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~手のなるほうへ~  作者: コンブ
第3章
110/112

12



その瞬間、右京は自身の時刻が止まってしまったかのように、見事な硬直を見せた。


ピキーンと音が聞こえそうなほどに。



「わ、私、小さい頃から右京様の事をお慕いしてましたっ。だから、他の人と縁談とか、困りますっ」


桔梗はそんな右京の見事な硬直には気付かず、下を向いたまま喋り続けていた。



「で、でも、私みたいな庶民が相手される筈も無いし、だから、その、ただ私の気持ちだけお伝えできれば……って、大丈夫ですか?!」


微塵も動かない右京に漸く気付き、焦って彼の両腕を掴み、ゆさゆさと揺らすと目に光りが戻る。




「……す、すまない、余りにも突然で」



「ごめんなさいっ、右京様にご迷惑をおかけするつもりはなかったんですっ。私なんかがお慕いするなんてだけでも迷惑かもしれませんが……」


綺麗な彼女の双眸が涙で潤み始める。



「このままでいいんです。このまま、勝手にお慕いし続ける事をお許しいただけませんか……?」


控え目な桔梗の想いが、痛んだ右京の心の傷を癒していく。


右京は何も言わずに剣を再び立て掛けて、桔梗をそっとその腕に包み込んだ。



「う、右京様?!」


愛しくて愛しくて堪らなかった。


ずっと想い続けた相手が、自分を好きなのだと言う。


もうどうしたらいいのか考えられない。


ただ、今は抱き締めていたい。



彼女も、やがて力を抜いて彼に身体を託した。


それがわかると、より一層強く抱き締める。



「く、苦しいです……」


日々鍛錬を積んでいる右京の腕力は、想像よりも遥かに上であった。


「あ、すまないっ」


ぱっと腕を開け放ち、彼女を解放する。


桔梗は足りない酸素を掻き集めるかのように、大きく肩で息をした。


右京は彼女の息が整うのを待って、改めて向かい合う姿勢をとった。



「やっぱり、ご迷惑でしょうか…?」


下からそっと自分を見上げる綺麗な瞳に、もう一度自分の時刻を止めてしまいそうになるが、辛うじて堪えた。


「絶対に想う以上を求めたりしませんっ。右京様に素敵な方が現れても、邪魔いたしません。だから……」



健気な桔梗の想いが溢れていた。


そんな彼女が心から愛しく、大切な存在に思えて堪らない。



「それは困る」


「……そうですか……そうですよね」


今度は桔梗ががっくりと肩を落とした。



「私も、幼いころからお前に心を奪われている。だから、一人で我慢されるのは、困る」



「右京……様……?」



右京の言葉が信じられないのか、桔梗は目を大きく見開いていて、つい、その目玉が落ちてしまうのでは?と心配になる。



右京は案外落ち着いていた。


あんなに彼女事になると取り乱していたのに、不思議と冷静になれた。


冷静ではあるが、とても温かい感情で心が満たされていた。



「それって……」


「私もお前を好きなのだよ」



「これは夢ではないのでしょうか?」


むにむにと自分の頬をつねって確認するその仕草に、くすくすと笑いが零れる。


「本当に、本当なのでしょうか?」


たっぷり自身の頬を虐めてもなお、信じられないようだ。



「どうやって確かめようか。私にも分からない」


「ですよね。これが夢なら永遠に覚めなければ良いのですけど」


「そうだな。ではお前と共に永遠に夢を見続けよう」


右京はもう一度、桔梗を抱き寄せた。



「はい……」



徐々に顔を近付け、唇を重ねようと少し身体を捩る。


と、そのとき、



ガチャン!


何事も上手くはいかないものである。


右京のマントの端を引っ掛けてしまい、テーブルの上に置いてあった飲みかけの茶を盛大にひっくり返してしまった。



「「あっ!」」


二人声を揃えて叫んでしまうが、時既に遅く右京の服に青い茶のしみがみるみるうちに拡がっていった。


不幸中の幸い、既に冷め切っていたので火傷することはなかった。



「大変!」


折角のいいムードは台無しとなり、桔梗は慌てて拭く物を取りに行く。



「あと少しで……いや、それは」


先の展開を想像した右京は、耳の先まで赤く染まる。


(何を暴走しているのだ、私らしくないではないか。)


自己嫌悪に陥りながら、桔梗の持って来たハンカチで服を拭いた。



「申し訳ございません……」


一緒に片付けをしながら、桔梗は項垂れる。


「いや、桔梗は悪くない。私の注意力が足りなかったんだ」


カップには大した量残っていなかったので、簡単に片付け終わる。



「まあ、その、先走り過ぎたようだ」



ぽりぽりと鼻の頭を掻きつつ、チラリと彼女を見やる。


「え、あ、そんな……」


お互い冷静になると、ムードなど取り戻せないことを悟った。



「しかし、私の真意は受け取って欲しい」


「はい。私もです」


どちらからとも無く笑いが起こる。


肩の荷が下りて、とても清々しい気持ちになれた。



「あの、今度お城に遊びに行っても宜しいですか……?」


おずおずと彼女は聞いた。


「ああ。いつでもおいで。杏里がここに帰って来ている間は私も城にいるから」


それは戦場へ赴いていないという意味だ。


それを聞いて、桔梗は何故かまた肩を落とした。



「ど、どうした?」


(喜んで貰えるはずなのに、どうして落ち込むのだ?)




「いえ、いらっしゃらない間の事が心配で……。兄もよく怪我をして帰って参りますから」


家族が戦いに行くというのは、きっと複雑な思いなのだろう。


桔梗はいつも兄や愛しい右京の無事を願って待っている。


行くなとは言えない。


二人は国のために戦っている。



「……そんな顔をするな。私は弱くない。必ずお前のために帰ってくるよ」


自分の帰りを待ってくれる人がいるなんて、それだけで幸せだ。


そんな者のために早く勝ちたいと願った。



「あ、そうだ!」


桔梗は慌てて自室に戻り、何かを手にして右京前に戻る。



「それは?」


その手には、なにか赤い石の付いた首飾りがあった。


「これ、母から譲り受けた御守りなんです。なにかあっても、これが守ってくれるのだと聞いてます」


「ほぉ……」



「もし、お嫌でなければ、お持ちいただけませんか?」


「そんな大切な物を私が貰うわけには……」


これは恐らく、この家の家宝だ。


「いえ、右京様にはこの国のためにも……私たちのためにも、お持ちいただきたいのです」


「桔梗……」


彼女はそっと背伸びをし、首飾りを右京の首に掛けた。


「こ、こんな言い方は大変おこがましいのですが、戦場にお供出来ない私の代わりに……」



(ああ、なんといじらしいっ。)


右京はその首飾りをギュッと握り締めた。


「わかった。それではお前だと思って常に肌身離さずいよう。ありがとう」



「はいっ」


笑顔で頷く彼女に自然に唇を重ねる。


お互いの唇が微かに震えていた。



「……じゃあ、私は戻るとするよ。まだ片付けなければならない仕事も残っているから」


本当は一晩一緒に過ごしたかったが、まだまだ純情な右京がそんな事をすれば、一生硬直してしまうかもしれない。


(何事にも段階、というものもあるしな。)


自分に言い訳をし、今度こそ剣を持つ。


「お気を付けて……あ、ハンカチ」


右京は彼女のハンカチを握り締めたままな事を忘れていた。


「あ、いや、これは洗って返すから」


今更渡すのも気が引けた。


それに、これがあればハンカチを返すという大義名分を引っ提げてまたここに来れる。


「そんな……お手を煩わせる事などできません」


「いいんだ。私がそうしたいのだ。今夜は杏里も戻らないから、キチンと戸締まりしてゆっくりお休み」


ぎこちなくもう一度唇を重ね、右京は彼女の家を後にした。





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