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~100年程前の鬼世界、東の国~
「お兄様っ。今お帰りですか?」
嬉しそうに杏里に手を振るのは、彼の妹の桔梗。
騎士の訓練と業務を終えた帰宅途中の兄を見つけ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ああ。お前は買い物か?」
杏里はさり気なく妹の荷物を受け取ると、一緒に歩き出す。
「はい。今夜の夕食の買い出しに行って参りましたっ」
「そうか、いつもありがとな」
明るい彼女を見て、兄は嬉しそうに目を細める。
たった一人の家族。
美しく端整な顔立ちは、兄の杏里とよく似ていた。
長い艶のあるオリーブグリーン掛かった黒髪は、彼女が動く度に軽快に踊る。
「新しいメニューを思いつきましたのっ。絶対美味しいんです」
「・・・とりあえず、食べられる物を頼むよ」
妹の作る料理は、まあ、その、食べられなくもないが食べたくない…という斬新な物が多い。
早くに親を失って、まともに教えられたことがないから仕方ないところではある。
「えーっ、大丈夫ですっ。お兄様の疲れが吹き飛ぶような料理をお出しにしますっ」
先日のスープは、意識が飛ぶような代物であった。
「まあ、あまり無理するな」
「はいっ。でも、お兄様の健康管理のために、頑張ります」
兄は苦笑いを浮かべ、それでも妹を咎めることはしなかった。
大切な妹が自分のために奮闘してくれるのは満更でもない。
家に着くと、扉の前に男が立っていた。
兄はヤレヤレ、と心で呟く。
「やあ、杏里。待っていたんだ」
それは古くからの友であり、この東の国の若き王の右京であった。
先代が逝去し国王の座を継いでも、その友情は変わることなく続いている。
もっとも、友情のためだけとは言い難いが。
「右京様っ」
「あ、ああ、桔梗も一緒だったのかっ」
「…わかりやすい奴だね、まったく」
杏里の言葉に、右京は動揺を隠せずに目が泳ぐ。
「今日はどうなさったのですか?。国王様がわざわざ・・・」
そんな親友二人のやり取りの真意には気付かない桔梗は、屈託のない笑みを見せた。
それをみた若き王は、周りの者に伝わりそうな程に胸を高鳴らせる。
「ち、近くまで用事があったのでな」
「まあ。陛下が自らいらっしゃるなんて、よっぽど重要なご用事でしたのね」
「ふふん。用事、ね」
杏里は鼻で笑う。
「たまには幼馴染宅にも寄りたくなるものだっ」
たまにではなく、週に一度は来ている。
杏里はそんな右京を、友として王として好いていた。
妹の桔梗に対する彼の誠意も十分承知していたし、この男なら妹の相手として余りある程だ。
威張ることもなく民を大切にする国王は、いつだって皆の羨望の的。
「お茶どうぞ」
桔梗が運んできたソレは、慣れている杏里でさえ驚嘆するほどであった。
赤紫色でなにやら粘性に富んだ液体に仕上がっている。
なぜ茶に粘りが出るのか、兄は酷く疑問に思うが答えは当然出ない。
「ありがとう、頂くよ」
「あ・・・」
国王は止める間も無くそれを口にした。
仮にも国王である。そんな得体の知れないものを体内に入れてしまっていいのか?と、杏里は考えた。
「ほぉ…これは意外性がある斬新なお茶だね」
ホクホクとした笑顔で飲む右京。
本人がイイなら良しとする。
「ありがとうございますっ。私が調合したお茶なんです」
「さすがは桔梗だ」