第33話 食事をかけた戦い
「じゃあ、全員揃ったのでいきますよお~」
海方面へ偵察に行っていたベル様を回収した後、牙竜車は出発した。これを制御できるのはフレンディ副騎士団長だけになるので、当然ながら残りのメンバーは荷台の中になる。荷台といっても、兵士達や武器を戦場に運ぶためのものなのでかなり広い。二十人乗ってもびくともしない造りに驚いた。
驚いたといえばもう一つ。王弟殿下、護衛の方を連れてなかったんですよ。
どうやら明後日から開催される団体戦の準備で騎士達は忙しいということで、一人放り出されたのだそうだ。
「まあ、候補生達が二十人近くいてくれるから安心じゃ」
朗らかに笑う殿下に皆、襟を正す。そこまでの信頼をもらって裏切るわけには行かない。そういうところが、人を使うのが上手いというか、人柄というものなのだろうなと思う。
「そんなに緊張しなくても良いぞ。フレンディからも聞いているだろうが、わしも平民の一人じゃからな。人に対する敬意があるならば、それで良い。逆に、変な気遣いやプライドは有事の際、判断の邪魔になることもあるしの?」
ぽよんぽよんのお腹を揺らして殿下は人懐っこい笑顔で笑った。
「で、うちのテオちゃんはどーよ?」
「テオちゃん言うな!!!」
まるで下町のおじさんのような口調に、少しずつ緊張していた面々が笑顔になっていく。
しばらくすると、荷台の中は打ち解けた雰囲気になっていた。
どすんどすんと相変わらずけたたましい音を響かせて牙竜は走っているが、意外と荷台には響かず快適だった。中で、例のボードゲームも出来てしまう程度の振動である。話によると、車輪などに特殊なバネを使っているらしく、衝撃を吸収するらしい。
「実際に乗るかもしれない乗り物なのだから早いうちに体験しておいた方が良い」
そんな深い訳があったんだよと説明する王弟殿下の後ろには、バーベキューセットやビーチパラソルがしっかりと用意されていた。単に、これを運ぶのに馬車じゃ足りなかったんじゃ……などと声が上がり、中は笑い声に包まれる。
そうして、牙竜車は広がった青空に負けないくらい爽やかに駆け抜けていった。
少しずつ潮の香りが入ってきて、荷台の幌から覗くと一面の海が広がっている。キラキラと水面が太陽の光を受けて輝き、ごつごつとした岩場に複雑な光を投げかけていた。幻想的な風景が美しい。
しかし、感動もそこまでだった。牙竜車が止まるやいなや、候補生達は荷台から飛び出しバーベキューの用意をし始める。あっという間に組み立てられたビーチパラソルとレジャーシートにより、そこはリゾート地へと変化した。
「いやあ、凄い連係プレーですねえ!」
いつの間に着替えたのか、フレンディ副騎士団長はアロハシャツにサングラスという格好でにこやかに拍手した。いつもより薄手のシャツを着ている分、体の線が見えるのだが、想像以上に筋肉のついた良いガタイをしている。そのため、サングラスをしているといつもより3割り増しで迫力があり、ちょっと怖い。こんな人がいたら普通の人は近づいてこないだろう。どう見たって筋者だ。
「まったく、まったく」
嬉しそうに頷く殿下はさしずめ親分というところか。えらく親しみやすい親分だけど。
などと観察しつつも、携帯用保冷ボックスからトウモロコシやしいたけ、チーズも詰めたソーセージなど取り出して準備を手伝う。テオさんの采配により、私を中心とした食材準備係と、ベル様を中心とした設備設置係、ヴィルを中心とした小枝拾い&火起こし係に分けられたからだ。
「イリーナ、野菜洗ってくる」
「イリーナ、トウモロコシとかぼちゃのカットは任せろ」
「イリーナ、カット済みの野菜と肉をさらに盛り付けるぞ」
なんて素晴らしい自発的行動なんでしょう! そこには初日のように、ぼーっと突っ立って指示を待つ候補生はいない。私の仕事がなくなる勢いです。いや~、この半月の成果が出ていますね。
「よしっ! 火がついたわよ」
ヴィルのほうも上手く行ったらしく、ベル様たちが設置した網の下に小枝と紙切れ、そして火が配布される。
「扇げ! 扇げ!」
「任せろおおおおーー」
ハイテンションになっているのか、もう親のカタキのように扇ぐ候補生達。燃え上がる炎は天に届かんばかりの勢いだ。
ちょっと! まだ食材の準備は終わってないんですけど!?
異常に早く準備完了したバーベキューセットに慌てていると、殿下はおもむろにビーチボールに空気を入れ、それをテオさんに向かって放り投げた。
「2チームに分かれてビーチバレー。勝った方から食べるべし! 負けた方は焼く係だぞー」
「うおおおおおおおおおお! 勝って先に特上カルビを食うぜーっ!」
雄叫びを上げる南部選抜チーム。あっという間にグーとパーで2チームに分かれ、砂浜にコートを描き出している。
いやはや、見事なコントロールですね。
「テオドール! 今回は容赦しないわよ」
「ヴィルマー、お前のチーム、ベルナルドといいやたら背の高い奴ばっかりそろえやがってえええ!」
「偶然だ」
「絶対勝ってやる!」
「おーっ!!」
砂浜の方からなんとも楽しそうな声が聞こえてきた。
それをバックミュージックにキャベツを切っていると、いつの間にかフレンディ副騎士団長が隣に立っている。
「若いっていいですねえ」
ええっ!? 体力といい、気合といい、彼らに負けてませんよ、と言えば彼は嬉しそうに笑った。
「ああやってはしゃぐことができるのも、若者の特権ですよ。良かったら見学に行ってきなさい」
特上カルビをかけたビーチバレーボール大会を指差すと、フレンディ副騎士団長は下ごしらえを代わってくれる。
なんて良い人なんだ。
私はちょっと感動しつつお礼を述べ、砂浜の方へ走っていった。
応援するチーム? そんなのベル様のいるチームに決まってますよ! 肉! 肉! おーっ!




