第1話
「支倉さん、いつも悪いね」
「清瀬くん、気にしないで、あたしも好きでやってる事だし」
すでに日が落ちたなか、時間外保育を行っている個人経営の幼稚園の1人息子である『清瀬大樹』はクラスメートで標準体形より、かなり小さな体躯を持つ少女『支倉ひばり』に礼を言う。ひばりは大樹の言葉に気にする必要はないと笑顔を見せた。
「悪いな。バイト代、上げられないか交渉しておくから許してくれ」
「だから、気にしなくても良いよ。いつも言ってるよね……それに家に1人でいるよりは気がまぎれるから」
大樹は申し訳なさそうに謝り、ひばりは小さくため息を吐いた後、小さな声でつぶやく。
彼女は小学生の頃に母親の『美空』を亡くし、現在は父親の『陽介』と2人暮らしなのだが、陽介は仕事で家を空ける事が多い。
「何か言ったか?」
「な、何でもないよ」
「そう」
大樹はひばりのつぶやきが聞きとれなかったようで首を傾げるとひばりは自分の弱みを見せたくないため、慌てて誤魔化そうとする。そんな彼女の様子に大樹は追及する事しない。
「そ、それより、みんなは何をしてるかな? ……怜生くん、面白いテレビでもあるの?」
「……お兄ちゃんがいます」
ひばりは逃げるように幼稚園に残っている園児達の様子に視線を移す。園児達はそれぞれおもちゃや友達と遊んでいるのだが、その中で『前田怜生』と言う園児が兄がいると言い、テレビの画面を指差す。
「お兄ちゃん? 怜生くんってお兄さんがいたの?」
「……はい」
怜生はひばりの近所で住んでいる。前田家は母子家庭であり、ひばりは怜生と自分をどこか重ねあわせていたのだが、怜生に兄がいる事は知らなかったようで驚きの声を上げた。
「お兄ちゃん? 怜生くん、理音がどうかしたのかい?」
「清瀬くんは怜生くんにお兄さんがいるのを知ってたの?」
「そりゃ、理音はガキの頃、ここに通ってたし」
「それもそうだよね」
大樹は怜生の兄と面識があるようで苦笑いを浮かべる。ひばりは大樹の様子に少し納得がいかなさそうな表情をするが大きく頷いた。
「……ヒロ先生、お兄ちゃんが」
「……これって生じゃないよな? テレビ局も良く放送する気になったな。まぁ、武器を使ってない分、今回の帰国はまだマシか?」
「……火薬はエコの時代に反するって言ってました」
大樹はテレビの画面に映る怜生の兄の『前田理音』が表情を変える事なく、自分を取り囲んでいる報道関係者をつかんでは投げ、つかんでは投げて直進して行く様子が報道されている。
「……清瀬くん、怜生くん、怜生くんのお兄さんってどんな人なの?」
ひばりはテレビの中に移る理音の様子に彼が何者か理解できないようで顔を引きつらせながら2人に理音の事を聞く。
「えーと、説明しにくいんだよな。簡単に説明すると理音は天才って奴なんだよ」
「天災?」
「いや、あの様子を見るとそう言いたくなるのもわかるけど、頭が良い方」
大樹の口から出た『天才』と言う言葉をひばりは違う意味で捉える。大樹はひばりの言いたい事もわかるようで苦笑いを浮かべた。
「……失礼な言い方かも知れないけど、あの様子を見ると頭が良いと思えないんだけど」
「言いたい事もわかる。まぁ、あの様子は置いておいて、当時、結構なニュースになったと思うんだけどな。小学生の頃だし……あまり言って回りたいニュースでもないし、支倉さんのお父さんが聞かせるのを避けたのかな?」
「べ、別に言いたくないなら言わなくても良いよ」
大樹は昔を思い出したようで話して良いものか悩んでいるのか乱暴に頭をかく。ひばりはあまり見ない大樹の様子に理音の話があまり公にしたくない話だと思ったようで大樹に話す必要はないと言う。
「そう言ってくれると助かるよ」
「あ、あのさ。清瀬くんと怜生くんのお兄さんってお友達?」
「まぁ、理音はあまり良い顔しないと思うけど、俺はそう思ってるよ」
大樹はテレビの中に移る理音の姿に視線を戻すとひばりの疑問を肯定する。
「……俺も別に否定する気はないがな」
「……お兄ちゃん」
「理音、お前はどこから湧いて出てくる? と言うか、いきなり大量の土産物を取り出すな!?」
その時、ひばりと大樹の背後から声が聞こえる。その声の主はテレビの中に移っている理音である。怜生は兄の姿を見るなり、理音に駆け寄った。理音は表情が豊かではないようで笑う事もなく、怜生の頭を撫でた後、懐から絶対に出てくるはずのない量のお土産のお菓子を取り出して行く。
「……これ、何?」
「見てわからないか? 土産物だ」
「そ、それはわかるけど、絶対に持って歩ける量じゃないよね!?」
ひばりは目の前で起きているあり得ない光景に顔を引きつらせるが、理音は気にする事はなく、土産物を出し終えたようで怜生を抱きかかえた。
「お兄ちゃん、お帰りなさいです」
「あぁ、ただいま」
「相変わらず、どうやって、こんな大量の物を詰め込んでるんだよ」
大樹は大量に積み上げられている土産物の山に大きく肩を落とす。
「何度も言わせるな。カバンに入らない。持って歩けないと言う奴は単に整理整頓ができないだけど、見てみろ。こうやって、しっかりと詰め込める人間だっているんだからな」
「へ? な、何をするの!?」
理音は1度、怜生を床に下ろすと何を思ったのかひばりへと視線を向ける。ひばりは理音が何をするかわからずに驚きの声を上げた。
「見ろ。詰め込める人間がいるだろ」
「いや、それは凄く言い難い。と言うか、お前は何をしてるんだ!?」
理音は短く答えるとなぜか、彼の右手には本来、そこに存在してはイケない物が握られている。ひばりは今、自分に何が起きたか理解できないようでその表情は戸惑いしかない。
しかし、理音の手の中に収まった物はひばりのある1部分を無理に抑えていたようであり、その部分は一気に膨張して行く。大樹は理音の行動の結果を見て、恥ずかしくなったようで慌てて視線を理音とひばりから逸らす。
「え? な、何で? ……いきなり、何をするの!?」
ひばりは理音の手の中にある物が自分のブラジャーだと認識すると顔を真っ赤にしてどこからともなくハリセンを取り出し、鋭い1撃を理音に向かって放った。
「あれ?」
「身体のサイズに不釣り合いだと思って、抑えつけているんだろうが、身体に悪い。止めろ」
しかし、そのハリセンは理音を打ち抜く事はなく、理音はひばりの身体を受け止めた。
「な、何をするの!?」
「……大樹、どこかにこの娘を寝かすところはないか? 無理にこいつで抑えつけていたせいか、ところどころに不調が見られる」
理音はひばりを抱きかかえると大樹に彼女を休ませるところはないかと聞く。
「あぁ。そうだな。取りあえずはこっちに運んでくれ……流石に園児の布団じゃ、寝れないだろうし」
「あたし、そんなにちっちゃくないよ!?」
「暴れるな」
大樹はひばりの身長を確認して、理音を案内すると答える。ひばりは大樹の言葉に自分の身長を気にしているのか、大きな声をあげるが理音は小さくため息を吐くとひばりを抱えたまま、大樹の後ろを追いかけて行き、その後を怜生は遅れてついて行く。
「緩めるぞ」
「な、何を言ってるの!?」
理音は案内された応接室のソファーの上にひばりを下す。理音は抑えつけられていたものが苦しげに見えるためか、ひばりの制服のボタンを外そうとするが、ひばりは顔を真っ赤にして、自分の身を守るように理音と距離を取ろうとする。
「……理音、流石に、それはダメだろ。周りから見たら、お前が支倉さんに襲いかかっているようにしか見えないぞ」
「ん? あぁ、そう言われるとそう見えなくもないか? これなら、どうだ?」
「いや、おかしなプレイに見えるから、止めろ」
大樹は理音とひばりの様子にため息を吐くと、理音は少し考えるような素振りを見せる。そして、1つの答えを導き出したようで、懐から白衣と聴診器を取り出す。しかし、それは何も解決はされていない。
「何を言っている。これは正装だ」
「いや、それはわかってるけどな。それに例えそうだとしても、支倉さんはお前が何者か理解していないわけだし、支倉さんから見れば、ただの変質者にしか見えないから」
大樹は理音にまずはひばりに説明する事があるのではないかと言い、大きく肩を落とした。
「……」
「変質者だと?」
ひばりは大樹の言葉にこくこくと頷く。理音はそんなひばりの反応に変な疑いは止めてくれと言いたげに眉間にしわを寄せた。
「理音、医者と患者には信頼関係が必要なんじゃないのか?」
「……確かにそうだな。前田理音、これでも医者で専攻は薬学だ」
「お医者さん?」
理音は大樹の言葉に一先ず、自分の事を知らそうと懐から名刺を取り出す。ひばりは名刺を受け取りながらも理音が医師だとは信じられないようで疑いの視線を向けている。
「普通は信じられないだろうな」
「……別に信じたくないなら、信じる必要はないが、まずは楽な格好にするぞ。良いな?」
理音は下心はないと言い、ひばりの診察に移ろうとするが、ひばりは何かに怯えるように身体を縮こまらせてしまう。
「……お兄ちゃん」
「あぁ。わかった。取りあえずは、無理に抑えつけているのは身体に良くない。俺達は1度、出て行くから、ボタンを緩めて上からこれを着ていろ」
怜生は理音のズボンを引っ張る。理音は怜生の声に耳を傾けたようでひばりの様子を確認すると懐の中から、彼女の身体のサイズには大きすぎるジャージの上着を渡すと怜生と大樹を連れて応接室を出て行く。