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第32話 逆さで走ろう!

 片手にオレンジジュース、片手に新品のグローブ。そして、頭にはテオさんの帽子が載っている。


 いやー、まさかテオさんが少し離れている間にナンパされるとは思わなかった。しかも、軽く熱中症というか、日光に当たりすぎてくらくらしてたため、事態に気づくのが遅れて危うく連れて行かれるところだったよ。

「具合が悪いなら言え! 変な奴に絡まれたら呼べ!」

「私も今気づいたところなんだって!」

 戻ってきたテオさんに救出してもらった後の会話が上記である。


 それでも、戻ってきたテオさんの手にはオレンジジュースがあった。つまりは、私よりも先に気づいてくれていたということなのだ。

「……ごめんなさい」

「ん」

 素直に謝ると、彼は照れを隠すように帽子を深く被りなおし、しばらく考えた後、私の頭にそれを載せた。これで少しましになるだろ? と、ぶっきらぼうに言うテオさんの表情が良く見える。


「えへ。ありがとうございます」

 やったよー! 帽子ゲットだよー! と喜んだら、つないだ指先に力が入った。




 翌日。

 私はグランドの端で一生懸命雑草を抜いていた。そして、ヴィルはグランドを逆立ちで一周していた。

「テオドオオオオオオオオオル! あたしにこんなことさせて、覚えていなさいよっ!」

「オラオラ! スピード落ちてるぞ」


 ぷちっ。雑草を引き抜くと、綺麗に根っこまで抜ける。

「お、綺麗に抜けたな」

「はいっ! 綺麗に抜けました」

 ヴィルも私も先日の罰ゲームの真っ最中であるが、その内容は全然違う。向こうが地獄なら、こっちは天国だ。なにせ、ベル様が「一人でさせるのは忍びない」と、手伝ってくれているから。もうね! 優しいよね!!


 グランドの真ん中で拍手が沸き起こった。どうやらヴィルが逆立ちで一周まわりきったらしい。

「テオさんも怖いもの知らずですよね」

 軍手をしたまま、ポフポフと拍手するとベル様はそうだな、と頷いた。

 ごぼっ。

 しっかり根が張っていそうな雑草も、彼はやすやすと片手で引き抜く。さすがだとしか良いようがない。


「イリーナ」

「なんですか?」

 抜いた雑草を集めていると、ベル様も手早く集めてくれる。あっという間に袋は満杯になった。

「俺は……」

 彼は何かを言いかけて、そのまま口をつぐんでしまう。口数の少ないベル様は、言葉を選んでから話す。だから、私は急かしたりせずにそのまま待ったのだが、結局「いや、なんでもない」とはぐらかされた。




 そうして、一日、また一日と過ぎ、気がつけば後は合宿を残すところとなった。空は晴れ渡り、絶好のアウトドア日和である。

 セミの声にジリジリ焼かれるように、候補生達と私は手荷物を持って砦の前で待っていた。

「フレンディ副騎士団長と王弟殿下、遅いですねぇ」

 てっきり馬に乗って移動かと思えば、殿下の護衛の都合上馬車の方が良いだろうということで、大きめの馬車を手配しているはずなのだが、なかなか来ない。本日の予定は海で遊んで海沿いの旅館へ行くだけなので、別に急ぎではないのだが、一時間待っても来ないとなるとさすがに心配になってくる。


「待ち合わせ時間、本当に朝八時で合ってたか?」

「現地集合ということはないよな」

 三十分ほど前にヴィルが首都方面、ベル様が海方面の偵察に馬で出かけたが、まだ二人とも戻っていない。帽子をかぶり直すフリをしてチラッとテオさんを見ると、無表情だった。

 ああ、これ、絶対怒ってるよ!!!

 背後に渦巻くブリザードのおかげで一気に背筋が寒くなる。……と、そのときヴィルの姿が見えた。


「見つかったわよ~」

 それを合図に、メンバーの一人がベル様に帰還を促すための信号弾のようなものを打ち上げる。もうもうと煙を吐いて海方面へと打ちあがった信号とは別に、首都方面からももうもうと土煙をあげながら馬車のようなものが近づいてきた。

「なんじゃありゃあああああああ!」

 視力に大変優れているメンバー達から驚愕の声が上がる。


 あれは馬車ですか?

 否。断じて否!!!


 こちらに近づいてくるのは二頭仕立ての巨大な曳き車なのだが、曳いている動物が問題すぎた。

「きっ……牙竜!?」

 どすんどすんと地響きを立てながら走ってくるのは、鼻面と頭に巨大な角をつけた竜である。そもそも有事の際にしか出撃しないといわれ、普段は王城の裏山で飼われている半伝説の生き物だ。


「みんな~遅れてゴメンネー」

 笑顔で手を振る御者台のフレンディ副騎士団長。

 いやいやいやいや、普通の馬車ならしっくり来るであろうその光景が、目の前の生き物達によって大変怖いことになっております。例えるなら、戦場で血まみれになった歴戦の勇者が死体の山の上で朗らかに笑っているような怖さです。

 声も出ない候補生達の前で、フレンディ副騎士団長は見事な手綱さばきで牙竜を制御すると、3メートルはありそうな御者台から軽やかに飛び降り、うやうやしく荷車のドアを開けた。


「殿下、バーベキューセットなんか買い込むから、一時間の遅刻ですよ~」

 その言葉に、牙竜の登場であっけに取られていた一同はぴしりと姿勢を正しお辞儀する。王弟殿下がこの中にいるという緊張感が漂った。勿論私もその一人である。

 フレンディ副騎士団長の手を借りて、馬車の中から殿下が降り立つ。


「いやー、すまんすまん。ついつい海が久しぶりだから浮かれてしまってのう! あ、苦しゅうないぞ」

 顔をあげた面々が見たのは、アロハシャツにサングラス、麦藁帽子に既に息を吹き込んだ浮き輪、そしてビーチサンダル姿の王弟殿下の姿だった。

 浮かれすぎにも程があるだろう!!!

 絶対に他のメンバーもそう思ったに違いない。

 テオさんに至っては、口元がひくついていた。あああ、絶対に今必死で感情を抑えているんだろうなぁ。

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