第2話
「あ、あの」
「ん? 着替えてきたか」
ジャージはひばりにとってはやはり大きかったようでかなりダボダボであり、恥ずかしいのか恐る恐る顔を覗かせた。理音はひばりに気が付くとこっちに来いと言いたげに手招きをする。
「お、おかしな事をしない?」
「……お前は俺を何だと思っているんだ?」
ひばりは理音が信じられないようで警戒を怠らず、理音はここまで警戒される意味がわからないようで眉間にしわを寄せた。
「だ、だって、いきなりあんな事をされたら……ねえ。あたしの……返して」
「返して? これか?」
「返して!?」
ひばりは理音と少し距離を取って座ると、顔を赤くして小さな声で自分のブラジャーを返して欲しいと言う。理音はひばりの声が全て聞きとれなかったものの、ある程度の予想が付いたようで先ほど、ひばりの服の中から抜き取った彼女のブラジャーを手にし、ひばりはブラジャー目がけて飛び付く。
「まぁ、落ち着け」
「どうして、懐にしまうの!?」
「ん? いや、これがあると話しにならないと思ってな」
理音はひばりの診察をするために不必要だと思い、1度、ブラジャーを懐の中にしまおうとするがその行動は変質者そのものである。
「……理音、お前は行動をもう少し考え直してくれ」
「ん? 別に俺はこんな布になど興味はないぞ。そうだな。素直に診察を受けるなら、返してやる。それができないなら」
「……わかりました」
大樹は2人の様子に気が付き、理音の行動をいさめると理音は少し考え、ひばりに交換条件を提示する。ひばりは素直に従わない場合に身の危険を感じたようで小さく頷く。
「ふむ。まぁ、心労性の過労だな。栄養はバランス良く取れている。睡眠時間も取れているようだが、ところどころに不調が見られる。無理に身体を押さえつけているから、身体のバランスが悪くなっているのもストレスになっている」
「……」
「何だ?」
「えーと、普通の診察だったから」
理音はひばりを診察すると、ひばりは理音をまだ疑っているようで警戒を緩める事はない。
「この程度が普通の診察なわけがあるか? 機材も何もないんだからな」
「……理音、お前は街の幼稚園に何を望んでいるんだ?」
理音は診察し足りないと言うが、大樹は彼の言葉にため息を吐く。
「わかっている。取りあえず、これは返すが、きちんと自分の身体にあった物を身につけろ。このままでは本当に体調を崩すぞ」
「……いや」
理音はひばりに預かっていたブラジャーを彼女の前に差し出す。ひばりは慌てて、ブラジャーを奪い取りながらも理音の言葉は聞けないと首を振った。
「なるほど、心労の原因はその身体のコンプレックスか?」
「……」
「……家ではなるべく、ゆったりしたサイズのものを着ていろ」
「うん……」
理音はひばりの様子にこれ以上、自分は何もできないと判断したようであり、眉間にしわを寄せる。ひばりは理音の出した妥協点に小さく頷く。
「とりあえず、支倉さん、今日は上がって、疲れてるみたいだし」
「え、でも、まだ、仕事も残ってるのに、あたしなら大丈夫だよ」
大樹はひばりの中にある疲労に気が付けなかった事に申し訳なさそうな表情で謝る。しかし、ひばりはそれでは大樹に悪いと思ったようで立ち上がろうとするが、バランスを崩してしまい、転びそうになる。
「……後は他人の忠告を聞くと言う事を覚えた方が良いな」
「あ、ありがとう」
理音は手を伸ばし、ひばりを支える。ひばりは思いもよらなかった理音の行動にお礼を言う。
「礼を言う前に、力を抜く事を覚えろ。それができない人間はいつか周りに迷惑をかけるぞ」
「……理音、お前が言う資格はないと思うんだけどな」
「俺は抜けるところは見極めてる」
大樹は理音が無茶をするタイプだと言う事を知っており、ため息を吐く。その言葉に理音は自分でやるべき事はやっていると言い切り、ひばりを下ろし、荷物を片付け始める。
「理音、そう言えば、お前、今日ってどこに泊まるんだ?」
「ホテルを取ってある」
「あれ? 怜生くんと一緒に帰るんじゃないの?」
大樹は理音の行動に小さくため息を吐く。しかし、理音は気にする様子もなく、片付けを続けているがひばりは1つの疑問が頭に浮かんだようで首を傾げた。
「あぁ、俺は怜生の顔を見に来ただけだ。こんなところに長居するつもりはない」
「お前、こんなところって言い方はないだろ……理音、お前、帰るなら、支倉さんを送って行ってくれ。女の子を1人で帰すのは危ないからな」
大樹は理音が広げていた荷物がすっぽりと彼の懐に入る様子に眉間にしわを寄せながらも、理音にひばりを家に送るように言う。
「へ?」
「ん?」
大樹の言葉に驚いたのはひばりである。大樹とは高校に入学してから、親しくなってきたため、家に送って貰っているのだが、彼が進めた理音は彼女にとっては未知の生物に近い。
「あー、警戒しなくても大丈夫だから、破壊力なら1人で、100人くらいなら、無力化できるから」
「それ、絶対に危ないよね!?」
「大丈夫だ。治療もしっかりとしてやる。基本はカウンターを主に仕掛けるからな。正当防衛を主張するしな。まぁ、暴力でも法廷でも負ける気はない」
大樹はひばりの心配をおかしな方向に捉え、理音も戦力に関しては負ける気はないようである。
「……あれ? あたしがおかしいのかな?」
「……違うと思います。お兄ちゃん、暴力はダメです」
ひばりは理音と大樹の様子に自分の常識が間違っていると思ってしまったようで眉間にしわを寄せると、怜生はひばりの味方をし、理音に自重するように言う。
「あぁ、気を付けよう。行くか?」
「あ、はい」
理音は怜生の言葉に頷くと大樹の提案を断る気もないようでひばりに声をかけた。ひばりはいきなりだったためか、慌ててしまい頷いてしまい、不味い事をしたと表情に出る。
「どうした?」
「え、えーと」
理音はひばりの様子に首を傾げる。ひばりは先ほど理音に襲いかかられているため、1歩、後ろに下がった。
「ん? そう言う事か、安心しろ。現状では恋愛感情もない人間に襲いかかるほどヒマではない」
「な、何?」
理音はひばりの様子に1つの推測を立てた後に彼女の顔をのぞき込み、ひばりは目の前に映る理音の顔に視線を逸らす。
「……行くぞ。総合的に判断して充分にクリアしているレベルだ」
「へ? どう言う事?」
「理音は支倉さんの事をかわいいって言ってるんだ」
ひばりは理音の言葉の意味がわからないようで首を傾げると大樹は理音の言葉を細くし、それを聞いたひばりの顔は真っ赤に染まって行く。
「な、何を言ってるの、清瀬くん!? そ、そんなわけないよ」
「……帰るんじゃないのか?」
ひばりはしどろもどろになりながら、理音からの評価を否定し始め、理音はいつまでも帰ろうとしないひばりの様子に眉間にしわを寄せた。
「そ、そうだけど、だ、だからと言って、初めてあった人に家に送って貰うわけにはいかないし……」
「安心しろ。ストーカーと言ったような変質者になるような事はしない。俺もヒマでもないからな。そろそろ、行くぞ」
「ふぇっ!? ちょ、ちょっと、何をするの!? あ、あたし、1人で歩けるよ!?」
ひばりは理音を信用しきっていないため、1人で帰ると言うが、理音は痺れを切らしたようで彼女を小脇に抱え込み、玄関に向かって歩き出す。ひばりは理音に持ち運ばれている事に驚きの声をあげる。
「……改めて、理音は凄いな」
「……お兄ちゃん、お姉ちゃんのカバンです」
大樹は2人の姿に苦笑いを浮かべ、怜生はひばりが手ぶらである事に気が付き、彼女のカバンを持つと理音に並ぶ。
「ん。怜生、すまないな」
「あ、ありがとう。怜生くん」
理音は怜生からカバンを受け取り、ひばりは理音の腕に抱えられたまま、怜生にお礼を言う。
「怜生、どうした?」
「……何でもないです」
「そうか? 時間があったら、また来るから、元気にしてるんだぞ」
「……はいです」
怜生は理音の顔を見上げており、その表情に理音は何か感じたようで首を傾げた。しかし、怜生は何も言うわけでもなく、理音は、怜生の頭を撫でると器用にひばりの靴を取り、彼女を抱えたまま、幼稚園を後にする。その背中を怜生は見えなくなるまで見送った。