番外編2 野郎共の読書感想文
――騎士たるもの、人の心の機微にも通じてなければならない。
フレンディ副騎士団長の言である。国境警備から酔っ払いの喧嘩に至るまで、どのような仕事を行っているときにでも、そこに人間が関わる限り、相手のことを考えるのが騎士たるものなのだそうだ。
そこまではとても正しい。私も「フレンディ副騎士団長……! なんて素晴らしいお言葉」などと感心してしまったくらいだ。
だがしかし、次の言葉で一気にテンションが下がる。
「ゆえに、私のためにこれだと思う本を一冊選び、感想文をつけて持参するように! これも試験だぞ」
それ、多分『暇だからお勧め本教えて』ってことですよね?
だって、就寝前に読む本がなくなったってさっき呟いてましたよね?
そんなこんなで、候補生達は図書館へとやってきていた。南部は中央に比べて書店が少なく、本の値段も高いからだ。フレンディ副騎士団長も「持参するように」とは言ったが、「購入するように」とは言っていない。
この図書館は、もともと貴族の別荘の一つを改装したものだった。オレンジ色のレンガの門をくぐり抜けると、花びらを模した取っ手のドアが現れる。現在は開館中なので左右に大きく開かれていた。
「みなさん、どの本にするか大体の目星はついているんですか?」
タイムリミットは本日の午後5時。今、午後1時だから、読んでから感想を書こうとするとかなり厳しいスケジュールになる。ベル様とテオさん、ヴィル他数名はどの本にするのか決めているらしく、入るなりさっさとお目当ての本へと向かってしまった。
ここにこうして残ったのは、そういった当てがない候補生達だったりする。
「俺らに読書習慣なんてあると思うか!?」
筋骨隆々の彼らに詰め寄られると大変暑苦しいです。ううう、まあね、本を読むより実践で人生経験を積んだ人たちですもんね。それはそれで素晴らしいのだけれど、やっぱり共通の愛読書とかあると他の地方の人とも会話が弾む。
はっ! フレンディ副騎士団長はそこまで考えて? ……いや、そりゃないな。
「心の機微ということなら文学あたりになるのかなぁ」
フレンディ副騎士団長のための一冊と思っても、私が知る限りの彼の愛読書は例のいかがわしい雑誌しかない。感想文を書くだけなら絵本でも良いと思うのだが、試験の一環だと考えると、あまり易きに流れるのは避けたほうが無難だろう。
入口で配布されていた子供達向けの推薦図書リストに目を向ける。
冒険物、恋愛物、純文学、エッセイ、魔法学入門……こうやって見ると色々なジャンルに分かれているなぁ。
「出来るだけ薄い本を選ぼう」
「出来るだけ字が大きい本がいい」
「出来るだけ簡単そうな本にする」
うわ、早速易きに流れようとしている野郎共がここにいるよ。
1時間後、そこには頭から煙を出して机に突っ伏した屈強の男達が横たわっていた。私は手に取っていた料理雑誌を閉じて、その集団に近づいてみる。
「イリーナ……俺たち、言語に不自由していたんだな」
ほぼ白目をむいていた彼の手には、タイトルこそ短いが鬱展開がひたすら続く本が握られている。確か、親友同士の男二人が同じ女性を好きになって、気持ちが届かなかったほうの男性が自殺するというお話だ。
「これは、まあ、うん、文化が違うっていうか、なんていうか」
他にも、戦争で他国の人間を殺さなければならなくなった男の葛藤の話とか、体の一部の切り取って送りつけることで誠意を見せようとする執着男の話とか、一文無しで上京して一生苦労し続けて生きたが最後に魔が差して盗みを働いたがゆえに処刑された男の話とか、何故にいきなりハードル高いものを選んだ?!
「やっぱり賢く見せたいし!」
この見栄っ張りどもめがあああ!
叫びたいがここは図書館。ぐっと気持ちを抑えて拳を握るだけに留める。まあ、読みやすい本を読んでも、難しい本を選んでも、この課題自体、意外と難易度が高いのだ。たかだか数日一緒に過ごしたところで、複雑怪奇なあの人の好みの本など分かるわけもない。
ベル様は冒険譚を選んだらしい。テオさんは歴史書を。ヴィルは恋愛物を。また、一部の候補生達は自分の好きなエッセイや風土記などをまとめにかかっていた。それを横目に、焦る野郎共。
「助けてください! 読書王!」
誰が読書王!?
がっしりと大きな手で服の袖を掴まれ、キラキラと曇りのない瞳で見つめられると、まるで耳を垂れてしょんぼりした大型犬に懐かれた気分。
結局私は、いくつかの本のあらすじを彼らに読み聞かせることとなった。
中の人の邪魔にならないよう、テラスの席へ移動して本を広げる。
そういえば、昔は良くこうやって本を読んだものだった。椅子に置かれたクッションは長時間座っていても体が痛くならないためのもの。本にかけられたカバーは汚さないためのもの。
記憶を辿る。あらすじを間違えないよう、少し本に目を通し、頭の中でまとめてから、話し出す。
懐かしい時間がそこにはあった。
芝生の庭を見渡せる白いテラス席に、本を読む少女と、必死の形相で聞き入るマッチョ軍団。テラス席に出ようとした他の利用者が、あまりに異様な光景に悲鳴を飲み込んで中へ戻ったのは、ご愛嬌というべきか。
「――結局、一人の女性を取り合った男性二人は女性の前からいなくなってしまったわ。……両方とも自殺という形でね」
候補生のうちの一人が手に取っていた本(タイトルは短いが果てしない鬱展開のそれだ)についてのあらすじを言い終えると、彼らはきょとんとした目をして首を傾げた。
「なんで死ぬ?」
「え……。あ、親友二人のうち一人は、自分の思いが届かなかったから?」
「本当に大事に思っているなら、あてつけみたいに死なねーよ」
プライドが傷つけられたっていうなら、見返してやればいいのに。
「だよな、大事な奴らを泣かせるようなことやっちゃいかんだろ」
彼らはどこまでもまっすぐだった。
「振られても、辛くても、思いが届かなくても、自分の気持ちを踏みにじるようなことをしたくない」
そして、自分が残されたもう一人の男だったとしても、自責の念で死ぬようなことはしないのだと笑った。
「そりゃ、それだけ狂おしい恋愛なんてしたことがないし、この先するとも分からないけどな」
もっと分かりやすい生き方でいいじゃないか。
好きな人には好きだと言い、向こうも好きだといってくれたら幸せにしたい。
振られても、幸せでいて欲しい。泣かせたくない。
不器用で良いじゃないか。相手も、自分の気持ちもまるっと含めて精一杯大切にしたいだけなのだから。
「お前らもそうじゃねえ?」
「だな」
「ん」
頷きあう彼らに、貴族社会で愛のない結婚や歪んだ愛情を垣間見てきた私は、苦笑するしかなかった。
けれど、そう言い切ってしまえる彼らが眩しく、また、そのままでいて欲しいと願う。
――その夜。
「いやはや、南部の皆さん。そんな熱烈ラブレターみたいな感想文をよこさなくってもねえ。くっくくくくくうはっはっはっは」
フレンディ副騎士団長が爆笑しながら、野郎共の読書感想文を読んでいた。
「原作よりもこっちのほうが面白いなー!」
夏目漱石の「こころ」がモチーフになってます。




