クラスマッチ(春) 1
「ガラスは弁償、休みのうちに業者が来て直してくれるって」
「そう、よかった」
そう言って、王貴はソファに座り優雅にお茶を飲んだ。
ここは学校なのだが。
もはや言う気にもならず、九郎はため息を吐いた。
「九郎、ため息は幸せを吐き出すんだぞ」
「……そう」
亜丞に差し出された菓子を口に含みながら、九郎は笑った。
「そうそう、今日ここに来た目的なんだけど」
「……あったのか」
「もちろん」
てっきり王貴の気まぐれかと思っていた九郎と亜丞は少し驚いた顔になる。
世乃も聞かされたのは遅かったのか、苦笑いを浮かべる。
「ほら、クラスマッチだよ」
「……ああ、そういえば」
天祥学園では、春と秋の二度、クラスマッチがある。
学年別に競技を行い、一位のクラスには褒美もあるため、生徒のやる気も大きい。
「それで、その事前打ち合わせか」
「そうだよ。世乃」
王貴の言葉に、世乃は一枚の紙を取り出して読み上げる。
「今回の競技は、"しっぽとりゲーム"」
間。
「まあ無難だな」
「去年に比べたらなあ」
思い返される昨年。
鬼チームとその他の複数チームによって行われた"変則缶けり"。
缶を蹴ったチームが勝ち、誰も蹴れなかった場合には鬼チームが勝ち、となっていた。
が。
缶が増えたり減ったりする減少が起き、もはや駆け回り逃げ回り走り回り回り回っている状態。
最終的に当時の生徒会により事が治められたことは、記憶に鮮明である。
普通のスポーツにすれば、というのは、禁句である。
学園中が、この行事を楽しみにしているのだから。
作戦を組んでまで優勝を狙うまで、本気で取り組むほどに。
プリントを受け取り、見ていた九郎が呟く。
「……ルールもしっかり出来てる。これで十分なんじゃないか?」
「ところが、そうもいかないんだよ」
「と、言うと?」
「あ、ハンデだな?」
亜丞が思いついてそう言うと、王貴はうなづいた。
一応団体戦であるので、しっぽを取った数ではなく、最後に残れるかどうかである。
「缶けりより個人戦になりそうだから、せめて運動部にはハンデがいるって言われて」
「具体的には、しっぽの長さくらいしか思いつかなくて」
王貴の持つ紐は、片方が長くもう一方は短くなっている。
確かに、長ければしっぽはとられやすいし、そうなると気にして動きも鈍くなるはずである。
「で、それだけじゃ心もとないので、生徒会の出番だよ」
生徒会はクラスマッチには参加せず、主に審判などの仕事を行う。
「審判で手助けするのか?」
「それは当然の事として、はいこれ」
そう言って、九郎に渡されたのは。
「……しっぽ?」
「しっぽ」
「しっぽ……」
とりあえず受け取って、どうしたらいいものかと首を傾げる。
あわせて首をかしげながら、王貴は微笑んだ。
「題して!生徒会チャンスターイム!で、どうかな?」
…………
(凄く明るい響きの中に恐ろしさが見え隠れしているっ……!)
しっぽを握り締め、九郎は叫びそうになるのを堪えた。
王貴はいまだ、有無を言わせぬ微笑を携えている。
(あ、これは駄目だな)
「つまり、途中復活制度か」
「うん。不利なチームの脱落者が、もう一回参加できるように」
「……俺がしっぽをもつ意味は?」
「もちろん、脱落者から奪われないように!」
つまりは、逃げ回れ、と。
競技管理をしながら逃げ回るのは、おそらくだが大変だろう。
「全員対応してたら大変だから、ある一定時間で下位だったクラスに限定はするけどね」
「それでもきついだろうな」
「もしかして、全員やるの?」
運動神経に自信がない世乃が不安そうに尋ねる。
「人数的にそうなるかな」
「うう……」
生徒会の人数は、クラス人数と比べればもちろん少ない。
まだやったわけでもないのに、既に疲れた顔で世乃はうなだれる。
しっぽを受け取りながら、亜丞はその頭を軽くぽんと叩いた。
「大丈夫大丈夫、危なくなったらしっぽ投げて逃げろよ」
「危ないって何」
「いざとなったら大声を上げるんだぞ」
「いざって何!!?」
クラスマッチまで、あと五日。