第17話 お風呂場でドッキリ?
「テーオー、フレンディちゃんがモデルのバイトを紹介してくれるっていうので、きてもらったのよ~」
テオママ、もといティアラさんはにこやかに「ちゃんとご挨拶しなさーい」と付け加える。あの食えない副騎士団長を『フレンディちゃん』と呼んでしまうあたり、この人も只者ではないだろう。
私がどう言えば良いのか分からず黙っていると、テオさんは、きゅっと眉をしかめて不機嫌そうに舌打ちした。
「またお前は『金』か」
昔の思い出なんかポイと捨てて、見向きもしない……お前にとってその程度のものかと、テオさんはギロリとこちらを睨む。
あの日の思い出は大切に抱いてきたけれど、テオさんとベル様のことを見破れなかった私にそれを言う資格はない。黙ったままの私にイラついたのか、テオさんは鼻を鳴らして二階へ上がっていった。
私がしょんぼりするのはお門違いなのかもしれない。多分、しょんぼりしたいのはテオさんの方なのだろうけれど、それでも落ち込んでしまう。私は肝心の時に伝えるべき言葉が足りない。
「なんていえば伝わるんだろう」
ぽそりと呟けば、ティアラさんは「テオったら感じ悪~い。あんな不細工な子に産んでないわよ」とぷりぷり怒っていた。
「イリーナちゃん、ごめんなさいね。さっ、気を取り直して仕事に取り掛かりましょう?」
着心地のチェックと、照明の当たり具合による色味合わせのために試着して欲しいと言われ、頷く。落ち込むことがあったって、仕事があるなら全力で頑張らねば。これは私の問題なのだから。
「了解です。ティアラさんのドレスが着られるのは嬉しいです」
表情筋を叱咤激励して動かし、なんとか笑ってみたのだが……きちんと笑顔になっていたのかは自信がない。
ティアラさんのドレスはどれも綺麗だった。ふわりふわりと空気を含んで揺れる生地は、想像よりもずっと軽い。木綿と違って総シルクだからかな。肌触りもサラサラとしていて気持ちが良い。
何個かコサージュを胸元につけてみる。繊細に花びらが重ねられたものもあれば、宝石がちりばめられているものまであり、私には縁がないものだなぁとしげしげと見つめた。
「綺麗ですねー」
「ありがとう。それも私の手作りなの」
なんと! 器用ですねと褒めれば、彼女は「私は可愛いものや綺麗なものが大好きなのよ」と人差し指を口元に当てて、ニヤリと笑った。ドレスにアクセサリーも合わせる必要があるため、お客様の家に適当なものがなければ作ることもあるのだという。もっとも、なるべく先にアクセサリー類を見せてもらってから作るのが本来のスタイルなのだとか。
「私には縁がないですが、お金があったらお願いしたいなと思います」
壊したり傷をつけないように、そっと箱へ仕舞うとティアラさんは何かを考えるそぶりの後、仮縫いのドレープの位置を直し始めながら呟いた。
「イリーナちゃんの髪、短いのね」
「飾る髪飾りもありませんから、ばっさりと切って売りました」
くすんだ金色とはいえ、かつらや付け毛として需要はあるらしく、なかなか良い値段で買い取ってもらえたということをさらりと話す。すると、ティアラさんは少し悲しそうな瞳でこちらを見つめた。
「辛かったわね」
彼女は私の事情なんて知らないだろう。けれど、あまりにも不意打ちだから涙が出そうになって慌てる。
「い、いえっ。貧乏貴族が長い髪を持っていたところで、シャンプー代がかさむくらいですから」
涙をドレスにこぼすわけにはいかず、無理矢理「えへへ」と笑えば、ティアラさんは手が空いたときに髪飾りを一つ作ってくれると約束してくれた。優しいなぁ。
ふと、窓に目をやると、すっかり外は暗くなっている。街の照明がぽつりぽつりとついていた。
「ん?」
ベランダで何か白いものが揺れている。私が首を傾げると、視線の先を辿ってティアラさんもそれに気づいた。
「あら、洗濯物干したままだったわ! ちょっと、取り込んでくるからイリーナちゃんはそこの服着てて」
示された先には紺色のワンピースらしきものや靴下などが一式畳んである。手に取ると、ワンピースの下に白いレースのエプロン。
「うそっ。メイド服!?」
「そう! メイド服!! この家にいる間は、私の目を楽しませるために可愛い格好をして頂戴!」
籐で編んだ籠を持って洗濯物を取り込むティアラさんは非常に良い笑顔でした。
やっぱりアナタも見た目と中身が違う人なんですね! 見た目は可憐な女性なのに、どうして中身が残念なおっさんなのか。
だがしかし、シマシマのニーソックスをはくと、なんだかちょっと私のテンションも上がってきた。
メイド服可愛いな!
「ご主人様~! 何か御用はございませんか~?」
きゃぴきゃぴしながら洗濯物を取り込むティアラさんの元に行くと、「可愛いいいいい!」と大層お喜びのご様子。二人でキャッキャしていたら二人ともテンションがあがってきた。
「イリーナちゃん、風呂場の脱衣所に棚があるからタオル入れてきてもらって良い?」
「お任せくださいませー! ご主人様ー!」
ふっかふかの厚いタオルを受け取ると、私はもふもふしそうになる気持ちをこらえてお辞儀した。
気分は新米メイドだ。
いえーい。
教えてもらったお風呂場にタオルをもったまま小走りに向かう。後から考えれば、すっかり初任務に気をとられていたのだと思う。
馬鹿な私は何も考えずに脱衣所の扉を開け……そして遭遇した。
「石鹸……」
前髪から滴り落ちる水滴が邪魔だというように、髪を後ろに撫で付けながら風呂場から出てきたテオドールさんと。ええ、そりゃあもう見事に遭遇しましたとも。
細マッチョだと思っていましたが、結構しっかり筋肉ついていますね。腹筋、割れてます。そして、そして、当然のことながら全裸な訳で。
「ふんぎゃああああああああああああああ!!?」
反射的に目をつぶって叫ぶと、テオさんは全く動揺した様子もなく「うるさい」と一言告げた後、私の手からタオルを1枚とって腰に巻きつけた。