第15話 ぬいぐるみはゴリラか猫か
「イリーナさん、選抜試験の間貴方を預かってくれる家が見つかりましたので、お知らせしておこうかと」
フレンディ副騎士団長は簡単な地図を出してくれた。オーケーオーケー、ホームステイ先ね。
土地勘がないのでよく分からないが、少し郊外にあるお屋敷らしい。
「フレンディ副騎士団長も一緒ですか?」
だったら、ついでに連れて行ってもらえるかなーと淡い期待を持ったのだが、「まさか! そんな恐ろしいことは絶対しませんよー」と笑って否定された。ちょっと待って! 恐ろしいって何!? そして、私は何ゆえそんなところに放り込まれるのだ!?
血相を変えると「ダイジョブー、君には百害あって一利なし……じゃなくて、一害あって百利もある感じ?」と朗らかに目の前の人物はぴらぴらと手を振った。なんだ、その微妙な格言は。気になるんですけど。
「イリーナさんのことを話したら、是非ともバイトして欲しいと、先方のたっての希望でね。ま、私はこの砦におりますので、何かあったら言ってくださいな」
選抜試験のときの鬼気迫るような形相からは思いも付かぬような、柔らかな笑顔で彼は笑う。しかし、私の中では『腹の読めない人物』認定されているんですよ! ちゃっちゃと、何のバイトか吐いてください。
あ、カールとお買い物する時間もらえるよう交渉しておかなくっちゃ。
フレンディ副騎士団長の話によると、ホームステイ先の方は服飾デザイナーなのだそうだ。現在、夜会などで使用されるドレスを作っているらしいのだが、注文主はどうしても中央に近い人間が多くなることから、モデルを欲しがっているということらしい。
「いやん。そんな、モデルだなんて、似合うかどうか分からないのにぃ~」
うふふふ、と照れたら「大丈夫。肌の色と髪の色があってたら、へのへのもへじでも合格ですよ~」と返されたので、私の鉄拳が危うく炸裂しそうになった。自制した私の鉄壁の理性を褒め称えてあげたい。これでも昔は美少女といわれたんですよ! 今じゃ十把一絡げの容姿ですけどね。
そんな現在、私はフレンディ副騎士団長から自由時間をもらって、カールと買い物をしていた。下町の子供達への土産を選んでいるだけなのだが、いかんせん藍色の髪に甘いマスクのカールは街の少女達の目をひきつける。うおおおい、彼女は男装の麗人だから! だから、どうか私に突き刺さるような視線を向けるのは止めていただきたい。
「相変わらず、モテモテだよね」
「ボク、ハーレム築けるかな」
イヒヒと笑うカールを見て、それが実現不可能な幻想ではないことに頭が痛くなる。
「やりかねん! カールなら、やりかねん!!」
ベル様とヴィルは試験の間にグローブをお釈迦にしてしまったということで、予備を買いにいくのだそうだ。フレンディ副騎士団長のしごきは厳しいもんね。テオさんは何も言わずに出て行ってしまったのでよく分からない。
「そういえば、イリーナはベルナルドとボク以外に借金のこと話した?」
「まさか。同情よりも仕事を下さい、ですよ」
いくつかの誤解があったり新事実があったりしたけれど、とりあえず金貨千枚のバイトを辞めることなんてできない。ならばできることは、居心地悪くならないように頑張ることくらいだろう。そう結論付けて私は、思考をぽーんと放棄することにした。ごちゃごちゃ考えていると、脳内スパークしそうなんだよ。
「ふうん」
猫のぬいぐるみを手に取るカールに、さり気なくウサギのぬいぐるみをカールに渡してみる。ウサギのほうが可愛いよー? こっちにしようよ?
「借金返済のために仕事に専念したいので、しばらく恋愛脳は棚上げにする。でもって、ベル様に萌えるのは止めない」
「へー」
カールは、ウサギを元に戻してゴリラのぬいぐるみを手に取った。いや、それ泣くよ! もらった子供泣くよ!??
「なんで両手にゴリラ2体!?」
小さい女の子へのお土産なんでしょう!? と、涙目になって訴えたら「え? 可愛いと思うんだけど」ときょとんとした目で言われた。あああああ、神様、彼女に美的センスを授けてやってください。というか、私のこと「可愛い、可愛い」って言ってくれるけど、大丈夫なのかちょっと不安になってきた。
……いや、すごーーーーーーく不安になってきた。
「もしかして私、ゴリラに似てる?」
その質問に、彼女は鼻歌を歌ってごまかす。結局、ゴリラと猫とウサギのぬいぐるみを1つずつ購入して、カールはクリスタルパレスへ帰っていった。半月後を楽しみにしていると言い残して……。
夏の昼は長い。
私は、少しずつ暗くなる道を1人で歩きながら、ホームステイ先のお屋敷を記した地図に目を凝らす。目印はオレンジ色の屋根と、玄関に飾られたリースらしい。
ゆっくりと涼しくなった風を受けながら歩くと、相変らずセミが焦がすように鳴いて、誰かが踏んだ草の匂いと、巻き上がった砂の匂いがした。ふと小さな子供の声がして前方を見ると、男の子と女の子が小川を覗き込んでいる。川といっても、くるぶしまで浸かるかどうかも分からないくらい干上がっていたけれど。
「もうそろそろ帰ろうよ~。お兄ちゃん」
「ウシガエルを1匹取ってからな」
テオさんと出会ったのはあのくらいの年齢だったか。
「先に帰っちゃうよー」
「そうしろ」
「やだあ!」
なんとなく、あの頃の自分を思い出すようで、懐かしい気持ちになる。
夏の夜は短い。
けれど、その短い夜に何かが起こる……そんな気がしていた。