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第35話 泳げ! 飛びこめ! 投げ込め!

 お腹がいっぱいになったら食休み……なんて彼らの辞書にはありませんでした。

「海だああああああ!」

「泳げーっ!」

 フレンディ副騎士団長が「殿下の護衛は私に任せて泳いできなさい」と許可を出したら、みんな海へ向かって走っていってしまったのだ。そのまま準備運動もせずに飛び込んでいるが、まあ、ビーチバレーで十分体は温まっているはずだから問題ないだろう。

 ちなみに王弟殿下はビール飲みすぎで、ただいまサマーベッドの上で気持ち良さそうに寝ています。


「元気だなぁ」

 海パンいっちょで、わっさわっさとクロール競争している候補生達の群れを見て思わず感心してしまった。あれだけ泳げれば、海も楽しいに違いない。水も透き通るほど綺麗だし。

「元気ですねぇ」

 フレンディ副騎士団長も同感らしい。


「テオさんは泳がないんですか?」

 さっきからパラソルの下で、帽子を深くかぶって海を眺めているテオさんに声をかけると、「俺は別にいい。濡れるのはあまり好かん」とぶっきらぼうな返事が返ってくる。視線の先には、海の上でプカプカと浮かぶ集団がある。


 そういうもんなんでしょうか。

 じっとテオさんを見てみるが、帽子を深くかぶっているので表情は分からない。

 もしかして、泳げないんじゃ!? なんて、すごく楽しそうな疑惑が浮かんだけれども、私自身泳げないのでそっとしておくことにした。まあ、先日盛大に笑われたわけですけどね。仕返しするのは子供のやることなのですよ。


「いいなぁ。泳げたら気持ち良いだろうなー」

 以前、波に攫われかけてから、水が恐怖とまでは行かないけれども、さっぱり浮く気がしなくなってしまったのだ。そうなると体は正直なもので、緊張して泳げない。

「足だけでもつけてきたらいいですよ」

 せっかく海へきたんですからというフレンディ副騎士団長の言葉に甘え、私は浜辺に近づいてみることにした。ごつごつした岩場のあたりであれば、ベル様にも近づけるはずだ。


「では、ちょっと行ってきますねー」

 近くの岩場を指差すと、「俺の視界から消えるなよ」などとテオさんがプールの監視員のようなことを言っている。適当な返事を返して海に目をやれば、器用にも立ち泳ぎをしながら候補生達が手を振っていた。それに応えるように私も手を振る。


 浜辺の岩の裏には小さいカニがいて、びっしりと小さな貝もついていた。何の虫か分からないが、黒い影がひゅうっと目の前を横切ったかと思うと、小さなヤドカリがのんびりと歩いてくる。

 ちょうど良い高さの岩に手をかけて、ちゃぷんと足を海につけると冷たくて気持ちがいい。本当に水が綺麗で、そこのほうまで見えるくらいだけど、飲んだら塩辛いんだろうなぁ。

「テオさんも、足つけてみませんかー?」

 泳げなくても海堪能しましょうよ! と声をかけるが……返事なし。

 仕方がないので、膝の辺りまで足を入れてみようと動いたときだった。テオさんがガバっと起き上がったのが視界の端に映る。

「イリーナ、動くな!」


 何が……?


 その瞬間、手をかけていた岩がごろりと転がり落ちて……体勢を直そうとするも、岩場の苔に足をとられて滑った。盛大な水音と共に海へ沈む。

 沈む!?

 さっき見ていたときには、あんなに浅かったのに、何で? 何でこんなに深いんですかーーーーっ!?

 足が底につかない恐怖で体が強張る。


「引き上げるぞ! 岩についた貝で手を切るなよ!」

 息をゴボゴボと吐いた瞬間、水面から腕が伸びてきて、二の腕を掴まれる。そのまま途中まで片手で引っぱられ、上半身が海面に出たところで、もう片方の手でしっかり腰をつかまれて砂浜へと引き上げられた。

 し、死ぬかと思った!!!

「まったく! 透明度が高い海は深い可能性があるってのに、ホイホイ行きやがって」

「ごめんなさい」

 テオさんにバスタオルでガシガシ乱暴に頭を拭かれ、私は面目をなくしてしょげ返ってしまう。


 こういう緊急時のためにテオさんは残っていてくれたのだろうか? そんなこと聞こうものなら、即座に「違う」と否定されそうだけれど、なんとなく、この人には敵わないような気がしてしょんぼりしてしまった。

「なんだかテオさんには、いつも怒られている気がする……」

 バスタオルを受け取って、ぐしょ濡れになった頭を拭くと、テオさんはピタッと動きを止めたまま、片手で目を覆う。

「あー……お前、バスタオル巻いとけ」

 怒ったように言い放ち、そのままくるっと後ろを向いてしまったことを不思議に思って、私はまた何かやらかしたのかと自分を見てみる。


「げ! 服が透けてる」

「もっと恥じらいを持て!!!」

 後ろを向いたまま怒鳴ったテオさんは、少し耳が赤くなっていた。

 いや、タオル1枚で人の前を堂々と歩く人に言われたくないですよ!?



 岩場に飛び込む形となってしまった私を心配して、候補生達が戻ってきてくれる。一番最初に到着したのは、やはりベル様だった。

「大丈夫か!?」

 ごめんなさい、足滑らせましたと素直に謝ると、「心配させるな」と優しく頭をなでてくれる。

「でもこれでイリーナさんもぐしょ濡れ組みやなー!」


 メンバーの誰かがわっはっはと笑い……そして全員の視線は、テオさんに吸い込まれていった。

 ヴィルの「あれ? もしやテオドールは泳げないのぉ?」という言葉を封切りに、候補生達は一致団結したようにアイコンタクトを取りあった。


「テオドールを担げ―!」

「うおおおおおおーーー!」

 やめんかこらーーー! と怒鳴り散らすテオさんを野郎共は軽く持ち上げて、そのまま海へざぶざぶ入っていく。

 そのまま、ぽいっと海へ放り投げだされたテオさんは、ものすごい勢いで泳いで戻ってくるなり、「この馬鹿共がああああああああああああああああああ!」と、ぐしょ濡れのまま暴れていた。


 泳げるじゃないか。

 単に濡れるのが嫌だったんですね。


 こうして、大人二名を除き、全員ぐしょ濡れで旅館に向かうことになった我々は、出迎えてくれた旅館の人を大いに驚かせることとなってしまった。なにせ、服のまま飛び込んだものが二人もいたからね。

 すいません、お風呂貸して下さい。

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