番外編3 夏色スペクトル
色とりどりのドレス。主に使われるのが夜会であるため、少し黄色みがかったランプで栄える色合いに染められた布たちが並んでいる。
また、アクセサリーも無駄にギラギラ光らないようわざとつや消しされたり、年代物に見えるようにくすませたものもある。
そういったドレスやアクセサリーは朝の光の下で鑑賞されることが少ない。なるべく着ていくときと同じ条件下で試着され、仕立てあがったあともクローゼットの中で眠るからだ。
「イリーナちゃん、おはよ」
急に話しかけられて振り向くと、明るいグリーンのガウンをまとったティアラさんがいた。
「おはようございます。はっ! もう朝ご飯の準備の時間です?」
ティアラさんは売れっ子服飾デザイナーで、とても忙しい人だ。お弟子さんもいるらしいが、グリーンマーメイドで仕事に没頭している師匠の代わりに、首都クリスタルパレスで最後の仕上げや受注を担っているとのことで、私と顔を合わせることはない。そのお弟子さんの下へ届けられるドレスを私は見ていた。
フレンディ副騎士団長の計らいで、私はここで着用モデルとしてのお仕事をさせてもらっている。ここに並んでいるドレスのうちいくつかは、私も袖を通したものだ。まあ、汚さないように下に色々着込むんですけどね。
「三十分くらいあとで大丈夫よ~。それよりも何か気になることでもあるの?」
ハンガーにかかっているそれらを、そのまま移動用のボックスに掛け直すと、ティアラさんは首を傾げた。一児の子持ちとは思えない愛らしさである。
王弟殿下、こんなに愛らしいティアラさんに手をつけるとは、ほんと犯罪者だよ!
「あ、いえ、朝の光の下で見るとまた印象違うなーと思って」
内心浮かんだ不遜な考えをあっちにやるようにして私は答える。
この辺の土地は日差しが強いからか、窓の外にある木の葉の影がくっきりと部屋の中まで投げかけられ、とても綺麗だ。勿論、色が褪せてはまずいので、ドレスは日が当たらないところに置いているのだけど(ティアラさんの話によると、鉱物を使った染物と違って、天然の草木で染めた布は光に大変弱いのだそうだ。)
私の答を聞いた彼女はうんうんと何度か頷き、「光の当て方や、置いた場所によっても見え方は違うからね」と呟いた。
さわさわと風に揺られて葉が揺れる。その動きに合わせて、床に映った影も揺らめいた。
「イリーナちゃんは私の過去について口にしないのね」
「プライベートなことでしょうから。私も聞かれたくないことの一つや二つもってますもん」
知っている人は知っているから、隠すようなことではないのかもしれないが、わざわざ広報することでもないだろう。ティアラさんの場合、もっと事情は複雑だろうし。
「まあ、わざと聞かないのも思いやりだけれど、あえてそこへ踏み込む勇気が欲しいときもあるわね」
ティアラさんは、ふふふふっと小悪魔のような笑みを浮かべた。
「どういうことでしょう?」
「力になりたいけれど、頼ってもらえなくて悶々としている人もいるということを忘れないで。目の前で無理されたら歯がゆくって仕方ないわ」
暗に私のことを心配しているのだと仄めかされて、思わず下を向いてしまう。
この人は一体、どこまで知っているのだろう。
「ところで、殿下に告白したのは私の方からなんだけど、そのときの話、聞きたくない?」
「でゅえええっっっ!??」
突然変わった話題に私はビックリした。
何がどうしてそうなった! あのポンポコ殿下のどこにそんな魅力が!? もろもろの感情が混ざり合って、ろれつが回らない。いや、てっきり……侍女として王宮にいたティアラさんに殿下がベタ惚れして……なんて展開を想像していたのですが、違うんですか?
「聞きたい?」
「き……聞きたいです」
ごくりと喉を鳴らすと、彼女は悪戯っぽく口角を上げた。
「ちなみに、フレンディちゃんの奥さん、私が紹介したんだけど、実は凄い美人な上に強いのよ~。そんな話も……」
「聞きたいです!」
あの食えないフレンディ副騎士団長の奥さん! 見た目普通、中身訓練の鬼の奥さん、どんな人なんだ。凄い美人? 紹介したっていうけれど、どんな接点があったんだろう。というかティアラさん、情報通ですね。
「あと、テオのお友達のベルナルドちゃんの誕生日……」
「教えてくださいっ!」
俄然食いつくよ! 全力で食いつくよ!! むしゃぶりつく勢いだよ!!!
ティアラさんは両手を合わせてニッコリと笑った。
「じゃあ、私とお友達になりましょうよ」
たくさんお話しましょう?
貴方に色々なことを知ってもらいたいし、逆に貴方の話も聞きたいわ。
目の前に餌をぶら下げられた私の返答など、言うまでもない。
ちなみに、ティアラさんはなんと第2騎士団の諜報部隊にいたのだそうだ。まさに情報のスペシャリスト! プリズムと同じで、人間もどんな一面を持っているのかわからないですね。
この人にだけは逆らうまい。
……少しフレンディ副騎士団長が恐れていた理由が分かったような気がした。




