第8話 人は見かけによりません
第3騎士団選抜試験の責任者であるフレンディさんから見せられたのは、一枚の緑色のカードだった。
「圧迫面接試験に近いとでもいうのかな、わざと試験生にストレスを与えてその反応を見るという手法があるんだよ。今回は、『食材を大きくロスさせろ』とカードに書いてヴィルマーに渡し、強制的に実行させた。この選抜には少々『特殊な事情』も絡んでいるので、君がどう反応するのか見させてもらったんだけど、すまないね」
すまないなんて微塵も思っていなさそうな清々しい表情で、フレンディさんは語った。
「もしかして、それって……例えば、私があの場でヴィルマーさんに怒鳴ったり、食事が第2グループの昼食に間に合わなかったりした場合は、1日目でバイトをクビになったということなんでしょうか?」
恐る恐る尋ねてみると、「うん!」という明快な答が返ってくる。
やばかった! 実は、全部終わった後でヴィルマーさんにいたずらを仕掛けようと思い、こっそりゴキブリの死骸を紙袋にしまっていたんですが。実行しなくて良かったね。こちとら金貨千枚がかかっているんだよおおおお。
「このカードのことはまだ黙っていてね」
ぺろりとオムレツを平らげて、食えない試験官殿はニヤッと笑った。
のんびりした人だと思っていたけれど、人は見かけによらないのねー。
などと、それで納得していた私は甘かった。
「逃げんな! ごるうあああああああ! 複数人でかかってきてでも、俺のパンチを1発でもガードしてみろやああああああ!!!」
洗った布巾を干そうと外に出て、まず耳に入ったのはフレンディさんの怒声。思わず自分の耳を疑ってしまったのを誰が咎められようか。練習場に目を向ければ、鬼教官モード(?!)と化したフレンディさんが、拳を振りかざし……
あ、地面に穴があいた!
「避けるんじゃねぇ! 死なない程度に調節くらいしてるわあああああ!!! どうせいっ!」
最後の掛け声とともに、盾を構えた3人の候補生が文字通り吹っ飛ばされた。
あれは怖い、あれは怖い、あれは……あれは逃げるだろ! 普通!!
フレンディさんの豹変振りに心の中で突込みが追いつかない。だって、死なない程度にと言ってるけど、屍累々だよね!?
遠くからではよく分からないが、きっと表情も般若の如く鬼気迫るものがあるのだろう。試験だから仕方なしに前に出ている候補生達の大半が、へっぴり腰になっている。迫力負けしてますもん。ぎゃー! また一人錐揉み回転しながら転がっていったよ。プロテクターが地面に当たって悲鳴を上げているのが分かる。肩当もげてるし!
せっかく食べた昼食、吐きそうなくらい厳しいぞ。
「次、こいやあああっ!」
「おう!」
フレンディ教官(と呼んじゃおう)の掛け声に答えたのは、簡易なプロテクターを着けたベルナルド様とテオさん。ひええええ、どうか、怪我はしませんようにっ!!! 思わず胸の前で手を握ってしまう。
みなぎる気合の鬼教官の前に、二人が盾をもって立ちはだかった。もぎゃああー、テオさん小柄だからきっと吹っ飛ばされるよ!! 布巾がクシャクシャになるくらい強く握り締める。試験を受けているわけじゃないのにドキドキが止まらない。
カッとフレンディ教官の右手が光を帯び、手前にいたテオさんに向かった。
目の前で繰り出される魔力の篭ったパンチを、テオさんは盾に全魔力を注いで受け流す。
「うおおおおおりゃああああ!!!」
メリメリと盾が砕ける音が響き渡った。えぐれた盾を器用に操って教官の側面に回った彼は、逆に盾を押し付けるようにして横からの圧力をかける。それに一瞬体の向きを固定されたフレンディの教官の背後にベル様が回りこみ、渾身の右ストレートを繰り出す。
「どおりゃああっっ!」
「甘いっ!」
教官はそれに素早く気づき、ぐるんとしなやかに体を捻って回転蹴りを繰り出した。テオさんの盾は下からの蹴りによって粉々に砕け、吹き飛ぶ。続いて受けたベル様は、左手に持った盾でガードするが受けきれず、後ろに吹き飛ばされ……かけて、5メートルほど踏ん張った体勢のまま持ちこたえた。
フレンディ教官、反則までに強いな!!
ベル様とテオさんは肩で息をしながら、強張った手を何度かさすっている。粉砕した盾の持ち手部分を握った手が緊張のあまり固まってしまったらしい。
「次こおおおおおおーい!」
鬼教官は全く疲れた様子を見せず、そのまま次の候補生に前に出るよう声を張り上げた。
あれが正騎士の実力か……。グリーンマーメイドでも屈指の実力と言われているベル様が、まさに手も足も出ない状態に唖然とする。王弟殿下は私のパンチを褒めてくださいましたけど、毎日『アレ』見てたら、へなちょこパンチもいいところだよね。女騎士にスカウト!? なんて色めいていた私が恥ずかしい! あああっ!
……。
……うん。
でも、さっきのベル様格好良かったなぁ!
実力的には叶わない相手でも怯まずに立ち向かう姿。今のところ、地面にしりもちをつかなかったのはベル様1人だ。えへへ。えへへ。やっぱり自慢の、そして憧れの人に変わりない。
「休憩にハチミツとレモンを絞った水を差し入れようっと」
少し火照った頬に手を当てて、私は足取り軽く厨房に戻ったのだった。
そういえば、フレンディ教官が言ってた『特殊な事情』ってなんだったんだろうね。