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第30話 死体以下ってどういうこと?

 綺麗に舗装された白い石畳、側面に並んだ白い壁。オレンジの屋根からにょきっと突き出している丈夫な布製の屋根は丁度簡易テントのような役割をしており、下に並べられた商品を日差しや雨などから守っている。その商品は、ここグリーンマーメイドの特産品である魚介類や、その加工品、温暖な気候を利用して作られた果物、真珠などのネックレス、洋服、日用雑貨まで多種多様だ。


「うわー、この果物美味しい!!」

 試食と称して渡された柑橘系の果物を口に入れると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、思わず私はニコニコしてしまった。

「寄り道するな。迷子になるぞ」


 えーと、現在、テオさんと商店街へ来ております。ここへは1週間ほど前にカールと一緒に来たので、大体の地理は分かっているんですが、ちょっとテオさんが過保護で怖い。

「クリスタルパレスの雑踏たるや、腕がもぎ取られんばかりの勢いなので、このくらいならちゃんとテオさんについていけますよ」

 それこそ、大売出しの日に至っては、腕どころか体が持っていかれそうなくらい大変なのだ。


「そうか……」

 力説すると、ようやくテオさんは腕を放してくれた。

 ちょっと残念そうだったのは気のせいだろうか? まあ、なにはともあれ、これで心置きなく両手で試食を受け取れるぞ!

 マンゴーの砂糖漬けのコーナーへフラフラと寄っていくと、またテオさんに腕をつかまれる。

「ちょっと、試食、試食」

「その調子じゃ店につく頃には日が沈む! フラフラとして……お前は海月くらげか!? ああ?」

 あとで食わせてやるから、という言葉を信じて渋々引き下がると、何故かテオさんは「よしよし」と頭を撫でてくれた。何故だか犬になった気分である。



「海月といえば、王弟殿下との合宿って、南部は最終日に海へ行くらしいですね」

「そうだったな」

 まるで他人事のように彼は呟いた。嬉しいのか嫌なのか表情が見えないのは、彼が深々と帽子をかぶっているからなのだけれど、元々ティアラさんに似て可愛らしい顔立ちをしているのだから、もっと露出しても良いのに。黒い髪も艶があって綺麗なのだから。


 はっ!

「そういえば、ベル様、遠泳が趣味でしたね!」

 あの素晴らしい逆三角形の体は水泳で鍛えられたと聞いたことがある。合宿といっても、親睦を深めるのが目的だというから、きっと遊べる時間もあるに違いない。いいねえ! 海! まさかカールが持ってきた『巻頭カラー 水着ピチピチギャル特集』からここへ発展すると思わなかったよ。

 ベル様以外のボディは興味ありませんが。


「あいつの泳ぎについていける奴はいないだろうな。……お前、追いかけるなよ。絶対、流されるぞ」

 ニヤニヤしていたら、何を思ったのかテオさんは釘を刺してくる。

「そんな、足手まといになるようなことはしませんよー」

 困らせるつもりは元よりないけれど、それ以上に私の前にはもっと大きな壁がそびえたっている。


 ああ! 泳げないという壁が、な!


 私が金槌だと聞いた瞬間、テオさんは噴出した。

「ちょっ! 笑うなんて失礼な。だって、何で水の中で浮いているんですか? おかしいですよ!!」

 水より重い人間が沈むのはきっと自然の摂理に違いないと、中央生まれの人間が力説してみるのだが、南部生まれのテオさんはまだ笑っている。浮力がどうとか、何か言っているが聞き取れない。


「あのな、人間、死体でも重りをつけなきゃ浮くようになってんだ」

「私は死体以下!?」

 あまりの言われようにショックを受けていると、「力が入りすぎだ」とテオさんはまた笑った。



 それからしばらくして目的のお店に到着する。真鍮の取っ手がついた扉を開けると、棚には所狭しと様々な防具類が並んでいた。正直、棚の林というか、人間が通る場所よりも商品が置いてあるスペースの方がはるかに広い。どこの模型ショップだ!

「いらっしゃーい」

 店主のものと思われる声が奥のほうから出迎えてくれるが、現れる気配はない。自分で選べということだろうか。

「見せてもらいます」


 テオさんは慣れた風に、棚の間を進んでいった。小物が多いからか、棚や引き出しが多くてチェックするのが大変である。鎧の下に着るシャツや、鎖帷子、すねあてなど様々な商品が並んでいるが、実用性重視なのかどれも茶色や灰色だ。まあ、鎧を脱いだら金色のシャツの男なんてネタにしかならないのだろうけれど。


「グローブどこですかねー」

「こっちだ」

 テオさんに呼ばれて顔を上げると、赤いグローブを満足そうに手に持っている姿が見える。

 いや、ちょっと大きすぎませんかねー。テオさんは私より少し背が高いくらいなのだが、彼が手に持っているグローブは結構大きい。ちょっと貸してもらって試しに私が試着してみると、指の部分が関節一つ分くらい余ってしまった。

「やっぱり大きすぎますよ」


 深く落ち着いた色合いの赤いグローブは確かに格好良いのだが、これじゃあ使えませんよ、と手をヒラヒラ振ってみると

「俺の手はそんなに小さくないぞ」

と、すっぽりグローブを剥ぎ取られてしまった。そして試着……


 ――あ、ぴったりだ。


 まさかのマッチングにちょっと悔しくなって、テオさんに向かって手をかざすと、彼はグローブをはめていない方の手を合わせてくれた。

 大きい手。

 そういえば、思い出の中の彼も大きな手だった記憶がある。

 日々の訓練というか、修行の成果かごつごつとして硬いのが、テオさんらしいなと思った。

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