10
え、ちょっ…??。
「本当に君には申し訳ないことをした。君が杏里の大切な人なのはわかっている。私には君を無事に送り届ける義務がある。信用できないかもしれないが、私と来てほしい」
頭を地面に着け、あたしに言う。
な、なんでいきなり土下座とかしちゃうわけ??
「もし、信用できないのならば、この腕でも足でも切り落としてくれて構わない。この命に誓っても、私は嘘をつかない」
切り落とすなんて、そんなことできるわけないでしょ。
疑いの眼差しを向けていると、その人はあたしの前に大きな剣を置いた。
いやいやいやいやいや。やっぱりこの人おかしいよ。
腕なんて切れるわけないじゃない。
「頼む。私を信じてくれ」
「⋯⋯⋯」
あたしは黙って手を伸ばす。
そして、その人の頭にあるツノに恐る恐る触れてみる。
押しても引っ張ってもそれはビクともしない。
明らかにそれは、頭から生えている。
「マジかぁ⋯⋯生えてんのかぁ」
がっくり肩を落とすあたし。
本当に生えてんのね…。
「夢…じゃないんだね」
足の痛みもあるし、意識もはっきりしている。
これはどうあがいても、現実。
信じたくなーーーい。
「…あたしのこと、食べたりしない?」
鬼って、人を襲って食べるもんだと思ってるんですが。
「我が鬼の一族は、一度も人間を食したことはない。ツノがあることと、多少の魔術が使えること以外は人間と変わらない。まあ、あとは寿命は人間の何倍も長いということくらいだ。頼むから、信じてほしい」
って言われても、ねえ。
「本当に、ここは鬼の世界なの?」
そんなの御伽噺の世界だよ?
「ああ。本当に鬼の世界だ。魔界と人間界の間にある、鬼の住む世界なのだ」
うぇえー⋯⋯。
これ信じろって、難しいでしょう。
2次元の世界に迷いこんだのかと。
「では、やはり私が嘘をついていないことを証明するために…」
そう言ってその人は立ち上がり、剣を手にする。
そして自分の左腕を大きく前に伸ばす。
「ちょちょちょちょっ!!ノーノーダメダメ!!中止して!!」
慌ててその剣を取り上げる。
そんな、びっくりスプラッタショーなんて見たくないっつーの。
「しかし、私にはこれくらいしか…」
あたしから剣を取り戻し、再び大きく振りかざす。
「わかった!信じる!信じるから!!」
そう言うしかなかった。
血なんか見たくないもんっ。
この人マジっぽいし、洒落にならないわっ。
「そうか…。ありがとう」
その人は、そっと剣を下ろした。
ふう…よかった。
「でも、悪いけど全部を信用したわけじゃないからね。とりあえずそのツノが本当に生えてるのはわかった。うん、ここがあたしの住む東京じゃないのもわかった。ただそれだけだよっ。…杏里のことは、杏里に会うまで信じないもん」
「ああ。それでもいい。本人に会ってツノを見ればいい」
生えてないと思うけどね。
「私の名前は右京。よかったら君の名前も教えてもらえないだろうか」
「ユ、ユキナ」
「そうか、ありがとう、ユキナ。私のことを少しでも信じてくれて」
信じたわけじゃない。
ただ、あまりにもこの右京って男がマジな目で腕を切ろうとするから⋯⋯。
冗談通じないタイプなんだろうなぁ。
「もう絶対そういうことしないでよね?。腕なんてもらっても嬉しくないし。どうせもらうなら、キレイなアクセサリーのほうがいいわ」
「わかった」
右京は頷き、自分の首に手を回してなにかを外す。
「これは私の大切なペンダントだ。腕の代わりにこれをユキナに授けよう」
本当にアクセサリー出てきちゃったよ。
「い、いらないってば」
そんな大切なのとかもらえないよー。
「いや、是非これは君が持っていて欲しい」
そう言って、右京はそのペンダントをあたしの首にかけた。
それは、透き通るような赤くキレイな石の付いたペンダントだった。
こんな宝石みたことない。
「だってこれ、右京の大切なものなんでしょ?」
「まあ…。でも腕の代わりになるだろう」
そんな大事なのもらうわけにはいかないよぉ。
「これは私達の世界ではとても貴重な石で、私のお守りなのだ。ユキナが人間界に帰れるように、これをつけていて欲しい」
あまりにも真剣な顔して言うものだから断りにくい。
「じゃ、じゃ、じゃあ、あたしが人間界に帰るときに返すわ。それまで借りとく」
「わかった。それまではユキナが持っていてくれ」
「そうする」
そっとペンダントに触れる。
本当にキレイな石。
「そろそろ出発する」
「うん。ここからその東の国ってどれくらいあるの?」
何時間くらい歩くのかしら。
「そうだな⋯⋯。おそらくは4日はかかるだろうな」
「ええええ(泣)」
4日歩くってこと??
超イヤなんですが。
「本当にそんなに長い時間歩くの…?」
あたし、怪我もしてるんだよ?
「ユキナは私が背負っていくから大丈夫。足、痛むだろう?」
4日も背負って歩くって??
それは無理でしょ??
体重どんだけあると思ってるのよ。
「あ、あたし、頑張って歩くよ」
「いや、私はユキナを無事に送り届けなければならない」
「それはもうわかったからっ」
この人、すごい使命感に燃えてるんだわ。
あたしはなんとか立ち上がる。
「あたし重いし、ずっと背負ってたら疲れちゃうもの。なんか杖になる木の枝でもあれば平気よ」
「⋯⋯わかった。しかし、ツライときはすぐに言ってほしい」
右京はうなづき、杖になりそうな枝を探してくれた。
こうして、鬼の右京との奇妙な旅が始まった⋯⋯。