第6話 欠食青年団の称号を与えよう
ほうっとため息をついて、パスタソースを煮詰める。過去を思い出しつつ、ポテトサラダ用のふかした芋もつぶしてある。ハムもスライスしたし、パンもオーブンの中だし、後はパスタをゆでてソースを絡めるだけだ。
「私って良い嫁になれるかも」
むふふふ……と口元がにやける。この短時間で支度してしまう手際のよさ! 休まず働く勤勉さ! さあ、驚くが良いよ!!
天井に向かって両手を広げ、賛辞を受けるポーズをとっていたら、ベル様と一緒にいた二人の青年他二十名ほどが入ってきた。食堂が狭いので、2グループに分かれての食事になるのだが、一人ひとりのガタイが良いので圧迫感が漂う。あ、ベル様は第2グループなのね。
私はパスタを湯に突っ込みながら、手際よく冷しておいたサラダを2種類取り出す。
「イリーナさん、あたしも手伝うわ」
忙しそうにしているのを見て取った赤い髪のオネエ……もといイケメンのお兄さんが、こちらに気づいたらしい。
「ありがとうございます! えと……」
名前が分からなくて口ごもると、彼(彼女?)は「ヴィルマーよ」と名乗ってくれた。ヴィルマーさん、ヴィルマーさん、よし、覚えた。長身のヴィルマーさんは、リーチが長いからか、少し体を捻るだけで遠くまで届くようだ。羨ましい!
彼は冷暗所からどんどんサラダを取り出して、カウンターに乗せてくれる。
気遣いができて有能な嫁(?)がここにもいますよ。ライバルかもしれません。でも、この忙しいときには有り難いですよ!!!
私も、大なべでゆでたパスタの水を切り、作っておいたソースを絡ませて軽くフライパンで炒める。バターの良い香りが広がった。
「パスター! どんどん運んでください」
私が山積みの皿にどんどん盛り付けていくと、隣にいる猫目の人が指示を出してテーブルへと運ばせていく。
「お前、右端のテーブル担当しろ。お前はフォークを配れ。ヴィルマー、そっちの手が空いたら小皿を配れ」
人の動線を良く見ているのか、混雑しがちなカウンター付近も、まるで流れ作業のように人が動いている。食器の配布もスムーズだ。うん、猫目の人、あなた指揮官向きだよ! ちょっと偉そうだけど。
「まあ、俺の実力なら当然だ。……他にやることあるか?」
おいおい、私の心の声聞こえてましたか!? と思わず聞き返したくなる言葉が飛び出したな。
「あとは、このパンを配ってください。熱いので気をつけて」
オーブンをあけてバスケットに盛ろうとすると、猫目の人が手の空いた候補者たちを呼びつけて、仕事を割り振った。1人はパンをオーブンから出し、1人はパンをテーブルへと運ぶ。
なぜ、おまえは、動かないのか。
人に命令し慣れている姿に思わず心の中で突っ込むが、第3騎士団を受けようとするくらいだし、貴族じゃなくて平民なのだろう。多分。
「何か言うことはないのか?」
最後のパスタを皿に盛り付ける私に、猫目の人は何かを催促している。何か言うことって、何を言えと?
「何も……?」
だって、あなた命令してただけですよね? 不思議そうに見つめ返すと、猫目の人の機嫌がまた落ちていく。面倒くさいな、この人!
「ヴィルマーには言っただろ」
えーと。お礼を言えと、そういうことでございますかね。なんですかね、お貴族様みたいな人ですね。
「ありがとうございます! えと……」
誰だっけ? 猫目の人の名前が分からなくて口ごもる。さっきヴィルマーさんが呼んでいた気もするけれど、ベル様の記憶のおかげで吹き飛んだわ。はっはっはーと笑っていたら、ぐいっと耳を引っ張られ、まるで記憶を上書きするかのように、名前を耳から押し込まれた。
「テオドール!」
「声がでかい!」
耳がキーンとすると文句を言えば、「テオドール、テオドール、テオドール、テオ様でも良いぞ、覚えたか、この忘れん坊があああ!!!」と3倍返しになって戻ってきた。
「ヘイヘイ、テオさんね。ありがとね」
心が篭ってない! と怒られたのはその直後で、まあ、食事の準備が整ったのと同時だった。
「いただきまーす」
野太い声が食堂に響き渡る。ああ、(ベル様は次のグループだから)癒されないなと思いつつ眺めていると、どうやら私の料理は彼らの舌に合ったようだ。
「うめえ!」
「美味しいわぁ~」
「いけるな」
満面の笑みで褒められると嬉しい! たとえそれが、厳つい顔の野郎共であってもだ。いやぁ、それほどでもありますけど~と照れ笑いで「でへへ」などという乙女にあるまじき笑いが出ちゃったりするが……。
「おかわり!」
「俺も!」
「パスタは飲み物です!!」
なにいいいいいいいいぃぃぃぃ! おかわり……だと!?
気に入ってもらったのは嬉しいけれど、ほとんど全員が空の皿を掲げている状態に逡巡する。足りるか!? というか最後の人、パスタは飲み物じゃありません。しっかりよく噛んで食べてください。消化してください。午後の試験で気分が悪くなったらどうする。
「イリーナさんは料理の達人です!」
……(ぴく)。
…………うん、良い人たちだよね。
「よっしゃあああああ! 欠食青年団共おおお、さあさあ食うが良い!!!」
おだてられた豚は木に登るという。
私はこのとき、まさに豚だった。
私は思い出すべきだったのだ。食材は有限であるということを。
そして、おだてられて木に登った豚が、降りられなくなって真っ青になるのは、それから約15分後のことであった。