絶対の設定
翌日、かなえは早朝から登校していた。
「おはよ、委員長」
「おはよう、本村さん」
誰もいない教室に、樋渡響矢だけが来ていた。
「佐熊と一緒じゃないのか?」
昨日の告白の現場には樋渡もいたのだから知らないわけがない。
「いいのよ」
かなえは自分の席について、鞄をおろした。
「どうせ、昨日のが本気じゃないってお互い知ってるわけだし」
かなえと圭太の噂は、罰ゲームという言葉と共に広がってもいるのだ。
「ふーん」
意味ありげに樋渡はかなえをみた。
「本当にそれでいいのかい?」
「!」
かなえは目を見開く。
「佐熊が…」
と何かをいいかけたところで部活の朝練を終えたクラスメイトが教室に入ってきた。
「おはよ、部活もないのにはえーな」
「おはよう、山城」
「おはよ、山城くん」
樋渡もかなえも山城に向き直って挨拶をした。
徐々にクラスに人が増え始めると圭太が駆け込んできた。
「か…本村さん!」
「あ、おはよう。佐熊君」
「何で先に行ってんだよ」
かなえの前の自分の席にたどり着いた。
「いつものことじゃない」
「……」
いつもは一緒に登校していた。
「わかったよ…」
かなえの無言の訴えに圭太は理解したように頷いた。
関わるな
ということだ。
「大志がいたならいいでしょ」
「ん?」
かなえの隣の席の大志が2人をみた。
「俺が何か?」
「一緒に登校したんでしょ?」
「まぁな」
本当は3人一緒だ。
大志と圭太は去年から同じクラスで仲はいい。
しかし、かなえと同様に高校からの友達ということになっているのだ。
「かなえ、これ」
鞄の中から弁当の包みを出した。
「ありがと」
かなえが大志から石井が作ったお弁当を受け取った。
「あー、またぁ!」
その様子をみていたクラスメイトが指をさした。
「宇野君とかなえちゃん何で?」
ずっと気になっていたようだ。
「ほら、言ったでしょ。お弁当をよく届けてるし、つーか、同じ中身らしいし」
クラスメイトの1人が大きな声で隣にいた女子に話しかけていた。
「ばかっ」
そして話しかけられた相手は焦ったように言った。
「あんた知らないの?」
こそこそと話す声はそれでも大きくて、かなえと大志にも聞こえていた。
「いーよいーよ」
かなえが手を横に振りながら言う。
「私と大志は一緒に住んでるの」
「え?何で?」
「施設にいるんだよ」
ねー、とかなえと大志は顔を会わせた。
「いろいろ事情があって親と暮らせない子供達のいる施設があるの。そして、私は赤ちゃんの頃に捨てられてさ、施設が私の実家なのよ」
かなえは軽く説明ををした。
「この弁当はそこの職員さんたちが作ってくれるわけだ」
大志は弁当を指差した。
「そんなわけで、私と大志は想像してるような関係じゃないよ」
かなえが言うと、最初に声をあげた片町が聞いた。
「じゃあ、それを佐熊君は知ってるの?」
佐熊は急にふられて、かなえと大志を見た。
「あ、うん。前に話したことあるよ」
高校からの友達という設定をかなえは頑なに守ろうとしていた。
「ふーん…」
片町は意味ありげに圭太を見上げた。
「そうなの?」
「あ、うん」
圭太もかなえと大志の視線を浴びながら頷いた。
すると、それを少し離れたところでみていた樋渡が大志にむかって聞いた。
「宇野君もそうなんだ」
「ああ、そうだけど」
大志は首を傾げながら答えた。
「本村さんだけかと思ってたよ」
樋渡はかなえをみた。
「あれ?いってなかった?」
にこりとかなえは笑顔を樋渡に向けた。
そして、その様子を複雑そうに圭太と大志は見ていた。
かなえと大志のことは特に隠すことなく話していた。
もちろん、知っている人いるしも知らない人もいるのだ。
そして、圭太とかなえが付き合い始めたということと同時にかなえの生まれのことも広まり始めていったのだった。