第47話 壊れたグローブ *テオドール視点
――南部候補生選抜チーム控え室。
「酷使しすぎましたね」
フレンディ副騎士団長が俺の赤いグローブを手に取り、首を横に振った。ボロボロになった赤いグローブはイリーナに祝福してもらったものである。
勝利の勢いに乗っているとはいえ、実情はぎりぎりの勝利に近いものがあった。他と比べると魔力高保持者が少ないチームなので、一瞬で間合いを詰めるか、ねばって相手が魔力切れを起こすまで持ちこたえるかの作戦だ。ここにヴィルマーがいれば、もっと手の込んだ策を立てることも出来るのだが、現状では奇策の類もネタ切れになってきて困っている。
「残りの試合は第1騎士団候補生チームのみというところで、装備が変わるってのはきついな」
「しかも相手は試合を全くこなしていないから、体力も魔力も全快の上、出方が分からん」
ベルナルドが苦笑しながら水筒に口をつけた。
リーグ戦で各地方を何とか打ち負かし、1位に立った南部候補生選抜チームには、第1騎士団を受験している貴族のチームとの試合が設定されていた。
相手チームで最も警戒しなければならないのは、伯爵家のフェルディナントだ。ただし、それは『武器の扱いや接近戦では』という限定がつく。障壁防御や補助といった魔法も視野に入れると強敵は増える。なぜなら一般的に貴族出身者は魔力が高く、魔法の扱いが上手い。
貴族の庶子であるヴィルマーが魔力操作に長けていることや、(本人無意識ながら)イリーナがグローブに加護を施したのが良い例である。俺自身も魔力は低いほうではないが、完全な補助に徹することができるほど高いわけではない。
「ヴィルマーアアアアアアアア! 次会ったら殴る! 絶対殴る!」
鉄製のロッカーを殴ったらべコンべコンと間抜けな音が返ってきた。
「あいつ抜けたのは痛いよなー」
「信頼していただけに、きつかったな」
他のメンバーも、『俺も一発顔面に入れてやる』『イケメン滅べエエエエエ』なんて意気込んでいるが、最後には息を吐き出して……笑った。
「ま、仕方ない。殴るのは確定としても、その後は『おめでとう』って言おうな!」
「祝福することもできないまま姿をくらますとか、本当に薄情な奴だぜ」
「あいつに笑われない試合にしよう!」
試合の初日、ヴィルマーの姿は無かった。代わりに存在していたのは、1通のメッセージカードだけ。
「ごめんなさい。あたしは参加できない」
意味が分からず首をかしげたメンバーに、フレンディ副騎士団長はコホンと咳払いをして事情を説明してくれる。
「ヴィルマーは第3騎士団の受験者じゃない。第2騎士団の受験者だ」
――そういえば、第1騎士団と第3騎士団は大々的に募集かかってますけど、第2騎士団はどうやって採用しているんでしょうね
イリーナの言葉が蘇る。
主に周辺国での諜報活動や魔法の研究を行っている第2騎士団。ヴィルマーはその受験者?
「彼に課せられた試験内容は、私が渡した緑のカードに書かれた指令を誰にも気づかれずにこなすこと」
例えば、世話係として来ていたイリーナ=ブルジョワリッチに食糧切れを起こさせること。テオドールのグローブを隠すこと。ベルナルドに睡眠薬を盛ること、他にもロッカーに虫、持ち込んだエロ本の没収と色々あったはずだといわれて、メンバーは一様に押し黙った。
悪意なき悪戯……の答がそこにある。
「チームワークが良いに越したことはない。しかし、戦場では卑怯なことをされたり、裏切られることもある。そのとき、疑心暗鬼にとらわれるのか、物事の重大性について正当な評価ができるのか、これは君達への試験でもあったんだけどね」
すでにヴィルマーの成績についてはクリスタルパレスへ送付してあり、審議中なのだという。であれば、イリーナと第3騎士団の詰め所に持っていった書簡はヴィルマーについてのものだったのか。
その後、試合を二つほどこなした頃に、ヴィルマーが合格したことを聞いた。あいつが抜けたことで戦力的に大幅ダウンし、チーム内でも疲労感が漂ってきていたタイミングだったのだが、その知らせは戦意を削ぐどころか、火に油を注ぐ結果となる。あいつら、単純だよな。
「ずっりいいいいいいいい! ヴィルマーに『お前がいなくても勝てたぜ!』って言ってやる!!」
「これで残された俺たちがボコボコに負けたら、あいつを殴っても負け惜しみになっちまう!」
「勝つ! 絶対勝つぞ!」
「目指せ! リーグトップ!!!」
「いえああああああああああ!」
その様子を満足そうに眺めていたフレンディ副騎士団長は思い出したかのように懐から何かを取り出した。
「あ、すっかり忘れてたけど、これは君に返そう」
ポンと以前使っていた黒いグローブを渡されてフレンディ副騎士団長を見ると、「今の君には必要ないものかもしれないけれど」と笑われる。赤いグローブに込められたイリーナの魔力に気づいたに違いない。
結局そのグローブを使う破目になってしまったので、あの時返してもらって良かったと思うのだが、強度が上がったグローブに慣れていたいるせいか、どうも着け心地が心許ない。くそ、贅沢言うなってことか。
「南部選抜チームの皆さん、そろそろ出番ですよ」
試合を取り仕切っている騎士団員から声をかけられて立ち上がる。
万全だろうが無かろうか、もうすぐ終わる。ここまできたら後は腹を括るだけだ。今ここにいないイリーナも自分のベストを尽くしているはずだから、あいつに顔向けできないような試合にはするまい。
「気合入れろ!」
「うおおおおおおおーーーーー!!!」
控え室に野太い声が響き渡った。




