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第4話 パンは守ったが……

 ちょっ! そのもの言いたげな視線はやめていただきたい。パンは守ったんだから、泥んこになった私のことは見なかったことにしてええええええぇ! そして糸目の騎士さん、今こそ出番です。彼らの視線をそらすのです!

 心の中の悲痛な叫びと涙を押し込んでのろのろと立ち上がると、体当たりした扉の蝶番が外れてゆっくりと内側へと倒れていった。ズシーンと良い音が聞こえる。あああ……信じたくない。これは何のコントですかね!? そんなオチいらない。そして、か弱い乙女のタックルくらいで普通の扉は壊れない。


 ちらっと糸目の騎士さんを見ると、彼は視線をそらすどころか、こちらを見て大爆笑していた。気持ちは分からなくもないけれど、ここは大人になろうよ! というか、穴があったら入りたい。もう、人前には出ず、砦の幽霊として家事をさせていただきたい。

 ぎゅっとパンの袋を持つ手に力をこめると、3人の候補生が苦笑しながらこっちへやってきた。

「イリーナ、落ち着け。な?」

 そのうちの一人の姿に私の顔は幽霊から一転、恋する乙女のものとなる。背景に薔薇が咲き乱れても驚かない!


「ベルナルド様!!!!!」


 百九十センチはあろうかという長身に、しっかりと筋肉のついた身体。優しい微笑と、低い声に自然と笑みがこぼれる。ここが試験会場でなければ、抱きつきたいところであるが、ぐっと我慢した。私、まだ幽霊にはなりません!

「元気そうで良かった」

「お久しぶりです! お久しぶりです。ベル様」

 満面の笑みで返事すれば、がしがしと大きな手で頭を撫でてくれた。優しいです。ベル様、相変わらず素敵です。


 ぽわーんと見とれていたら、ベシッとチョップが上から降ってきて、涙目のまま振り返る。犯人は3人のうちの1人である猫目の少年。パッチリした目に整った顔立ち、サラサラの黒髪、小麦色の肌はしなやかな豹を連想させる。南部の猛者の中に混ざると小柄に見えるが、隠れマッチョのようだ。だって、チョップされたところが痛い。


「イリーナ、さっさと荷物運ぶぞ」

「ちょっ!!! 初対面で呼び捨てとか許した覚えないですけど!」

 血相を変えると、むしろ猫目の奴の血相が変わった。

 あれ? 怒ってます? 私、何か地雷踏みました?


 ぐるっと四十五度顔を回転させてベル様に眼で訴えると、その隣にいた赤い髪のイケメンさんが猫目の奴を宥めてくれる。

「まーまー、テオさん。思い出話は後ですよぉ。他のみんなも馬車から資材運んでますから」

 なんと! おネエ系でしたか!! 筋肉質ではないけれど、背が高く、優しそうな人……だけど、まさか、ベル様を取り合うライバルとかじゃないですよね。ね? ね??

 私は、不機嫌な猫目テオさんよりも、そっちの方が気になって、食材を砦に運び入れている間、ずっとその二人を観察していた。その私を猫目さんが観察していたのは、気づかないフリをしておこう。




「じゃあ、選抜試験始めるぞー」

 糸目の騎士さんが、候補生を集めて説明をしている間、私は上からエプロンをつけてクモの巣が張られた厨房を磨く。あ、糸目の騎士さんはフレンディさんと言うらしい。


 選抜試験のスケジュールとしては、フレンディさんが今日の朝から明日の夕方まで、約50人の候補者の身体状況と実技を見て約20人に絞り込むそうだ。実技科目は拳術……というのも南部では素手による体術が発達しているからだ。そのほか、勿論のことながら人柄や知識、生活能力、リーダーシップが問われるらしい。そういうことなので、私の身の安全度は現在どこよりも高い状態なのである。


 残った約20名は、明後日から約半月かけて集団演習を行う。半月後に最終試験である首都での各グループごとの集団戦があるのだ。

 何故半月も空くのかというと、王弟殿下が各グループを見回るための合宿旅行が入るからなのだそうだ。1泊2日の合宿を7グループ分。移動時間等を入れて半月かかる計算ね。


 その間、このボロ砦に住むのかと思っていたのだけれど、どうやら数人で分かれて近くの街でホームステイすることになるらしい。自宅がその街にある人は自宅へ戻るということなので、まあ、夜くらいは人間的な生活ができるよう配慮された結果なのかもしれない。勿論休日も与えられる。

 ただ、昼食に関しては、実技習得も兼ねて順番に厨房で作ることになるので、掃除はしっかり行わねばならない。ベル様を食中毒にするわけにはいきませんから! 特にネズミは要注意です。表では身体測定が始まっているようですが、私は私の戦場へ出陣しますよ!


 ここに到着する前に購入しておいたタワシとデッキブラシを手に、上のほうからゴシゴシと磨く。ネズミ避けの網を張りなおし、煙突の穴もこする。昨年も使っていたせいか、思っていたほど汚れてはいなかったものの、雑巾を絞れば黒い水が出た。竈に火を入れると何とか使えそうなのでホッとする。これだけ大きければ、大なべも一気に5つはかけられるだろう。


「昼食は肉……にしたいところだけど、結構試験がハードそうだから、消化が良くてエネルギーになるもののほうがいいかなぁ」

 それでもって腹持ちの良いもの、と考えて、メインディッシュはシーフードパスタにすることにした。トロ箱に詰めた貝の砂だしをしつつ、つけ合わせのミモザサラダやポテトサラダの仕込みも始める。デザートはバナナ。異論は認める。堅いパンはオーブンで焼きなおして蜂蜜をつける。バターよりも燃費がいいからね。

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