第4話
「支倉さん、おはよう」
「清瀬くん、おはよう」
理音と出会った翌日、ひばりは彼女が通う『私立桜華学園』の教室に到着すると大樹が彼女を見つけて駆け寄ってくる。
「理音は何もしなかった?」
「うん……でも、清瀬くん、その聞き方だと理音くんがあたしに何かするって思ってたような言い方だよ」
「それもそうか? ゆっくり休めたか?」
大樹の質問の仕方にひばりは肩を落とす。その様子に大樹は苦笑いを浮かべると質問の仕方を変える。
「うん。休めたと思うよ。心配かけてごめんなさい!? い、いきなり、何をするの!?」
「うん。ボクはやっぱり、これは解放するべきだと思うんだ」
ひばりは大樹に頭を下げた時、ひばりの背後から忍び寄る影がある。その影は彼女の胸に手を回し、彼女の押さえつけている胸を揉みしだき、ひばりは驚きの声をあげる。
「……深月、朝から何をしてるんだよ」
「ひばり、ヒロ、おはよう」
影の正体は『弓永深月』と言う女子生徒であり、大樹は気まずそうに視線を逸らす。しかし、深月は気にする事なく、ひばりの胸を揉み続けている。
「い、いい加減にしなさい!!」
その時、ひばりに限界が来たようで、彼女はどこからともなくハリセンを取り出し、深月の頭をキレイに撃ち抜き、教室には小気味の良い音が響く。
「相変わらずの良いツッコミだね」
「良いツッコミじゃないよ!! 朝から何をするの!!」
深月はハリセンでしばかれた事など気にする事はなく、ひばりのツッコミを称賛するが、被害者であるひばりにとってはそれどころではないようで顔を真っ赤にしている。
「いや、ボクは登山家だから」
「……深月、お前は何がしたいんだよ」
しかし、深月は反省する事なく、両手をわきわきと動かし、再度、ひばりの胸を狙うような仕草を見せる。ひばりはそんな深月の様子に身の危険を感じたようでそそくさと大樹の背後に隠れ、大樹は大きく肩を落とした。
「冗談だよ。ねぇ、ヒロ、昨日、ニュースで理音が帰ってきたってやってたけど、何か聞いてる?」
「いや、何も昨日、怜生くんに会いにきたけど、その件に関しては何も言ってなかったな。帰国理由は不明。まぁ、いつものように気まぐれだろ」
深月はくすりと笑うと大樹に理音の帰国理由を聞くが、大樹は知らないと首を横に振る。
「深月ちゃんも理音くんと知り合いなの?」
「あれ? ひばり、理音の事を知ってるの?」
「支倉さんには昨日もウチの手伝いをして貰ったからな」
「それもそうだね……あれ? ひばりが男子を名前で呼ぶなんて何かあったかな?」
ひばりは深月の口から理音の名前が出てきた事に驚いたようで、大樹の後ろから顔を出す。大樹は簡単に昨日の話をすると深月は納得したのだが、ひばりの理音の呼び方が引っかかったようで首を傾げた。
「そ、それは……あの、理音くんとおばさんの話を凄く簡単にだけど聞いちゃって、それで理音くん、名字で呼ばれるのはイヤそうだったから」
「そうなの? なんだ。つまらないな。ひばりにも恋の予感かと思ったのに」
深月はひばりの反応に何もなかった事が理解できたようで面白くないと言いたげに唇を尖らせる。
「つまらないって」
「だって、考えてもみなよ。学内でも人気ありのこれと仲良くて噂にも上がってるのに進展も何もないわけだよ」
ひばりは深月の言葉に大きく肩を落とすが、深月にも彼女の言い分があるようであり、大樹を指差す。
「……深月、人をこれと言って指差すな。だいたい、俺が人気あるわけがないだろ。告白だってまともにされた事がないぞ」
「そ、そうだよ。あたしと噂なんて、清瀬くんに失礼だよ」
大樹は深月が言う人気にまったく心当たりがないようでため息を吐き、ひばりは噂になっている事を大樹に悪いと思っているようで全力で否定する。
「まぁ、噂に関して本当だけど、ヒロが告白されないのは、ねえ」
「うん。そうだね」
深月は含みのある言い方をすると、ひばりも何か心当たりがあるようで小さく頷く。
「何? その視線は?」
「別に何にもないよ。それより、理音は帰ってきたのにボクには何も連絡はないんだよ。まったく、薄情者だよ」
大樹は2人の視線に居心地が悪くなったようであり、視線を逸らす。深月はそんな大樹の様子に苦笑いを浮かべると自分へ何も連絡をしてこない理音への不満を口にする。
「まぁ、理音だしな。何かようがあったら、連絡してくるだろ。単純に会う時間がないだけかも知れないし」
「あ、あのね。理音くん、しばらくは日本にいるみたいだよ」
「あ、そうなんだ。それなら……出るかな?」
ひばりは理音の話から彼がしばらく日本に滞在する事は知っているため、その事を話すと深月は制服から携帯電話を取り出し、理音の電話番号を選択する。
「……ダメだね。時差ボケもあるから、寝てるかな?」
「いや、あいつの場合、時差ボケ何かにはならない気がするんだけどな」
しかし、理音は深月からの電話に出る事はなく、深月は不満そうな表情で携帯電話をしまう。
「日本にしばらくいるなら、機会もあるから、まぁ、良いけどさ」
「そうだな。あいつの事だから、商店街のタイムサービスでも覗けば見つかるだろ」
「だね。その時に見つけよう」
「タ、タイムサービスって、あの、タイムサービス?」
大樹と深月は理音を見つけるにはタイムサービスだと言い切るが、ひばりは2人の言葉が何を示しているのか理解できずに首を傾げる。
「そのタイムサービスであってる。なぜかわからないけど、血が騒ぐらしい」
「理音、おかしな所で火が点くよね」
「そ、そうなんだ」
ひばりの反応に大樹は苦笑いを浮かべ、深月はため息を吐く。2人から聞かされた理音の行動にひばりは何と言って良いのかわからないようで顔を引きつらせる。
「まぁ、理音の話はこれくらいにしておこう」
「何だ? 他に話があったのか?」
「まあね。と言うか、話を聞いたらちょっと懐かしくなって、ヒロにも教えておこうと思ってね」
深月はこれ以上は理音の話をしても仕方ないと判断したようで、大樹に新しい話題を振る。
「懐かしい話?」
「そ、小学生の時によく行ったお化け屋敷の事、覚えてる?」
「お化け屋敷? 街外れの洋館か? 忘れてないよ。昔、夜中に遊びに行って、父さんにがっつり怒られたからな。俺達は男だから、どうなっても良いけど、深月や葵を連れ回すなって」
深月の話に大樹は昔を懐かしむような表情を見せた後に怒られた事も思い出したようで頭をかいた。
「だね。理音とヒロはおじさん達にかなり絞られてたもんね」
「あぁ。それで、お化け屋敷がどうかしたのか?」
深月は大樹の反応にくすりと笑うと、大樹は深月が何を話したいのかわからないようで首を傾げる。
「あそこ、買い取ったモノ好きがいるらしいのよ。まぁ、かなり前何だって話だけど、それで、ちょっと懐かしくなちゃってね」
「あそこを? そりゃ、ずいぶんなモノ好きがいたもんだな。あの当時で、かなりボロボロだっただろ?」
「うん。そうなんだけど、かなりきれいになってるらしいよ……ひばり、どうかした? あれ? ひょっとして、ひばりもあそこの経験者?」
大樹と深月は話をしているなか、深月はひばりの顔が青ざめている事に気づく。
「う、うん」
「まぁ、近辺の小学生の度胸試しの場所だったしな。もしかしたら、小学生の時にも出会ってるな」
ひばりは小さく頷くと大樹は他の小学校も変わらないと思ったようで苦笑いを浮かべる。
「話はここまでかな? ひばりはこう言う話は苦手そうだし、その時の事を思い出すのも怖いだろうしね」
「う、うん。ありがとう。深月ちゃん」
深月はひばりの様子にお化け屋敷の話を止め、ひばりは深月の気づかいにお礼を言う。
「それじゃあ、話はここまでだな。しかし、あのお化け屋敷を買った人間か? どんな人だろうな? まさか、理音だったりしてな」
「理音か? ありそうでイヤね。あの時は何も見つからなかったから、幽霊を捕まえるとか?」
「……ありそうで何も言えないな」
大樹は冗談めかして、お化け屋敷を買った人間を理音ではないかと言うと、3人の間には微妙な空気が流れた。
「さ、流石に理音でもそんな事はしないよね?」
「そう願いたいもんだ。それより、鐘も鳴ったし、席に着こう」
「う、うん。そうだね」
3人は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた時、タイミング良く予鈴が鳴り、3人は自分の席に座る。