15
志龍にではなく、あたしの首元に。
「あんたの欲しい物は手に入らないこともあるのよ」
志龍はこちらを睨んだまま、ゆっくりグラスをテーブルに戻す。
こんなやつの言いなりになんか、なりたくない。
だったら自分でケジメつける。
ママのいる天国にいけないけど、それでもママは許してくれるよね?
「あんたのオモチャになるのはイヤなの」
「やめろ。そんなことしても誰も喜ばないぞ」
「あたしはあたしのために死ぬわ」
右京に心配かけたまま、陣にもお別れ言えないまま、杏里に好きって言ってくれてありがとうって言えないままだけど…。
覚悟を決め、喉にぐっとナイフを突き立てる。
しかしその瞬間、素早く褐色の王が動いた。
「な、んで…!」
ポタポタと床に垂れる血。
「馬鹿な女だ」
ナイフは動かなかった。
王がナイフの刃を強く握っていたので動かなかった。
血は、彼の流したものだった。
「死なせて!!」
ナイフを取りかえそうとするが、動かない。
あたしは力が抜け、その場にへたり込んだ。
志龍王がナイフを取り、部屋の隅に投げる。
「こんなのイヤだ…」
ボロボロと涙が溢れてくる。
最後のチャンスだった。
キレイな身体のまま、死にたかった。
「くだらないことするな」
志龍はざっくり切れた右の手のひらを痛そうにタオルで包む。
「これじゃしばらく女を抱けないじゃないか。手のひらはイテーんだぞ」
そういいながら、無事な左手であたしの頬の涙を拭く。
「今夜はなにもしないでやるから、もう寝ろ」
心なしか、志龍の口調に優しさを感じたけれど、そんなものに応えたくなかった。
あたしは無言のまま、ベッドに横になる。
なにもしないなんて、嘘にきまってる。
蝋燭の灯りを消し、志龍も隣りに横たわる。
「二度とこんなことするな」
「⋯⋯⋯」
「お前、なぜこの世界にいるんだ?」
「⋯⋯⋯」
「なぜ東の国に行くんだ?」
「⋯⋯⋯」
「…お前、そんなにオレが嫌いか?」
「…大っ嫌い」
「そこだけ答えんのかよ」
志龍はグイグイと、無理矢理あたしの頭の下に左腕をもぐり込ませる。
あたしは逃げようとしたけど逃げられず、腕マクラされる形になってしまった。
「これくらいは嫌がるな。それにこうしていれば、オレはお前の身体を触ることはできないんだぜ?」
むぅ…。
「本当にお前は変な女だ。人間ってやつはみんなこんなに変なのか?」
「⋯⋯⋯」
「オレのこと、嫌いか?」
「大っ嫌い」
すると志龍はゲラゲラと笑い出した。
「そか(笑)とりあえずお前がどれだけオレを嫌いなのかだけは理解できたわ」
超嫌い。
「だがオレは、ますますお前が欲しくなったぞ」
志龍はあたしの頬にキスをした。
「⋯⋯⋯」
あたしは無言のまま、ゴシゴシと頬を拭く。
「オレが寝ている間に自分で死にやがったら、牢のやつらも同じように叩き切るからな。まあ、変な気は起こすな」
志龍はあっという間に、いびきをかき始めた。
オレを殺すな、とは言わなかった。
あたしにはできないってことなんだろう。
ムカつく、たしかにあたしにはできない、悔しい。
今頃、右京は心配してるに違いない。
いきなり消えちゃったんだもん。
あの人のことだから、自分を責めているんだろうな。
どうにかここから抜け出して右京のところに行きたい。