の子が現れれば、驚くだろう。だから、もう一度チャレンジしてみる。
「こんにちは、昨夜会ったと思うんですけど覚えてくれてますか?」
出来るだけ、朗らかに挨拶。私はもうジャージ男と戦うことは無いだろう、と安心する。魔王軍の所属ならば私の姿を見た瞬間に攻撃してくるだろうから。
そして、ジャージ男が言葉を返してくる。
「てめぇ、昨日の・・・なんでここにいるんだ?」
意味がわからないという風に尋ねてくる。その言葉から考えるに、確かに昨日、私とジャージ男は会っているらしい。そして、彼は私がここにいる理由を理解していない。ならば、力が宿っていることを本人は知らないのかもしれない。
「実は信じられないかもしれませんが、あなたには今魔族の力が宿っているんです。理由はわかりませんが、きっと私がなんとかしますから安心してください。何でそれがわかったかというと、私にはサーチという力が・・・」
一気に言葉を並べていく。ハイになっている、と自分でもわかる。でも、止められない。戦わなくてはいけないかもしれないという恐怖から解放された喜びが、口を勝手に動かしてしまう。
しかし、そうやって並べられた言葉にジャージ男は表情を硬くしていく。そして、いきなり攻撃が来た。闇弾。遅く、狙いも甘く、威力も中途半端な一撃。しかし、油断していた魔法少女はそれを避けられなかった。
ジャージ男の家の窓を破り、飛ばされた魔法少女は外へと転がる。
魔法少女はそこで、反撃すべきだった。しかし、彼女は希望に縋り、言葉を続ける。
「ち、力を使えたんですね。いえ、確かに私が今とても怪しいのはわかっています。でも、お願いします、話を聞いてください。そうだ、昨日あなたが言った言葉。あれが何のことかわかりませんけど、あれも一緒に考えま・・・」
言葉の途中でさらに攻撃が入る。
死への恐怖に、力の使い方を熟知している魔法少女は構えなかった。構えられなかった。
何を思うのか、力を使いこなせていないジャージ男は容赦しなかった。
それが、ただそれだけが圧倒的にそこにある実力差をひっくり返す。
数発の攻撃の後、ジャージ男は溜めを作る。遅く、狙いも甘く、しかし威力だけはある一撃。それを前にしても、魔法少女は動けなかった。迫る闇弾にもう戦わなくてもいいという希望を潰され、魔法少女の心は今まで感じなかった恐怖に染まる。魔法少女は涙を流す。
「死にたくないよぉ!!」
魔法少女は回避すらせず、その場に立ち止まり、そして闇弾に意識を刈り取られる。
目を覚ますと、そこはベッドの上だった。優しさを感じるほどに、柔らかいベッド。周囲を見渡すと見慣れた装飾の自分の部屋だ。二度目だな、と寝ぼけた頭でそう思う。一度目と違うのは、窓の外が真っ暗であるところ。何があったのだったか。頭に靄がかかった様に、思い出せない。わからない。
「っ!!」
体を起こそうとして、痛みを感じる。鋭く突き刺さる痛みではなく、鈍く響き渡るような痛み。それに逆らい無理やりに体を起こす。痛みに涙が出る。涙に滲んだ目で体を見ると体中に包帯が巻かれている。その下の傷を思い、唐突に思い出す。その傷の原因を。
「勝てない相手じゃなかった。」
今になれば確信を持って、そう言える。むしろ、余裕を持って潰せる相手だったはずだ。出るのを確認してからでも避けられそうな程遅く、狙いの甘い攻撃。何発食らっても死なないような威力の攻撃。魔王軍を相手にしていた時と比べれば、弱いなんてものじゃない。例え、油断していて一撃目を食らったとしても、そこから十分に勝ちにいける相手だった。なのに、
「動けなかった。」
怖かったのだ。サーチで反応を探していた時に危惧していた以上に怖かった。何故、と思う。死にそうになったことなど何度もあった。今回よりも危なかった事だって何度かあった。それなのに、何故今回だけなのか。一度感じた安心が、心を弱くしてしまったのだろうか。だとすれば、弱くなってしまった心でどう敵と戦えばいいのだろう。いや、そもそもジャージ男は何故いきなり攻撃してきたのか。始めは敵対しなくてもよさそうな雰囲気だったのに。
そこまで考えて、新たな疑問が湧いてくる。何故自分は死んでいないのか、と。答えは簡単だ、ジャージ男が止めを刺さなかったから。しかし、何故。そして、何かの原因で止めを刺されなかったとして、私が自分の部屋にいる理由はなんだ。わからない。もしかしたら、ここが天国だったりするのだろうか。そう思っていると、扉の方から声が来た。
「大怪我してるんだから寝てなきゃだめよー。」
声の主はお母さんだった。
「お母さん・・・」
「うん、おかあさんよ。忘れちゃった?」
忘れる訳が無い。お母さんなのだから。
「お母さん・・・、怖かったんだ。だから、逃げることも出来なくて、それで・・・」
それ以上、言葉に出来なかった。お母さんの姿に痛みの涙は、恐怖の涙は安堵の涙へと変わる。今までの疑問が全て吹き飛び、何も考えないままに泣きじゃくる。近づいてきたお母さんは背を抱きながら、慰めてくれる。いつ涙が引くのかわからないけど、きっと私が泣き止むまでそうしてくれるのだろう。そう感じながら、私の意識はまどろみの中に落ちていく。
読んでいただいてありがとうございます。
ジャージ男の家での一人称から三人称への変化が唐突過ぎましたね。
いままでの話数よりも長くて書くのがつらかった。