第25話 流行のゲームはいかが?
このメンバーで過ごすようになってからそろそろ1週間になる。南部第3騎士団選抜試験では首都での団体戦に向けての練習が続いていた。
最初の2,3日はフレンディ副騎士団長の地獄のしごきに血反吐を吐いた後のような形相で倒れる者もいたが、現在では体力がついたのか……はたまた慣れたのか、自主的に残って練習する者もでてきた。
十分な休養をとることも練習の一つというけれど、体力が余るようならもう少しメニューを厳しいものに変更しようかと鬼副騎士団長が検討し始めた頃、試験生たちの間ではあるゲームが流行っていた。
「イリーナ、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ダイジョブ……」
心配そうにヴィルが覗き込んでくるので、私は慌てて手を振った。相変わらず整ったイケメンのアップは心臓に悪いです。手触りの良さそうな赤い髪を揺らして彼は、ほんとかなぁと問いかけるように唇を尖らせた。
ここ、砦の食堂では、小さなテーブルに4名ずつ分かれてボードゲームを行っている。いくつかの役割を持つ5種類の駒を使って行う陣取り合戦のようなものだ。駒にはあらかじめ機動力や戦闘力、防御力、回避率などが定められているが、実際に動かせるのはサイコロで出た数字に対応した駒のみであるため、下手をすると強い駒を一度も動かすことができずに終わってしまうこともある。
さて、私もこのゲームに参加していた。対戦相手は目の前でふんぞり返っているテオさん、心配そうにしているヴィル、そして難しい顔をしたベル様。
「ぐぬぬぬぬ……」
はい、正直ピンチです。何故か、高い守備力を持つ駒であるガーディアンを全く動かすことができないのだ。
サイコロめっ! 1だよ、1。1を出せえええええ。ガーディアンはサイコロの1で動かせるんだよおおお。
心の中で叫んだって仕方ないんですが、おかげさまでイリーナ陣営は特攻部隊よろしく攻撃力の高いアタッカーと、本来なら守られるはずのクイーンが前に突出した状態になって、テオさんのガーディアン部隊の餌食になりかかってる。
厚い守備層を破れないわ、包囲されるわ、じわじわ追い詰められる状態に歯軋りしそうになって、ベル様の前であることに気づいて慌てて自制した。
現在の状況は、私・ベル様・ヴィル・テオさんの4者での陣地割合が2・3・3・2と接戦のように見える。しかし、蓋を開けてみるとテオさんは主要な砦や交易拠点を独り占めしており、潤沢な資金を使って砦の守備や駒の強化を行っているため、領土は小さくても抜群に強い。
つまり、私は紙でできたハリセンを持って、鋼の剣が配備されたテオさんの領土へ攻め入った状態なのである。しかも、トップであるクイーンを引き連れて。ぬううう、負けたら一気に私の領土占領されますよ。
ヴィルは陣地に足を踏み入れると別の場所に飛ばれてしまうような罠を張り巡らし、ベル様はがっちりとガーディアンで守られた壁を築いている。まあ、結論はぶっちぎりで私が最下位ということだ。
「テオ、イリーナに容赦なさ過ぎだ」
ベル様がたしなめるように呟きながらサイコロを振ると1が出た。
ベル様1率高くありませんか? ……私の陣地の砦が豆腐でも切り取るかのようにあっさり陥落したよ。ああ、堅実な攻めですね。流石です。うわーん。
「勝負事に手を抜いたりしない主義なんだ」
それにハンデはちゃんと付けただろう? と返しながら、テオさんはさいころを受け取った。ニヤニヤ笑って振ると6の目が出る。
「また6なのお!? テオ、あんたちょっとイカサマしてない?」
「してないって。ヴィルも同じサイコロ使ってるだろ?」
サイコロの1から5の数字が出ると、それぞれの数字に対応した駒を動かせるが、6は別の効果がある。いわゆる「天の采配」なるものとして、カードを引くことができるのだ。そのカードには「3ターンの間守備力2倍」などの効果もあるが、「金貨100万枚支給」などのボーナスもある。当然のことながらお金に縁がない私は、カードにも縁がないんですけどね。
そして、今回テオさんが引いたカードはさらに凶悪だった。
「イリーナの領土から、金貨50万枚と砦を強奪する」
「ぎゃあああ! 貴様、なにをするうううう」
それは、それは前線の兵士達への食費いいいっ。
半ば悲鳴を上げるようにやめてくれと言っても、テオさんは性質の悪い借金取りのように問答無用で毟り取っていく。
鬼畜じゃあ! 鬼畜じゃああああ。
なんでこうもテオさんが運を独り占めなんですかね!? 特に金運の大きさには悔しいを通り越して羨ましいくらいだ。あれか、王族補正なのか。何もしなくてもお金がエッサホッサと使われるためにやってくるという。おかしいな、名前だけなら私もブルジョワリッチなんだから、お金が集まってきたって不思議ないのに。ヘルプミー、ご先祖様!
「ふははははは! ゲームの世界も世知辛いなぁ! んー?」
意地悪く笑うテオさんは完全悪役ですよね。こうなったら、負け惜しみであろうが吼えておかねばなるまい。
「むうー! 調子に乗っていると痛い目にあいますよっ。武器が使えなくなったり、大事な兵士が裏切ったり、空から竹槍が降ってきたりとか!!」
「あほか! そんなカードないだろ」
思えば「イリーナちゃん、流行のゲームはいかが?」なんて、ヴィルがまるでケーキでも選ばせてくれるかのような甘い声で誘うから、混ざってしまったのだ。ついつい1位の特典に魅かれたというのもある。
やばいな、負けたらどうしよう。




