第10話
「……本当にキレイになってますね」
「まさか、ここまでだとは思わなかったな」
週末になると約束した通り、大樹と葵は理音が買い取った洋館を訪れる。洋館は2人の幼い頃の記憶とは重なるが、その時と比較するとかなり真新しくなっており、2人は苦笑いを浮かべるとドアに取り付けられているインターホンを押す。
「おはよう。悪いな」
「まぁ、気にするな」
しばらくすると、理音が玄関のドアを開け、2人を中に招き入れる。
「ちょっと、座っていろ。今、飲み物を用意してくる」
「り、理音君、私がやります」
「いや、大丈夫だ。座っていろ」
理音は2人を居間に案内すると自分はキッチンに移動するが、大樹と葵は理音をキッチンに送り出す事が不安なようで顔を見合わせた。
「何だ?」
「いや、ちょっと、おかしな物が出てくるかとも思ったからな」
「おかしなもの? 飲み物を準備するだけだろ。市販のものを注いでくるだけで何が起きるんだ?」
理音は市販のオレンジジュースをコップに注いできたのだが、大樹は苦笑いを浮かべており、理音は首を傾げる。
「ま、まぁ、気にしないでください」
「ん? そうか。それより、深月はどうしたんだ? 寝坊か?」
「いや、何か、やる事があるから、先に行っててくれってメールがあった」
理音は深月がいない事に首を傾げると大樹は深月が何を考えているのか想像がつかないようでため息を吐く。
「まぁ、深月の事だ。ろくでもない事だろう」
「だよな」
「あ、あの。大樹君も理音君も深月ちゃんを信じましょうよ」
「そうだな。おかしな事をやっていると俺は信じているぞ」
「そうだな」
葵は理音と大樹の様子に苦笑いを浮かべて、深月を信じるように言うが、理音と大樹の深月の信じる方向は葵とは真逆である。
「とりあえず、始めるか?」
「そうですね」
「あぁ。悪いな。こっちだ」
大樹は深月を待っていても仕方ないため、理音の書庫の整理を始めようと言い、3人は書庫に移動する。
「あ、あの。深月ちゃん、どう言う状況?」
「まぁ、ひばりも細かい事は気にしない」
そして、まだ、理音の家に来ていない深月だが、彼女は怜生を連れてひばりを拉致して商店街に来ていた。
「今日って、理音くんの家に行くんじゃなかったの?」
「そうだよ。って、言っても、理音の事だから、昼食や何も考えてないと思ったからね。食材でも買いこんで行こうかな? って思ってね」
「それは確かに……何も準備してなさそうだね」
状況がいまいち理解できていないようで首を傾げるひばり。深月は彼女の様子に苦笑いを浮かべると食材を買い込みたいと答える。その言葉にひばりは小さく頷くも何が引っかかったようで腕を胸の前で組む。
「ひばり、どうかした?」
「えーと、何か忘れてる気がするんだけど……あ。そうだ。深月ちゃん、理音くんのところに食材を買い込んでもダメだよ。理音くん、料理しないから調理器具なんかきっと持ってないよ」
理音が料理しない事を思い出したひばりは食材を買ったとしても無駄になる可能性が高いと言う。
「あー、それなら、きっと大丈夫だよ。理音の事だから、服の中から色々と出てくるから」
「……お兄ちゃん、何でも持ってます」
「……どうして、キッチンに調理器具があるかもじゃなくて、服の中から出てくるなんだろう?」
深月は理音の事だから、どうにでもなると言い切ると、ひばりは服の中からいろんなものを取り出している理音の姿を思い浮かべたようで小さくため息を吐く。
「と言う事で、買い物なわけだよ。ひばりも手伝って」
「で、でも、あたし、手伝いに行くって約束したわけじゃないし、迷惑にならないかな?」
「ならない。ならない。それにボク達が片付けを手伝ってると怜生くんの相手をする人もいないし、ひばりには怜生くんの相手を任せたいんだよ」
「……お兄ちゃんの手伝い。僕もしたいです」
ひばりは理音の家の片付けの頭数に入っていなかったため、首を大きく横に振るが、深月は気にした様子もなく、買い物かごに食材を入れて行き、怜生は理音の手伝いがしたいようで右手をあげる。
「深月ちゃん、怜生くんを理音くんのところに連れて行っても良いの?」
「良いの。良いの。元々、おばさん、今日は仕事でボクの家で預かる事になってたんだよ。お母さんに預けて置いても良いんだけど、怜生くんも理音と一緒が良いよね?」
「ハイです」
ひばりは理音と彼の母親の怜奈の関係が上手く行っていない事もあるため、怜生を理音の家に連れて行って良いのかと不安そうな表情をする。
しかし、深月は特に気にした様子もなく、怜生も深月の言葉に頷いている。
「でも」
「おばさんにも理音のところに連れてくって言ってるから問題ないよ。おばさんも反対してるわけじゃないし」
「そうなの?」
ひばりは深月が怜奈に内緒で理音の家に連れて行こうとしていると思ったようだが、深月はしっかりと許可を取っており、予想外の言葉に首を傾げた。
「うん。別にあの2人はケンカしてるわけじゃないし。どっちかと言えばすれ違ってるだけだから」
「すれ違ってるって、それがわかってるなら、どうにかしないと」
「そうなんだけどね。2人もとも頑固だから」
ひばりはどこかで理音と怜奈の関係をどうにかしたいと思っていたようで声を上げ、深月は彼女の反応に表情を緩ませた後、小さくため息を吐いた。
「頑固だからって」
「まぁ、ひばりの言いたい事もわかるよ。でも、ボク達だって、色々とやってきたわけだよ。それでもね。譲れないものってあるんだよ。きっとね」
「でも、家族なら」
「違うよ。家族だからこそだよ。そして、それはボクやヒロ、葵も一緒。幼なじみだからこそ。踏み込めない領域があるんだよ」
深月の言葉に納得ができないひばりは声をあげるが、深月は彼女が声を上げてくれた事を嬉しく思っているようで表情を緩ませるも、自分達には理音と怜奈の間に踏み込めないと笑う。その表情には複雑なものが見え隠れしている。
「踏み込めない領域?」
「そう。理音とおばさんの過去を……2人に何があったか知っているから、踏み込めない事がある。そう言うのを壊せるのは何も知らない人間なんだよ。ね。ひばり」
「あ、あたし? む、無理だよ。それはできる事があるなら、協力したいけど」
「そう思ってくれたら良いよ。そう思ってくれるひばりが居てくれてよかったよ」
深月はひばりに協力して欲しいと言う。しかし、ひばりはそんな事を突然、言われても困ると大きく首を横に振った。深月はひばりの様子にくすりと笑う。
「さてと、話はここで終わり。買い物を済ませて、理音の家に行こう」
「う、うん。そうだね……深月ちゃん、こんなに買い込んで良いの? それも高いのばっかり!? お金足りないよ!?と言うか、持って行ける? 理音くんの家って、商店街からじゃ、距離があるよね?」
「問題ないよ。タクシー使うし、料金はもちろん理音持ちで」
ひばりは深月が買い物かごに入れた食材を見て、驚きの声をあげるが深月は気にする様子などまったくなく、レジに並んで行く。
「い、良いのかな?」
「大丈夫です。お兄ちゃん、そんな事じゃ怒りません」
「でも、理音くんはタイムサービス好きなら、節約とか好きなんじゃないの?」
「……違います。お兄ちゃんはタイムサービスが好きなだけです」
「……えーと、大丈夫かな?」
ひばりは深月があてにしている理音の財布の中身が気になるようだが、怜生は心配ないと笑う。それでも、ひばりは心配なようで大きく肩を落とす。