第3話 第3騎士団選抜試験
この国には3つの騎士団がある。
第1騎士団は貴族のみで構成された近衛騎士団だ。当然王様の近くに侍っているため、ほとんど戦闘等はない。このところ、王様の善政と周辺諸国との諍いもないため、お飾りに近くなっているとも言われている。見目麗しい騎士が多いのも特徴だが、高慢ちきな奴が多いのも嘘ではない。
第2騎士団は見かけたことがない。というのも、周辺国で諜報活動を行っていたり、魔法の研究をしているため表に出てこないからだ。魔法と言っても、何も火や氷が手から出るわけではない。御伽噺の世界では、雷や地震まで起こしちゃったりしているが、現実は『気』のようなものである。集中することによって身体の回復が早くなったり、一時的に攻撃力や防御力が上がるのだ。
第3騎士団は平民のみで構成された騎士団だ。主に街の警備や酔っ払いの喧嘩、困ったときの相談係まで行っている市民の味方とでも言おうか。火事や急病人が出たときも、各地に設置された第3騎士団にまず駆け込む。隣に住むカールのお母さんも病弱で、騎士団付のお医者さんに何度かお世話になった。数的には圧倒的に多いのも第3騎士団である。
この第3騎士団をまとめているのが王弟殿下だ。庶民派である彼は気さくな性格であるため、雰囲気の良い第3騎士団に入りたがる少年は多い。また、多様なニーズに対応するため、必ず武器が剣でなければならないというわけでなく、第3騎士団第1部隊は剣術、第2部隊は拳術、第3部隊は槍術等々分かれていたりもする。
実際に配備されるときは混成部隊になるわけだが、数が多いからできることだろう。第3騎士団は第1騎士団の20倍以上もいる。まあ、役割が全然違うから当然か。
馬車の窓から外を眺めると、羊の群れが横切っていった。
のどかだなぁ……。道は整備されているけれど、首都クリスタルパレスのような石畳ではないので音が違う。草の匂いが懐かしかった。
私が選抜試験のお手伝いをすることになったのは、南に位置する地方から集まった候補者達だった。首都では貴族と平民が1グループずつ、北部1、東部2、西部1、南部1と集まっているため、全部で7グループの第一次試験会場があるということになる。
地域によって得意不得意な武器、そして容姿にも差があるわけだが、南部の人は全体的に日に良く焼けた肌とおおらかな気性で知られている。特に私がイメージするのは『初恋の君』なんですけどね。小麦色の肌、がっしりと大きな手、綺麗な黒髪に優しい瞳、無骨だけれど包容力がある……思い出したら頬が熱くなってくる。騎士になるって言ってたけど、会場にいるかな? きっと以前会ったときよりも逞しく爽やかな青年になっているに違いない! うわ! うわ! 会えるかもしれないと思ったら涎でてきた……。平常心、平常心。
逆に私は北部の容姿に近いかな。象牙色の肌とくすんだ金色の髪は毛先だけ緩やかなウェーブを描いている。長いと邪魔なので、肩あたりで切っちゃって売ったんだけど、あの時はカールが「何で切ったんだ!」と血相変えてたっけ。
どちらかといえば、私よりも幼い頃に亡くなったお母様の方が肌も雪のように白くて北部の美人さんだった。お父様は……3年ほど前に領地を手放して出て行ったきりなので、今はどんな姿になっているか分からないが、記憶ではたれ目のぽっちゃりした人だった。象牙色の肌に燃えるような赤い髪、でも温和で悪い人ではなかったと思う。
「あの、すみませーん」
御者台にいる騎士さんに声をかけると、「なーに?」とのんびりした声が帰ってきた。糸目のこのお兄さんは、南部選抜試験の責任者だ。私が掃除洗濯料理をする傍ら、候補者の訓練と試験を行う。この人本当に騎士なのだろうかと不思議に思うくらいのんびりした人なのだけれど、正直暴れ牛のような怖い人じゃなくて良かったとも思う。
「会場ってあそこに見える建物ですか?」
目の前にあるのは、ボロボロの砦だった。ずっと昔に使われていたらしい小さな砦は壁が崩れかけており、適当な板を貼り付けた補修跡が見える。幽霊が出そうなくらい……正直に言うと廃墟だった。黒い虫Gあたりが出そうだよね、えへ。
否定して欲しくて御者さんからの返事を耳を澄ませて待っていると「そーだよー」と返ってきて崩れ落ちかけた。……予算削りすぎだろう!!! きっと第1騎士団の選抜会場はもっと豪華なんだろうなぁ。年初めに行われるイベント『クリスタルパレス格付けチェック』を思い出しちゃったよ。問題に間違えると扱いがひどくなるんだよ。
涙で潤む目を凝らしてよく砦を見ると、『第3騎士団見習い騎士選抜試験会場』と汚い手書きの文字が書かれた看板が立っていた。デジャブの光景にむしろ笑いがこみ上げてくる。
着いたよ~という騎士さんの声を合図に、私は勢いよく馬車から飛び降りた。
「よし! 目指せ下克上!!! ふはははははは!」
天高く拳を突き上げる。
やることがたくさんで良いじゃないか! 砦の掃除から厨房発掘、食材の下ごしらえに着替えの用意。金貨千枚分とまではいかなくとも、しっかりお仕事させていただきます!
「あまりはしゃがないようにねー」
糸目の騎士さんの心配そうな声を背に、サバイバル用の堅いパンがたくさん詰まった袋を肩に担ぐと、私は砦に向かって走り出し……そのまま瞠目した。
砦から、候補者達がワラワラと出てきたからだ。当然のことながら、男男男男おとこおとこおおおおーーーーー! しかも、やたらガタイが良い。首都の男性はどちらかと言うと細身で背が高く華奢なのだが、彼らは筋骨隆々で十代とは全く思えない。いや、表情はまだあどけなさが残るけど、ざっと見積もって五十人はいるよね? 凄い迫力だよ?
それよりも私は試験官ですらありませんごめんなさい! 糸目の騎士さんを見てね! あっち!
騎士さんを手で示しながら左斜めへと走る進路を変えると騎士さんが慌てて何か叫んでいるのが見える。なんだ……と思う間もなく、砦の扉に激突して思いっきり地面に放り出された。
ぱ……パンは守ったぜ……。