13
「そのにやけた顔を見りゃ、結果は一目瞭然だな」
次の日、朝食の席に着いた杏里は開口一番に言い放った。
「なっ!!」
右京は真っ赤になって弁明しようとしたが、杏里はそれをヒラヒラと手を振って拒否をする。
「妹と親友の色恋話なんざ聞きたかないって。それにその首の物がいい証拠だ」
杏里が幼いころから見慣れた首飾りが、今は右京の首から下がっている。
「こ、これは……」
右京は慌ててそれを服の下に隠した。
「それはいいとして、昨日の今日だが、騎士団のほうは通常通りに訓練を行うわ。まだまだ未熟な奴らがいるから今のうちに鍛える」
「あ、ああ」
「ただ、結構いいセンいってる奴もいる。楽しみだよ」
「お前のお気に入りの葉月とか言う孤児の若者か?」
「そうだ。幼い頃からずっと鍛錬してきただけあって、あいつは強くなったよ。真面目だし、皆の信頼も厚い」
杏里が手放しで部下を褒めるのは珍しい。
「では、いずれはお前の後継者となれるのだな」
「ああ。たっぷりシゴいて立派な騎士にして見せるさ」
葉月は幼い頃に戦争で両親を亡くし、城の施設で育てられた。
あまり子供が得意ではない杏里にも懐き、マンツーマンで剣術を教え込まれた弟のような存在。
他にも孤児となり教育を受けた者は大勢いるが、その中でも葉月は頭一つ抜け出る才能が有った。
どんなにキツい鍛錬にも耐え、国のために努力を惜しまない彼は、今では常に杏里と共に戦ってきている。
「だが、本当はあいつみたいな若者も平和に暮らしてもらいたいもんだ。戦う術しか知らないなんて、そんなの悲しすぎる。若者は青春を謳歌するべきだろう?」
「そうだな」
「ま、只今青春真っ盛りな奴もいるけどな」
そう言ってニヤリと右京を一瞥すると、彼は食べかけのパンを喉に詰まらせ、慌てて水で流し込んだ。
「からかうなっ」
「別にお前の事とは言ってないけどな」
「お前な……」
「ま、それはそれとして、右京」
急に真剣な面持ちになる友人に、右京は戸惑いながら体裁を整える。
「なんだ?」
「妹を頼むよ。アンタならオレは安心して桔梗を任せられる。これで肩の荷が下りる。幸せにしてやってくれ」
「おい……。まるで死に行く者の台詞だな」
「そりゃあ死と隣合わせのお仕事してんだから、当たり前だろ?いつ腹をブスリと刺されてもおかしくない。そういう覚悟位させてくれなきゃ、国を守るなんて出来ないさ」
その科白とは裏腹に、杏里はあくまでも戯けて見せる。
「杏里……」
杏里は皿に残ったパンをまとめて口に押し込むと、飲み込む前に席を立った。
練習場では大勢の騎士や兵士に、各隊の隊長の怒号の声が響き渡っていた。
「お前、やっぱり強くなってきたな」
皆を統べる立場にいる杏里も、自ら率先して訓練に精を出していた。
練習用の木剣を地面に刺し、ハアハアと息を整える。
その顔からは幾筋もの汗が滴り落ちている。
「ありがとうございましたっ。とても勉強になりました」
杏里が相手をしていたのは、葉月。
先ほど手放しで褒めた若者だった。
彼は杏里と違い、ほとんど息も乱さずに立っていた。
額に薄っすらと汗を浮かべているものの、騎士団の長である杏里の厳しい指導を受けて立っていられる者は少ない。
その様子だけで葉月の力量を十分計り知ることができる。
「いや、勘がいいし動きもいい。さすが小さいころからオレにシゴかれてきただけはあるよ」
「い、いえ、そんなっ」
部下をあまり褒めない杏里の言葉で、葉月は顔を赤く染める。
「杏里様のご指導のおかげですっ」
「もっと強くなれる。期待してるよ」
「はいっ。精一杯努力させていただきます」
真っ直ぐで濁りのない若者の目に、杏里は気付かぬうちに口角を上げていた。
突出した才能の持ち主であり、最も信頼を置く部下である葉月のことが可愛くて堪らない。
何十年も自らの手で育て上げたこの若者は、いずれは自分より強くなると確信している。
「そして強くなって、必ず生き続けろ。国のためだけでなく、お前自身のために生きるんだ」
「は、はいっ」
今までに幾人も部下を失った杏里は、葉月がその二の舞になるのを恐れ常に厳しく指導してきた。
誰よりも強く、優しい騎士になるように教え込んできた。
「なにが有っても自分を大切にしろ。部下も仲間もな。右京を……国王を信じろ。だが、命だけは粗末にするなよ」
杏里の言葉に若者は思考が追い付かず、多少混乱した様子。
「えっと、右京国王をお守りするために、この身を投げ出す覚悟はできております」
「そうじゃないよ。右京を守るために死ぬんじゃなくて、生きろって言ってんだ」
「……自分には理解出来ないです」
困り果てた葉月の泣きそうな顔を見ると、何故だかとても温かい思いで胸を満たされる。
「あいつは根は本当に誠実で優しい男なんだ。今はこんな世の中だからツライ事ばかりだけど、オレはあいつと共に居たいと思う。お前もだよ、葉月。だから生きろ。生きて右京を守るんだ」
諭すような科白に深い理由は無かったが、自分の後継者となるこの若者に伝えておきたかった。
これで自分の身に万が一の事が有っても心残りは無い。
「自分は……右京国王陛下も杏里団長も大切な家族だと勝手に思っております。だからもし、お二人に何が有った場合は、それを自分の命で回避出来るのなら、喜んで差し出すつもりです。
それはこの城にお世話になる時に決めた事です」
「葉月……」
葉月はその場に膝を付き、深く頭を垂れた。
「ですから、そんな遺言のような事は仰らないで下さい。お二人が生きている限り、全力でお守りするために自分も生きます」
「……わかったわかった」