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第29話 盗まれたグローブ

 家に戻る途中、テオさんはずっと手を繋いだままだった。

 一言もしゃべらず、目も合わせない。


 あまりの静寂に耐え切れなくなったので、思い切って自分から当たり障りのなさそうな話題を切り出してみる。

「そういえば、第1騎士団と第3騎士団は大々的に募集かかってますけど、第2騎士団はどうやって採用しているんでしょうねー」

 ……無言。

 あああ、気まずい。


 ちらりとテオさんを見るけれど、何か考え事をしているのか「うーん」と時折唸っている。

 その考え事がヴィルとの件ならば、こんな生殺し状態よりもいっそ堂々と話題にして欲しいなぁ、もう。ううう、賑やかなのに慣れちゃっている分、こう静かだとどうしても調子が出ない。


 あれ?


「テオさーん」

「……」

「テオドールさーんっ!」

「……あ?」

「家、過ぎちゃいましたよ?」


 手を引っ張って振り向かせると、テオさんの家の大きな門が存在していた。

 ほい! ユーターン!

 このまま放っておくとどんどん離れていってしまいそうな気がしたので、くるんとテオさんの体を回転させる。うわ、少し嫌そうな顔されたよ。


「そういえば、テオさん。荷物持ちって、私は何を持てば良いんですか?」

 意識がこちらに向いたついでに、気になっていたことを聞いてみる。ゲームで勝者となったテオさんは私たち3人に対し願い事をしたのだが、私に対するそれは「荷物持ちをすること」というものだった。てっきり砦に何か持っていくのを手伝うものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「明日グローブ買いに行く」

 グローブですか。そういえば、テオさんは手を傷めないように、皮のグローブを愛用していた。

「練習激しいですもんねー」

 途中で破れたりしたら大変だ。スペアがあるに越したことはないだろう。うんうんと頷くと、テオさんは眉を寄せてぼそりと呟く。

「いや……なくなった」

「なくしたんじゃなくて?」

「多分」


 話を聞いてみると、どうやらロッカーの中に入れておいたグローブがなくなったらしい。チームメンバーに聞いても知らないというが、部外者は更衣室に入ることができないし、砦に怪しい人がやってきた記憶もない。

 ということは、誰かが嘘をついているのか、グローブが煙のように消えてしまったということになるのだが……。

「なんじゃあああ、そのジメジメした嫌がらせみたいなのは!」


 グローブはちゃんと手になじんだものを使わないと、最悪怪我につながってしまう。

 確かにチームメンバーは皆ライバルだ。けれど、南部チームの成績が悪ければ、それだけ南部からの合格者は減ってしまう。だから、まともに考えれば足の引っ張りあいは、無駄ばかりか自分の首を締めることになりかねない。


 理論的に考えるとそういうことになるが、それ以上に元々仲が良いチームだと思っていただけに悲しくなってしまう。

 テオさん、威圧的な態度で誰かにポンポン思ったこと言っちゃったりしてないですよね?

 ちらっとテオさんを見ると、口を八の字に曲げて心外だというような表情をしている。

「別に恨まれるようなことをした覚えはないぞ。それに、嫌がらせとは思えないんだがなぁ。ロッカーが荒らされた形跡はなかったし」


 確かに、悪意を持ってやるならば、練習が終了し、かつ明日が休みというタイミングで盗むのはおかしい。それに、嫌な気配は感じなかったというのだ。

「気持ち悪いですねぇ」

「だな」

 下手に疑えば、雰囲気が悪くなるのは分かりきっていることだし、今回は様子を見るのだと殊勝なことを呟いている。普段は瞬間湯沸かし器のように怒るテオさんがですよ! おお、明日は雨が降りますかね!?


 ……思わず天を仰いでしまった。

 あ、星が綺麗。

「お前は……また失礼なこと考えてるだろ?」

「えっ!? そんなことないですよー」

 両手を振って否定したら、テオさんは「疑わしいなー」なんて半目で見つつも、口元が笑っている。どうやらご機嫌は治ったらしい。


 悪意なき悪戯……そのキーワードに何かふと引っかかるものを感じたけれど、どうにもぼんやりして思い出せない。だめだ、今日はヴィルとのことがあったから、頭から色々吹っ飛んじゃったわ。


「ね、テオさん。明日、どんなグローブ買いましょうかね。ピンクですかね」

「ばっか! そんな目立つ色の買ってどうするんだ。黒だろ」

 とりあえず、明日のことを考えよう。

 過ぎたことについて悩んでいても仕方がない。


 そして、明日のことよりもまず先に、今日の夕食のことを考えよう。

「今日は白身魚のムニエルにしましょうね」

「話が飛んだな……」

 いえいえ、脳内ではつながってますからご心配なく!


「テオさん」

「まだあるのか」

 もう玄関の前に到着している。



「美味しいご飯食べたら元気出してくださいね」

 へらっと笑えば、返事の代わりとばかりにガシガシと頭を撫でられた。

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