第28話 あたしと俺と彼女 *ヴィルマー視点
ギュッとイリーナを閉じ込めたまま、耳に囁きかけるように語り掛ける。
「ねえ、アタシが試験に合格して、徽章をもらうことが出来たら、それをもらってくれる?」
守らせてくれる?
今度こそ、失敗しないように。傷つけないように。
その笑顔が曇ることのないように、笑っていられるように。
「で、も、私……」
「ベルナルドが好きなのよねぇ」
苦笑すると彼女はコクリと頷いた。誰の目から見てもその好意の方向は明らかだった。けれど、それは本当に恋愛感情なのだろうか。まるで鶏の雛が刷り込みされたかのような、純粋な、キラキラとしたその気持ちは、本当に恋愛感情なのだろうか。今まで自分が見てきた恋愛感情はもっとドロドロしていたり、閉鎖的だったり、暑苦しかったから、綺麗すぎるように見えるのだろうか。
「でも、ベルナルド以外にも目を向けなさいよ。ギュッと目を瞑らずに」
その盲目的な思い込みが危なっかしすぎるのだ。
「イケメンが至近距離でその台詞を言うなんて、ずるい!」
腕の包囲を少し解くと、彼女は耳まで真っ赤になっていた。
抗議をする姿が可愛らしいなんていえば、きっと怒られるに違いない。
「ずるくなんてない。『俺』はイリーナのこと好きだけど?」
少し目を細めて微笑むと、彼女は「ふおっ!」とのけぞる。ちょっと純粋培養のお嬢さんには刺激がきつかったらしい。
いやー、普通そこは照れたり、恋に落ちるところなんじゃないの?
反応が面白かったので思わず笑い声が口元からこぼれてしまう。すると、案の定彼女に怒られてしまった。
涙目に訴えてくる彼女は、そうすることでこの話題を流そうとしているようにも見える。さて、どうしたものか。このまま押すか、引くか、迷うところである。
ちょうど良い位置にあるイリーナの頭を撫でながら視線を前に向けると、視線の向こうで影が動く。影は一瞬ビクッと身をすくませた。
あらら、心配でついてきちゃったのね。
思わずクスリと笑うとその影は居心地悪そうに、手を伸ばしかけ、声をかけるべきかどうか迷っているようだった。
「ね、イリーナ。『俺』は急がないから、ゆっくり考えて」
答を先送りにするように告げると、イリーナはゆっくり首を横に振る。
「いいえ、いいえ。答えは決まっているわ」
ヴィルのことは好きだけれど、恋じゃなくて、友達としての好きだと思う。そういう気持ちは、今はベル様にしかなくて、あの人以外には考えられないから……だから私は期待させるようなことは出来ないし、そうさせるだけの資格はないのだと彼女は答えた。
ベルナルドやテオドールの様子から、彼女が何かを背負っているのは分かっていたけれど、こうもはっきり答えられてしまうと複雑ね。
「了解。でも、イリーナもまだ一方通行なのだから、その間は諦めなくても許してくれる?」
ようやく腕を離すと、彼女は「ふおおお」と奇声を発しながらしゃがみこんでしまった。
「イリーナ?」
「それは……私が決めることじゃないから」
それは、『俺』への言葉なのか、『自分』への言葉なのか分からない。諦めが悪くなるほどにきっと辛くなるだろう。そのまま諦め切れなくて苦しむのか、それでも良かったと甘い傷を抱えていけるのか。
「それもそうか」
立ち上がるように手を差し出せば、イリーナは再び「ヴィルはずるい」と言う。何がずるいのかと問えば、易々と好きだと言ってしまえるところなのだとか。お互い様よねえ。
それに、自分は恋愛に対して淡白だという自覚がある。どうせ恋人にするのであれば、一緒にいて楽しい人が良い。傍にいるだけでガチガチに緊張するような人と、この先ずっと一緒だなんて勘弁願いたい。だから、一緒にいることが自然で、一緒にいたいと自然に言える人が良いのだと思ったのだけれど。
「じゃ、この話題はここまででおしまい。迎えが来てるから帰りなさいな」
パンと両手を叩いてイリーナの腕を引っ張り上げると、街灯の下で所在無さげに立っているテオドールの姿があった。
「テオさん、いつからそこにっ!」
イリーナは今頃気づいたらしく、慌てて立ち上がると、パタパタと変なステップを踏んだ。
「『俺』が告白したあたりからかなー?」
意地悪くニヤッと笑って見せると、テオドールはぶすっとした表情で「のぞくつもりはなかったんだが、もにょもにょ」と言い訳をしている。
こちらは了解の上で告白したんだけどね。
「と、とにかく。遅かったから迎えにきただけで……」
「あ、そ、そうだったんですか。すいません」
何故か告白した本人を差し置いてギクシャクし始める二人。
ん?
それにしても迎えにってどういうことなのだろう?
ステイ先が近いのだろうか?
気になったので聞いてみると、「こいつ、居候」「テオさんの家でバイトしてまーす」とあっさり返ってきたのでビックリだ。
道理で、二人の雰囲気が固いものから柔らかいものへ変化しているわけだ。あたしの目から見れば、子猫同士がじゃれあっているようにしか見えないけど。
「それって同棲ってことよね。もしかしてもう、お風呂場ドッキリ!? なんてやっちゃった?」
からかい半分で冗談を口にすると、二人は石のように固まった。
まさか図星?
なんてテンプレな子達なのっ!!! お兄さん、心配よ。
やばいわ、告白しておいてアレだけど、保護者の気持ちになってきちゃったわ。
◇◇◇
候補生達が各々帰ってしまった後、フレンディ副騎士団長は夜食を食べようと食堂にやってきて、それに気がついた。壁と棚の隙間に、使い込まれたグローブが挟まっている。
「あれ? 忘れ物かな」
誰のものだっけ? と首を傾げつつも、まあ、明後日返せばいいかと、夜食とともに部屋に持ち帰った。それよりも明日は彼にとっても1週間ぶりの休日だ。予定は勿論首都に戻って妻の顔を見ることである。お土産は何にしようかなと考える呟いた彼の頭からは、先ほどのグローブのことなどすっかり消えてしまっていた。




