9
それから数日間、西の国との激しい争いが繰り広げられた。
双方共に、再び大勢の死傷者を出した。
騎士団の団長となった杏里は、飛竜を操り巧みに攻撃を仕掛けるが、また部下を何人も失った。
何年も一緒に苦労を分かち合った仲間が、目の前で息絶えていった。
それでも友であり国王である右京を守るために、剣を振るい戦った。
ようやく城に戻ると、杏里はまず浴場へ向かった。
早く家に戻り妹を安心したかったのだか、身体中に染み付いた血の臭いを洗い流すことが先だ。
本来なら街の浴場か、騎士や兵士のための大浴場を使うところだが、そちらには行かず、王家だけが使うことを許された浴場に向かった。
最も、目的は湯に浸かるだけではない。
扉を開けると、温かく心地よい蒸気に包まれる。
端に作られた棚に新しい服を置き、着ている物を脱ぎ捨てた。
「誰だ」
湯気の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ああ、オレだ」
「なんだ杏里か」
右京も一足先に風呂で身体を洗い清めていた。
杏里は大きな湯船に近付き、友と顔を合わせる。
「ゆっくり浸かりたくてね。一緒してもいいか?」
「構わない」
今までにも何度も利用しているため、今更咎められる事もない。
杏里はまずは何度も頭から湯を掛け流し、こびり付いた血や泥を落とす。
「誰か呼んで身体を洗わせようか?」
王族らしい考え方に、杏里は苦笑いを見せた。
「可愛い女の子なら歓迎するけど、今はそんな元気もないから遠慮するわ」
汲んだ湯にタオルを浸し、身体を擦る。
あちこちに刻まれた傷に滲みて、思わず顔を歪める。
しかし、それでも何度も擦った。
たくさん浴びてしまった敵の血を、一刻も早く落としたい一心であった。
「あまり強く擦ると傷口が開くぞ」
「わかってるさ」
どれだけタオルを往復させても、杏里には自分の腕が血の色に染まっているように見えてしまう。
頭では理解していても、心の何処かから人殺しをした自分への嫌悪感が溢れ出す。
騎士団を率いることになってもなお、杏里は敵を殺すことに抵抗を感じているのだ。
だからこそ、ここへ来た。
話す事を思案し、黙々と身を清める。
「もういいだろう?。それ以上は擦り切れてしまうぞ」
友の言葉にハッと我にかえり、また湯を掛け流して湯船に浸かった。
身体中ヒリヒリと刺激される。
「今日は傷に効くように薬湯だ。すぐによくなる」
「そいつは助かるな…」
とても大きく豪華な造りの風呂で足を伸ばす。
「杏里、ご苦労だったな」
右京はぽつりと言った。
「いえいえ。国王陛下から労いのお言葉を頂戴するほど、働いちゃいませんよ」
杏里は戯けて見せる。
「阿呆」
「まあ、オレだけじゃなくて他の奴らを労ってやってくれ。皆必死に頑張った」
多くの犠牲も払った。
「そうだな」
右京も国王自ら剣を手に、戦地に出向い、誰よりも勇猛に戦った。
しかし、その行為に杏里は幾度も疑問符を投げかけている。
「お前さん、今回はどれだけ殺ったんだ?」
「……ん。さぁね」
「何故、無抵抗の者たちにまで手をかけたんだ…」
杏里は知っていた。
この友人が戦いの最中、戦う術を知らない女子供まで斬り捨てた事。
東との境界線に近いその村を、一人で全滅させた事を。