表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/55

第28話 あたしと俺と彼女 *ヴィルマー視点

 ギュッとイリーナを閉じ込めたまま、耳に囁きかけるように語り掛ける。

「ねえ、アタシが試験に合格して、徽章ガーディアンをもらうことが出来たら、それをもらってくれる?」


 守らせてくれる?

 今度こそ、失敗しないように。傷つけないように。

 その笑顔が曇ることのないように、笑っていられるように。


「で、も、私……」

「ベルナルドが好きなのよねぇ」

 苦笑すると彼女はコクリと頷いた。誰の目から見てもその好意の方向は明らかだった。けれど、それは本当に恋愛感情なのだろうか。まるで鶏の雛が刷り込みされたかのような、純粋な、キラキラとしたその気持ちは、本当に恋愛感情なのだろうか。今まで自分が見てきた恋愛感情はもっとドロドロしていたり、閉鎖的だったり、暑苦しかったから、綺麗すぎるように見えるのだろうか。


「でも、ベルナルド以外にも目を向けなさいよ。ギュッと目を瞑らずに」

 その盲目的な思い込みが危なっかしすぎるのだ。

「イケメンが至近距離でその台詞を言うなんて、ずるい!」

 腕の包囲を少し解くと、彼女は耳まで真っ赤になっていた。

 抗議をする姿が可愛らしいなんていえば、きっと怒られるに違いない。


「ずるくなんてない。『俺』はイリーナのこと好きだけど?」

 少し目を細めて微笑むと、彼女は「ふおっ!」とのけぞる。ちょっと純粋培養のお嬢さんには刺激がきつかったらしい。

 いやー、普通そこは照れたり、恋に落ちるところなんじゃないの?

 反応が面白かったので思わず笑い声が口元からこぼれてしまう。すると、案の定彼女に怒られてしまった。


 涙目に訴えてくる彼女は、そうすることでこの話題を流そうとしているようにも見える。さて、どうしたものか。このまま押すか、引くか、迷うところである。


 ちょうど良い位置にあるイリーナの頭を撫でながら視線を前に向けると、視線の向こうで影が動く。影は一瞬ビクッと身をすくませた。

 あらら、心配でついてきちゃったのね。

 思わずクスリと笑うとその影は居心地悪そうに、手を伸ばしかけ、声をかけるべきかどうか迷っているようだった。


「ね、イリーナ。『俺』は急がないから、ゆっくり考えて」

 答を先送りにするように告げると、イリーナはゆっくり首を横に振る。

「いいえ、いいえ。答えは決まっているわ」

 ヴィルのことは好きだけれど、恋じゃなくて、友達としての好きだと思う。そういう気持ちは、今はベル様にしかなくて、あの人以外には考えられないから……だから私は期待させるようなことは出来ないし、そうさせるだけの資格はないのだと彼女は答えた。


 ベルナルドやテオドールの様子から、彼女が何かを背負っているのは分かっていたけれど、こうもはっきり答えられてしまうと複雑ね。

「了解。でも、イリーナもまだ一方通行なのだから、その間は諦めなくても許してくれる?」

 ようやく腕を離すと、彼女は「ふおおお」と奇声を発しながらしゃがみこんでしまった。


「イリーナ?」

「それは……私が決めることじゃないから」

 それは、『俺』への言葉なのか、『自分』への言葉なのか分からない。諦めが悪くなるほどにきっと辛くなるだろう。そのまま諦め切れなくて苦しむのか、それでも良かったと甘い傷を抱えていけるのか。


「それもそうか」

 立ち上がるように手を差し出せば、イリーナは再び「ヴィルはずるい」と言う。何がずるいのかと問えば、易々と好きだと言ってしまえるところなのだとか。お互い様よねえ。

 それに、自分は恋愛に対して淡白だという自覚がある。どうせ恋人にするのであれば、一緒にいて楽しい人が良い。傍にいるだけでガチガチに緊張するような人と、この先ずっと一緒だなんて勘弁願いたい。だから、一緒にいることが自然で、一緒にいたいと自然に言える人が良いのだと思ったのだけれど。


「じゃ、この話題はここまででおしまい。迎えが来てるから帰りなさいな」

 パンと両手を叩いてイリーナの腕を引っ張り上げると、街灯の下で所在無さげに立っているテオドールの姿があった。

「テオさん、いつからそこにっ!」

 イリーナは今頃気づいたらしく、慌てて立ち上がると、パタパタと変なステップを踏んだ。


「『俺』が告白したあたりからかなー?」

 意地悪くニヤッと笑って見せると、テオドールはぶすっとした表情で「のぞくつもりはなかったんだが、もにょもにょ」と言い訳をしている。

 こちらは了解の上で告白したんだけどね。


「と、とにかく。遅かったから迎えにきただけで……」

「あ、そ、そうだったんですか。すいません」

 何故か告白した本人を差し置いてギクシャクし始める二人。


 ん?

 それにしても迎えにってどういうことなのだろう?

 ステイ先が近いのだろうか?


 気になったので聞いてみると、「こいつ、居候」「テオさんの家でバイトしてまーす」とあっさり返ってきたのでビックリだ。

 道理で、二人の雰囲気が固いものから柔らかいものへ変化しているわけだ。あたしの目から見れば、子猫同士がじゃれあっているようにしか見えないけど。

「それって同棲ってことよね。もしかしてもう、お風呂場ドッキリ!? なんてやっちゃった?」

 からかい半分で冗談を口にすると、二人は石のように固まった。


 まさか図星?

 なんてテンプレな子達なのっ!!! お兄さん、心配よ。

 やばいわ、告白しておいてアレだけど、保護者の気持ちになってきちゃったわ。




◇◇◇




 候補生達が各々帰ってしまった後、フレンディ副騎士団長は夜食を食べようと食堂にやってきて、それに気がついた。壁と棚の隙間に、使い込まれたグローブが挟まっている。

「あれ? 忘れ物かな」

 誰のものだっけ? と首を傾げつつも、まあ、明後日返せばいいかと、夜食とともに部屋に持ち帰った。それよりも明日は彼にとっても1週間ぶりの休日だ。予定は勿論首都に戻って妻の顔を見ることである。お土産は何にしようかなと考える呟いた彼の頭からは、先ほどのグローブのことなどすっかり消えてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ