ツンとした恋
登場人物 大河内愛理 上條九郎
「きゃ……」
教室の前方。
黒板を消していた大河内愛理は、後ろへとバランスを崩した。
「っ…………?」
「大丈夫か?」
「!!?」
後ろへ倒れることの無かった愛理を支えていたのは、クラスメイトの上條九郎であった。
寄りかかっていることに気づき、慌てて愛理は離れて体制を立て直す。
「平気よ、このくらい」
「そっか。手伝おうか?」
「別にいいわ」
ツンとした返しにも、気を悪くすること無く。
むっとした顔で、愛理は顔をそらしてまた黒板を消し始めた。
九郎が離れたのを確認して、小さく息を吐く。
(また、やっちゃった……)
人見知りからくる、人に対するつれない態度。
改めなければいけないことは分かっていても、なかなかできない。
付き合いの長い友人だといいが、初対面の相手などにとっては、いい気はしないだろう。
でも、少なくとも彼はそうではなかった。
初対面のときも。
進級して、新しいクラスになったばかりの頃。
愛理は、教室の扉を出たところで人とぶつかってしまった。
どちらが悪いわけではなかったのだが、何時もの様に、愛理はツンとした態度を取った。
「ちょっと、気をつけなさいよ!」
声に出してから、はっとする。
またやってしまった、そう思いながら相手の顔を見る。
「悪い、大丈夫か?」
怒ることも、ひるむことも無く。
ただ本当に心配したように、愛理にそう尋ねてきた。
「……大丈夫よ」
「そっか、ならよかった」
子供を心配する親の様に微笑むその姿は、とても印象深かったのを覚えている。
(……怒ってないよね)
ちらりと後ろを見る。
九郎は何事も無いように、自分の席にいる。
そして何時もの様に、あの可愛い幼馴染の世話を焼いているのだ。
「…………ありがとう」
聞こえていないと分かりながら、とても小さな声で、愛理は呟いた。