クラスマッチ(春) 5
「さすがだね、一見病弱可憐な少女とは思えない動きだよ」
「先輩こそ、いろんな意味で常識はずれです、ねっ」
「はは、褒めても何もないよ?」
「すみません、言葉を間違えたようです」
「それにしても、他を全て九郎君に任せて一対一で来るとは。下克上かい?」
「嫌です先輩、下克上は下から上にするものですよ?」
「あれ、俺先輩だよね?上じゃないんだ?」
「先輩は斜め右辺りです」
「それは……どこ?」
楽しげに会話を交わしながら、二人は走り続けていた。
時折、跳びながら。
「さて、そろそろ逃げられないよ?」
「!」
そこは、壁で囲まれた廊下の端。
「制限時間まであと少し……頑張ったけど、ここまでだよ」
「あら、"これから"の間違いでは?」
そう言うと、王貴は微笑みながら抱えた。
消火器を。
「……それの使い方知ってる?」
「消すんですよね」
「何を!?でも何か楽しそう!」
「ですよ、ね!」
勢いをつけて、王貴はそのまま司春に向けて駆け出した。
そして、通り過ぎた。
「え、殴らないの!?」
「殴りませんよ!!?」
そのまま通り過ぎる算段だったのだが、思わず返答してしまった。
司春はその隙を逃さなかった。
「あ!」
「捕まえた。まだまだ、甘いね」
「……!」
しっぽをとられるその直前。
王貴が不意に咳きをした。
廊下に、赤い染み。
「王貴!?……え」
「お疲れ様でした」
王貴のねぎらいの言葉に、片手だけ挙げて九郎は答える。
息を切らせながらも、ちゃんとしっぽをつけて。
「そろそろ競技も終わるから、戻りましょう」
「ああ……先輩は?」
「先程沢城先輩が引き取りにこられました」
「……了解」
引きずられていったであろう姿を思い浮かべ、九郎は立ち上がった。
ふと、王貴に手を伸ばす。
「大丈夫だったみたいだな」
「……特技がありますから」
微笑む王貴の頭を撫でてあげながら、九郎は笑った。
二つのしっぽが、ゆらりと揺れていた。
数分前。
「王貴!?……え」
「甘いですよ、先輩?」
「……やられた」
思わず手を離した司春から、王貴が距離をとる。
口元を拭いながら、王貴は微笑んだ。
終了の合図が、鳴り響く。
「……大丈夫なんだ?」
「はい、これも特技ですから」
「それは凄いね、誰にも真似できないや」
「先輩なら、特技出血、にできそうですけどね」
「……その手があるか」
「……ですよね」
結局、司春は復活しなかったものの、彼の言ったとおりに彼のクラスは優勝していた。
恐らく、彼により全てを押し付けられた"彼女"の功績でだろう。
「相変わらずだったな、先輩」
「本当。人を困らせるのが好きな人だよね」
困らせられるのも好きなくせに、と。
二人は顔を見合わせて笑った。