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第40話 瓦じゃありません

 詰め所は思っていたよりも近かった。フレンディ副騎士団長の書状を渡すと、第3騎士団の騎士さんは感極まったように、フルフルと震えながら受け取る。

「まさか、あの、フレンディ副騎士団長の書状とか! うわ! 感激だああああああああ」

「本物!?」

「うおおおおお! 羨ましい!! 俺もあの方に稽古つけてもらいたいぜ」

 濃いひげのおじさんたちという外見にもかかわらず、乙女顔負けの涙目で頬ずりしそうな勢いが怖い! ちょっとフレンディ副騎士団長愛されすぎですよ!?

 引き攣った顔で半歩ほど下がれば、テオさんがこそっと解説してくれた。なにやら、平民出身ながら実力と人柄でのし上がったフレンディ副騎士団長は第3騎士団の憧れなのだそうだ。


「あの人は食えない人だが、信頼出来るからな」

 テオさんが人を褒めるのは珍しい。思わずじっと見ると、彼は「一応、俺も人をちゃんと見ているつもりだぞ」と慌てて付け加えた。相手を萎縮させるような生真面目さではなく適度にくだけた態度、部下の自主性を尊重しつつも、ここぞというときには手綱をキッチリ取れる度量、そして文句のつけようがない実力、それらが羨ましいのだと言う。


 テオさんがフレンディ副騎士団長のようになる姿は想像できない。

 けれど、この半月の間に、最初の頃の尖った部分が少しずつ削れてきたように思う。以前はテオさんを遠巻きにしていた候補生達の態度が、少しずつ柔らかくなっているのが良い証拠だ。今日だって「俺たちとおそろいの濡れ鼠になろうぜ!」とばかりに海に放り込まれていたが、そんな悪戯をすることができるくらい彼らは近づいたわけで……。そういうのって、ちょっと微笑ましいというか、嬉しい。


「そういえば、今日は災難でしたね」

 ニヤッとしてテオさんを見ると、被害者であるテオさんは憤懣やる方ないといった様子で拳をぎゅっと握った。

「あのお調子者共があああああっ! 明日の訓練では目にモノ見せてくれる」

 でも、口元が笑っていますよ?

 釣られるように、私も自然と微笑んでしまう。


 きっと、なんだかんだいっても良い出会いが出来たことに感謝しているのだろう。それは、候補生達の側からも同じなのだろうと想像できた。テオさんは短気だし出自が少々アレだが、基本的に面倒見が良いし実力もある。騎士にとって、『信頼』を寄せることができる相手というのは、彼らにとって市井に住む私たちよりも、ずっとずっと重要な意味を持っているに違いないと思うのだ。

「良かったですね」

「良いわけないだろ!」




 私の用事が終わったので、次はテオさんの用事を済ませることにする。

 第3騎士団の詰め所から、酒場へ食料を卸している店へと足を運ぶと、目の前に紙袋に入れられた菓子や飲み物がずらりと現れた。こういった食材は通常昼に取引されるのだが、酒場などで急に必要になったときのために、夜だけ開店するお店もあるのだ。ただ、そのような事情のため、大通りに面しておらず、なかなか分かりにくいところに存在していたりする。


「手を離すなよ」

 この辺の治安は良いのだけれど、万が一のことがあってはいけないからといってテオさんは手を繋いでくれた。そのままお店の人に買い物リストを渡すものだから、店員さんの目が大変生暖かいものになっている。

 あああ、なんかすいません、すいません。そういう関係ではないんで許してください。むしろ、私、ちょっと前に盛大に失恋したんで。ええ、そりゃもう、花火をどっかんどっかん打ち上げる勢いで。


「別に何かあっても困るのは私で、テオさんに責任はないんですけど……いたたたたっっ、わかりました、わかりました!! 勝手に消えて、テオさんの足を引っ張るようなことはしません」

 失恋の痛手にぷいっとやさぐれてみたら、げしげしと繋いでいない方の手でチョップされた。あああ、そうですね、守りきれなかったら、当然のことながらテオさん気に病みそうですもんね。くそう、変なところで責任感強いんだから。


「分かってないだろ、お前!」

 謝ってもひたすらチョップされ続けるので、理不尽な扱いだと思いつつも「テオさん、テオさん、メモの品物そろった、支払い、勘定! 店員さーん、お勘定お願いします」と呆れたように立っている店員さんに擦り付ける。頼むからこの人を止めてくれ。私は瓦じゃありません!

「いや、今のはお嬢ちゃんが悪いよ……」

 呆れたまま店員さんは呟いた。


 私が悪いのか!?

 守られるどころか、積極的に危害を加えられているような気がするんですが。


 まあ、やっとチョップが止まり、店員さんとテオさんが話し出したので、気分転換に再度店の中をぐるっと見渡してみる。食料品店というよりも、何でも屋という方が近いだろうか。こまごまとした商品が棚にぎゅうぎゅうに詰められている。生ものは少ないが、カウンターの前に干した果物や豆がずらりと小さな木箱に入って並んでいるのがカラフルで可愛らしい。天井からはベーコンが吊り下がっており、注文するとナイフで削り取ってくれるらしい。ワイルドだ。


 食料品以外にも、皿やカップ、ナイフ、フォークに始まり、果ては椅子のレンタルまで手広い。さっき、お店が満員で椅子が足りないのだと酒場のお姉さんが借りに来ていた。いやあ、商売って色々あるよね。

 そのまま後ろの棚に目をやると、そこには文具が並んでいた。インクの壺に、ペン、メッセージカード、そして便箋。そっと白い便箋に手を伸ばすとひどく懐かしい気がした。そっけないが手触りの良いそれは、ベルナルドさんが使っていたもので、思わず苦笑してしまう。


 そりゃそうか……。可愛い便箋なんて、彼に買いにいけるはずもない。

 それでも、私のために便箋を買って、手紙を書いてくれた。励ましてくれた。

 そんな彼の優しさに、ずきんと心が痛む。私が好きになったのは、そういう人だった。

 良い人だった。

 私には勿体無いほどの、素敵な人だった。

 好きになって……良かった。


「行くぞ」

 人が感傷に浸っているにもかかわらず、テオさんは品物が入った紙袋を受け取ると、さっさと旅館に向かって歩き出す。

 ちょっといい感じに私が乙女のモノローグを頭の中で流していたというのに、空気を読め! と、心の中でテロップを流しておく。

 そしてもう一つ突っ込んでおきたい。


 なんか美味しそうな匂いがするよ!?

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