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第9話 ハチミツレモン

 午前中身体測定、昼食と前後して筆記試験、昼食における人格試験(気がつかないうちに私は試験のお手伝いしていたようですよ)、そして昼食後の実技試験に第3騎士団見習い騎士候補生はぐったりと地面に座り込んでいた。

 結局、選抜試験に臨んだ五十名の候補生全員を相手にしても、フレンディ教官は息一つ切らすことなく、にこにこと立っている。脅威の体力だと言わざるを得ない。


「あんなのっ……モンスターよ」

 ヴィルマーさんが涙目になって泣き崩れるマネをする。そのモンスターに、盾を捨ててスピードを強化し、一撃入れようとした彼は見かけによらず男前だと思う。思ってるだけでは伝わらないので口に出してみたら、

「ありがとね」

嬉しそうに彼ははにかんだ。意外と可愛い人だ。


 地面でのびている人に水分補給用のハチミツレモン水を配っていると、草むらで吐き戻している人たちの介抱をしているベル様を見かける。強くて優しい、そんな彼に私は絶賛惚れ直し中である。

「俺、にも、くれ」

 大きく息をしながらテオさんが、コップを横から掴んだ。

「ゆっくり飲んでくださいね」

 一気に飲み込むと、むせるから。そう付け加える間もなく、彼は少しずつ喉に流し込んでいく。


 ジリジリと太陽が照りつける。砂が舞い上がり、隣にいる彼からはお日様と汗のニオイがした。タオルを首に巻いているけれど、ぬぐっても滝のように汗が流れ落ちる。水分を取る端から汗となっているんじゃないだろうか。

「騎士団試験って、思った以上にハードなんですね」

「フレンディ副騎士団長に勝てるわけないだろ……っ。うえ」

 ちょ! フレンディ教官は副騎士団長ですか。そんな偉い人が何でこんな辺境の試験会場に来ているんだろう。……そんな思いが顔に出てしまったらしい。


「今年は『特殊な事情』があるのと、まあ、ここの候補生達が有力だというのがあるからだ」

 苦々しげにテオさんは呟く。また出たよ、『特殊な事情』。

 でも、直接聞くことがはばかられるので、違うことを聞くことにする。

「ところで、テオさんから見てベルナルド様はどうですか? 受かりそうですか?」


 私から見たら文句なしの合格だと思うのだけれど、惚れた弱みと言いますか、フィルターがかかっている可能性が高いので、同じ受験者である彼がどう思っているのか気になった。

「ベルは合格だろう」

 テオさんはタオルで紙をガシガシと乱暴に拭きながら付け加える。


「あいつは面倒見が良いし、気が回る。人当たりも悪くないから慕われる。おまけに……持ち前の恵まれたガタイと運動神経、耐久力、どれを取っても騎士としての資質に文句はない」

 意外なことにそれは素直な賛辞だった。少し悔しそうに唇を噛んでいるのは、自分にないものが含まれているからだろうか。ベル様を褒められて嬉しいけれど、そのまま頷いてしまったら傷つけてしまいそう。


「ベル様は素晴らしいです。でも、テオさんも素敵ですよ。全体を見渡す力やとっさの判断力、反射神経や体の制御なんかはこの中でも一番ですもん」

 だから、自分が思ったことを口にする。決して慰めではない。素直な評価だ。

 それを見て取ったのか、テオさんは唇の端を少しあげて、私の頭を大きな手で乱暴にわしゃわしゃと撫でた。


「じゃあ、もっと俺も強くなってベルを抜かしてやるとするか」

「そっ、それはダメッ!」

 ベル様は負けません! と力説していたら、彼は笑ったまま木陰に移動してしまう。なんだか、少し彼の力が抜けたようで良かったと思いつつも、やっぱり一番はベル様だからね! 心の中で「ベル様頑張ってー」と応援しておく。乙女の声援受け取れええええい!




 実技後半は、剣や槍、ナイフ、弓、斧などの適正試験だったらしい。らしい、というのは、私は夕食の用意で忙しかったからだ。相変わらず聞こえる悲鳴と怒声をBGMにヴィシソワーズ(ジャガイモの冷製スープ)を作る。夕食は焼き鮭のクレソン添えにヴィシソワーズ、コーン・ニンジン・トマト・レタスのサラダ、鶏肉の煮物、フランスパン、ヨーグルト、オレンジだ。

 試験が厳しすぎて食欲ないだろうなぁと思いつつも、なるべく胃にもたれないよう配慮したつもり。


 結局その予想は当たり、昼には脅威の収納率を見せた彼らの胃袋は、一般人とあまり変わらないものとなっていた。心なしか青ざめているのは、試験が厳しかったのだろう。一方、候補生達とは対照的にフレンディ副騎士団長は「いやぁ! 最近事務仕事が多かったので、久々に体を動かしましたよぉ~」と、お肌つやつやだった。


 ああ、うん、モンスターだったもんね。武器全般得意などという規格外の試験官は、おかわりまで平らげてから、寝室の部屋割り表を作り出す。底なしの体力ですよね……そう切り出せば、フレンディ副団長は「家に帰ってごろごろしていたら嫁さんが怖いからな」と笑った。

 その間、ゾンビと化した候補生たちはシャワーを浴びに行ったようだが、途中で倒れてないか心配である。まあ、私が行くことはないので、そのときは応急処置頑張ってくださいね。あ、ベル様の場合は例外です。


「そうだ、イリーナさん」

「なんでしょー?」

「君、寝室は厨房と候補生達のタコ部屋とどっちがましだと思う?」


 え……!?

 私の寝室ないんですか!?

 手をぶらりーんと垂らせば、副騎士団長は「だって定員オーバーだモン」と可愛く両手を合わせた。内容は可愛くないけどっ!!

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