表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

第14話 停止した後再生する

「そっか。私が何も知らない珍しい人間だったから、声をかけてくれたんですね」

 端的に言うとそういうことだったようだ。少しモゴモゴと歯切れが悪い返答ではあったけれど、テオさんは結局のところ頷いた。

「で、名前を聞かれて、とっさに大会で優勝したベルナルドの名前を借りた」

 あとでベルナルドには話したがな、とテオさんは続ける。どうやらそのことがきっかけで、ベル様と仲良くなったらしい。


 でも、あのときの私は、声をかけてもらえたことが嬉しかった。

 お母様の病気は悪くなる一方、お父様の仕事は上手くいってなくて、貴族の友達には疎遠にされて、寂しくて、息苦しくて、途方に暮れていたのだと思う。テオさんからもらった氷菓は、そんな私を染みこむような優しさで癒してくれた。


「私こそお礼とお詫びをしないといけないですね。テオさん、あの時はありがとうございました。そして、今まで気づかなくてごめんなさい」

 そして、ベル様にも同じことを言う。


 ベル様が本当のことを言わなかった理由はなんとなく分かるつもりだ。

 お母様が亡くなって、お父様が借金を背負って、どうしようもなくて途方に暮れていた私は、本当に海に飛び込みかねないくらい切羽詰った顔をしていたことだろう。そんな私が無意識に心の支えにしていたのが、初恋の人であったのだと聞けば……「その人は嘘をついて騙していましたよ」とは言えまい。 


 崖の上から海を眺めてため息をついていた私に、手を差し伸べてくれたその人は、すがっても良い理由を作ってくれたのだ。もしかすると、嘘をつくことに良心を痛めたかもしれない。だから、ベル様が今まで黙っていたのは私のためで、結局、謝るべきは私なのだろう。

「ごめんなさい」


 ベル様と出会ったあの日、海辺で話を聞いてもらった後、お祭に連れて行ってもらった。

 気持ちが良い夜風が吹いて、火照った頬を撫でる。打ち上げ花火が良く見える丘には綺麗な花が咲き乱れ、見上げれば満天の星空が広がっていた。夜空に咲く花火もまた美しく、つないだ手が温かく……思い出すと涙が出そうなくらい幸せな記憶だ。


「私はあの時、あの夏にベル様に出会えて助かりました。あの時、丁寧に話を聞いてくれて、希望と勇気をくれたベルナルド様に感謝しきれないくらい感謝していて、そして、本当に心から大好きなんです!」


 力説してから、ふと気がついた。

 私、今、公衆の面前で、大 告 白!?


「っとあああああ、いや、今のはフライング、フライングということで、あの、まだ返事はいりませんからあああ!」

 かーーーっと顔が真っ赤になる。どうしようどうしよう、両頬を手で挟んで首をぶんぶんと振ると、目の前の3名は目を点にしていた。だから、どうしてこう私は単純というか、思考が駄々漏れなんですかね! 漏れストッパーください、本気で! ぬおおおおお。


 そのとき救世主はやってきた。机に突っ伏したままの私に天の声が降ってくる。

「イリーナ? フレンディさんが呼んでたわよー……って、大丈夫?」

 顔を上げれば、救世主はヴィルだった。ありがとう! ナイスタイミングだよ!! グッジョブ!

「ダイジョブ! 今すぐ走り出したいほど元気! いってくる!!」

 しゅたっとすぐさま立ち上がり、敬礼をすると私は一目散にフレンディ副騎士団長のいる部屋へと走った。動揺と動悸が混ざってしまうまで、全力疾走だ。見送る3人の顔などみる余裕もないわ。


「あー、そんなに全力で走ってこなくてもいいですのにー」

 そして、私を呼び出した主は、呆れていた。その手にある(カールの手土産である)いかがわしい雑誌をみて、私も脱力する。

 しっかり読んでいるんですね。床で不貞寝してもいいですかね?




◇◇◇



 イリーナが去った後、テオドールとベルナルド、カール、ヴィルの4人はあっけにとられたように彼女を見送っていた。

「いやあ、いつも思うけど、あの子のバイタリティというか、元気さには負けるわねー」

 ヴィルマーが苦笑すると、ベルナルドは短く刈り上げた髪に手をやって苦笑する。

「いや、そうとも言えまい」

 その言葉にカールも頷いた。


「思い込みと暴走はともかく、強がりはそろそろ限界だと思うんだけど」

 はあ、と彼女がため息をつけば、テオドールが睨む。

「なんで俺の過去をばらした?」

 思いっきり不機嫌そうな声に、カールは「おお、怖い、怖い」と笑って肩をすくめ、「遅かれ早かれ分かることだろう?」と続けた。


「ボクはイリーナの味方だよ。あの、思い込みが激しくて、強がりで、そそっかしくて、寂しがり屋で、馬鹿な子を妹のように思ってる。身分? 貴族? 関係ないね。下町で生きていくのにそんなもの必要ないから」

 ふっと笑った笑顔は、イリーナに見せていたようなものではなく、彼女が悪ガキを纏め上げていたときによく見せた挑戦的な表情だった。


「『ベルナルド』さん、彼女は目をふさいで貴方を想うことで泣き出しそうな自分を必死に抑えている。けれど、『アンタ』は彼女の気持ちに応えるつもりはあるのかい? 中途半端なままじゃあ、最後に待っているのはどういうことか分かるだろ」

 それはどちらの『ベルナルド』に向けた言葉なのか……。


 彼女は続ける。

「甘やかし、幻想を見せ続けるのは、優しさというよりも、むしろ残酷なことだってある。イリーナに会ってそう思ったから、揺さぶらせてもらった。大丈夫、あの子はちゃんと強いから」

 きっと依存することから卒業できるだろう。その上でもう一度好きになるか、別の道を見つけるか……この選抜試験が終わるまでに答えは出るに違いない。そう、締めくくって彼女は「そのときが楽しみだ」と笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ