第16話 輪は再び交錯する
で、てくてくと歩いてきました結果、目的のおうちに到着です。ですが……リースが見えないっ!! いや、正確には玄関にあるのかもしれないけれど、門から玄関までの距離が二十メートル以上あるがためにおぼろげです!
「視力検査かー!!!」
上下左右のどこかに穴があってもわかるまい。南部の方は皆さん……狩猟民族並の視力をお持ちなのでしょうか。
そして、表札はどこに?
このお屋敷でなかったらという一抹の不安を抱えつつ、一か八かで横にあった呼び鈴の紐をぐいっと引っ張ると、玄関がそっと開き、可愛らしい女性がひょっこり顔を出した。身長百五十センチほどの小柄な体に、少しタレ目の可愛い瞳、フワフワとウエーブのかかった艶やかな黒髪に小麦色の肌、何よりも柔らかい笑顔に緊張が少し緩む。
「あの、恐れ入ります。フレンディ副騎士団長から紹介されました、イリーナと申します」
門の外から叫ぶように自己紹介すると、彼女はシンプルなスカートを片手でまとめ、顔を輝かせて走ってきた。手にカラフルな携帯針山を装着しているところからするとお仕事中だったのかもしれない。
「まあ、まあまあ! 聞いていたよりも随分可愛らしいモデルさんね! あがって頂戴。お茶を入れるわ。あ、ようこそいらっしゃいませ。私は、ドレスのデザインをしているティアラよ。よろしくね」
バッチリ癒し系じゃないか! フレンディ副騎士団長め! 無駄に怖がらせおって。
ティアラさんに手招きされて家に入ると、中には趣味の良い家具がずらりと並んでいた。廊下部分には一輪の花が活けてあり、一面の花畑の絵がその背後に飾られている。金の縁取りが美しく、すずらんのような形のランプシェイドはぼんやりと柔らかい光を湛え、猫脚の椅子には麻布がかかっている。渋い色合いのマホガニーの机には、インクと紙がセットされており、いくつかデザイン画が描かれていた。
「社交界のシーズンが近いから注文が結構あってね。本当はお客様のところに行けると良いのだけれど、なかなかそれも無理だから、ここで仮縫いして、最後に本人に合わせてサイズの微調整を行っているのよ」
書斎でお茶を出してくれたティアラさんは、いくつかのデザイン画を見せてくれた。ふんわりとした薄紅色のドレス、ドレープが美しい萌黄色のドレス、中には大胆に背中があいたカットの紫色のドレスなんかもある。
「わあああ! 素敵ですね」
素直に感嘆の声を上げると、ティアラさんはとたんに嬉しそうに浮き足立ち、「ちょっと見る?」と続きの間へ案内してくれた。衣裳部屋とかかれたその部屋の向こうには……
「ううううううっそおおおお!」
あたり一面ドレスがずらり! マーメイドライン、Aライン、プリンセスラインにベルラインのドレスと、まるでドレスの見本市のようだ。シルクのものが多いが、サテンやシフォン生地も使われている。ふんだんに使われたレースやドレープが美しいものもあれば、切り返しだけで光を含むように煌くドレスもある。
眼福だー! 目の保養だー! 思考駄々漏れの私の口からは、賞賛の言葉しか飛び出さない。
自分に縁がないとわかっていても、やっぱり可愛らしい服やドレスは女の子の憧れだ。一度はお姫様気分を味わってみたいもんね。
「気に入ってもらえて嬉しいわ! 今ね、シルクで作ったお花をつけたドレスを作りたくてね、こう、肩の辺りとかにレースも絡ませて、あと、貝殻のボタンを袖口につけて……」
ドレスが大好きなのだろう、ティアラさんは生き生きと語り続けた。
愛らしい人だなぁと思う。お人形さんというよりも、キラキラした生命力のようなものに魅かれる。きっと今、私の口元はだらしなく緩みきっていることだろう。可愛いは正義、可愛いは正義です!
無償労働でも頷いてしまいそうなくらい私のテンションは駄々上がりしていたが、それでは気軽にモデルを頼めないというので、ティアラさんは半月で金貨5枚という金額を提示してくれた。選抜試験のバイトと平行でもらうにしては大きすぎる金額である。食費なら半年近く、平民の服なら帽子から靴まで一式揃えられる金額なのだから。
ああ、でもいただけるなら有り難くいただきます。それよりも可愛い服を着られるのが嬉しいのですがね! いやっほー! 役得ばんざーい!
喜ぶ私に、ティアラさんはニコニコしながら頬に手を当て、呟いた。
「女の子が来ると家が華やかになるからいいわねぇ。息子は着てくれないし~。あ、家には第3騎士団の選抜試験を受けに行った息子がいるんだけど、もうすぐ帰ってくると思うわ」
……ん? 息子??
選抜試験? え? 私と同じ年くらい??
「ぶええええ!?」
魔女がここにいます!! 童顔の魔女がああああああああ。
「偉そーで、憎たらしくて、可愛いのよおー」
力説するティアラさんのほうが可愛いです。少女のように可愛いですが、息子さんを思っているであろうその目は、やっぱり『お母さん』の優しさに満ち溢れていた。きっと、二人で並んだら姉弟のようでしょうね。というか、私も息子さんと選抜試験で会っているのかな?
どちらかというとタレ目で大人しげな彼女の姿を思い浮かべ、記憶にある試験生とのマッチングを試みるが、数秒もたたないうちに徒労と化す。
件の息子の足音が、背後でぴたりと止まったからだ。
「だーれーがー釣り目で偉そーで、憎たらしいって?」
つい最近聞いた、耳に心地良いテノールの声。
ノン! 怖い! 振り向いて確認するのが怖いよ、カミサマ!!
「もう帰ってきたの?」
「母さんが……ん? そこにいるのは?」
私は空気です。私は空気です。私は空気です。どうか放っておいてください。お願いします。
必死に祈るがそうは問屋がおろさない。
肩に手を置かれてぐいっと回転させられると、不本意ながら向き合う体制になってしまった。あわわわ。
「何故ここにいる」
何故ですかねー? 何故ですかねー! なんででしょうねえええええフレンディ副騎士団長おおおおお!?
「……て……テオさん、あの、私、何でここにいるんでしょうね」
「っ! 俺が知るかーーーーっ!!!」
ごもっともな怒声が響いたのは無理もない。