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第11話 藍色の訪問者

 あまりの恐怖に声が出なかったことがある。

「分かるかな? お嬢さんのお父上は金貨3千枚の借金を背負ったまま逃げた。返済期限は3年後……」

 怖い顔をした裏街の男達に囲まれた私は、そのとき初めてお父様が借金を背負っていたことを知った。

 金貨3千枚だなんて大金、貧乏貴族に用意できるはずもない。金貨1枚あれば、1ヶ月食べていくことができるくらいなのだ。


「まあ、こんな子供では借金を返す足しにもならないが」

「いや、貴族の娘というだけで買おうとする物好きはいるだろうよ」

 口元は歪んだように笑っているのに、目は笑っていなくて、妙にズレたその口調が恐ろしくて、震えるばかり。このとき自分が女であることがひどく恨めしくて、悔しくて、悲しくて……。




 目が覚めた。

 嫌な夢を見たものだ。

 心臓が早鐘を打っている。嫌な汗がじわりと背中を伝った。

 忘れてはならないという戒めだろうか。久々に会えた憧れの人に、浮かれていたことは否定できない。


 金貨3千枚。あと3ヶ月の間に、私はそれだけ稼がなければならない。

 それは忘れはいけない。決して。


 震える体をポンポンと手で叩き、息を大きく吸い込んで吐き出すと、ベル様と目があった。

「ん」

 そうして差し出された手に……両手で掴まる。温かくて大きな手に涙がこぼれそうになった。優しさにしがみついてはいけないと思うのに、その手がなければ、私は息もできない。


 ふと、ベル様の隣を見ると、テオさんがいなかった。どうやら、朝練に行ったらしい。というか、ベル様もしっかり起きているし、朝練予定だったのだろうか? 何も言わないけれど、もしかしたら、私のために朝練に行かなかったのかもしれない。優しい、本当にベル様は優しい。



 外は青空。けれど、真夏の太陽もまだ眠いのか、ぽかぽかと柔らかな光をたたえている。

 冷たい井戸水で顔を洗うと、まだ少し肌寒い空気がひんやりとまとわりついた。


 ふと、風に乗って声が流れてくる。

「首都の人間は軟弱かと思ってたが、結構やるな!!」

「南部の拳術って、おもしろいな! 街中では一番実践的かも」

 朝練組だろうか? それにしては聞き覚えがある声が……と考えていたら、向こうが私を見つけたらしい。


「お! イリーナ! おはよーさん」

 手を振る青年の姿をよーく目を凝らして見る。

 しゅっと均整の取れた体つきは首都に多い体型だが、藍色の髪の知り合いなんていただろうか? 声はカールに似ているけれど……って、ん? 本物!? 隣に住んでるカール??

「その髪は一体! というか、どうしてここに!?」

 いるはずのない人間がいることに驚いて目を見張ると、目の前まで走ってきたカールは、汗をぬぐって「南部は暑いなぁ」と笑った。


 ボーイッシュに短く刈り込んだ髪に目を丸くする。豊かな赤髪が見る影もなくなってしまったことに、言葉が出なくなってしまい、アワアワと拳を振ると、目の前の人物は肩をすくめた。

「イリーナが髪を切ったのに、『ボク』が長いままだと釣り合いが取れないからね」

 パッチリとした瞳に卵型の綺麗な輪郭のカールは、魅力的な容姿とは裏腹に、首都クリスタルパレスの悪ガキチームの親玉の1人である。夜の商売をしていた彼女のお母様が病を得てからは真面目に働いていたが。


 最も、カールについて特筆すべき点はそこではない。

「お、女の子なのに、短くしちゃったら、カール、もう美青年にしか見えない!!!」

 そう、カールの本名は『カーラ』。母親の影響で、女の子らしくすることを嫌った『彼女』は、本来の名前で呼ばれることを嫌がる。そして、カールと呼ばれているうちにどんどん男らしくなってしまい、髪を切った今ではすっかり男装の麗人だ。美しい……! じゃなくて!


「ぶえっ」

 ん? なんか今変な声が聞こえた。

 カールの横を見ると、テオさんが変な顔をしている。あー……ああ、男だと思ってたのね。


「丁度いいって。ボクも第3騎士団の試験受けるからね。女騎士、格好良くない?」

「カッコイイです!!!」

 思わず即答するよ。全力で即答だよ! 何それ素敵。

「大事なものを守ろうと思ったら、力が必要だから。全力で頑張るよ」

 そういってカールは私をギュッと抱きしめた。



 それで、どうしてここにいるのかと問えば、彼女は南部の拳術に興味があったのだという。女騎士の選抜試験は、男性よりも候補者が圧倒的に少ないため、競争率は激しくないらしい。時期も少しだけ後になるので、知り合いが滞在している間にとやってきたのだそうだ。

 今日はどうするのかと聞けば、少し見学した後、街で特産品をしこたま買い込み、そのまま帰るのだという。時間はあまり取れないかもしれないけれど、お買い物くらいは付き合えるだろう。いや、フレンディ副騎士団長に掛け合って、なんとか時間を工面するぞ。


「そういえばテオさんと遊んでたの?」

「おおー、そうそう。ちょっとナイフ対素手で模擬戦闘を」

「あぶなっ!!!」

 お互い試験も終わっていないのに何をしている。怪我でもしたらどうするんだ、とプリプリ怒ると、彼女はだって……と口を尖らせた。

「あいつがイリーナを奪っていく奴……と思ったら憎らしくなって、隙あらば一発殴ってやろうかと」


 は?

「違う、違う。ベル様はあっちの窓辺に座っている男前な人」

 猫目で隠れマッチョなテオさんから、筋骨隆々のベル様に視線を向けると、カールは「アレ?」と首を傾げた。じーっと眺めるカール。……はっ! やだ、横恋慕しないでくださいよ。ベル様は素敵ですが!!!

 半泣きで見つめると、カールは可愛い可愛いと、出来の悪い弟を褒めるようにぐりぐり頬を両手で挟んで笑った。


「そっか、そっか。イリーナの好みが読めた気がするぞ。この前、伯爵家の次男坊フェルディナントにポーってなってたもんな~」

「ばっっ!!! 声がでかい! 私の本命はベル様だもん! 浮気なんかしませんっ」

 伯爵家のフェルディナント様は、今回、貴族で構成される第1騎士団の選抜試験を受ける。顔は派手さはないものの、きりっと引き締まった体や恵まれた運動神経、そして控えめで気さくな性格がとても素敵なお方だ。何よりもあの均整の取れた筋肉は素晴らしい。うん、素晴らしいよね。


 ……あれ?

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