生徒会の夏休み(満喫中)
眩しいけれども心地よい日差しが辺りを照らす。
白い砂浜に反射して、靴下も靴も脱ぎ捨てた足の裏から、熱が伝わる。
「王貴ちゃん日差しは大丈夫?」
「これくらいなら平気です。ちゃんと屋根もありますし」
「水分もちゃんと用意してますからね」
そう言ったのは九郎で、手元には2リットルのペットボトル。
「王貴に限らず、水分補給に気をつけてくださいね」
「流石やね、母様みたいやわ」
「お母さんはないだろ」
ふふ、と、扇子を口元に当てながら微笑む、龍禅寺蓮花。
その隣で笑みを浮かべつつもたしなめる岸宮。
元生徒会のメンバーであり、王貴たちの先輩にあたる人物。
「あら、褒め言葉のつもりやけど」
「蓮花はそのつもりだろうね……それより、海には入る?」
そう言って、宮は軽く海の方を指し示す。
せっかく海に来たのだから。
「そうですね。少し暑くなってきましたし。王貴は?」
「まだいい。九郎、行っていいよ」
広いテラスであるが、誰かしらそこにいるだろう。
そういって、王貴は軽くひらひらと手を振った。
「何かあったら誰か呼べよ」
「大丈夫だよ、ここには人入ってこないみたいだし」
そう、ここはあくまで私有地。
一般の人が出入りできないようにはなっている。
「まあ、だからなんだけど」
「?」
だからこそ。
そのような場所へあえて入ってくるような輩は、王貴の気分を害しかねない。
学校ではないとはいえ、マナー違反はよろしくない。
「大丈夫だよ。だって、何かあったら来てくれるでしょう?」
「…………まあ、そうだけど」
満面の笑みを浮かべた王貴に、九郎はため息を返した。
海には、先に亜丞と世乃がいた。
「よお」
「九郎君も海に入りに?」
「ああ……少し冷たいな」
足元からひやりとして、一瞬躊躇うが、そのまま足をつける。
海面は日差しを反射して、きらきらと目に痛いほど眩しい。
「世乃、パーカー濡れないか?」
「濡れてもいいのだから大丈夫」
「せっかく水着なのに、もったいない」
「亜丞君!」
少し恥ずかしがりながら世乃は声を上げる。
亜丞は冗談半分で言ったのだろうが、半分は事実だろう。
世乃の水着はシンプルだが、形と白色が綺麗な水着だった。
もっとも、上からクリーム色のパーカーを羽織っている為、全部は見れないのだが。
先程蓮花が来ていたのは、ブラウンのロングパレオ。
宮は下はハーフパンツで上はキャミソールタイプのボーイッシュな物。
六花の水着は胸元とスカートがフリルになっているが、薄桃色でそんなに華美ではないもの。
どれもそれぞれの個性にあっており、似合っているものだ、と九郎は思う。
「王貴ちゃんの水着もかわいいよね、今は上着きちゃってるのかな」
「ああ、今は上からTシャツ羽織ってるよ」
王貴の水着は黒のセパレート……というか、ビキニである。
どうせ上から羽織るのだからと、露出は多めにしたのだとか。
やはりこれも、王貴に似合っているものだった。
「髪型は九郎がやったのか?」
「流石に伸ばしたままは邪魔になると思ってな」
「あの纏め髪、可愛かったね。九郎君器用だなあ」
「世乃も結ぶなら俺しようか?」
「え、いいの?……うん、じゃあお願いしようかな」
「亜丞も長いし結ぶか?」
「やめてくれ、洒落にならん」
肩につくほどまで伸びた亜丞の髪を見ながら。
わざとらしく笑みを作った九郎に、亜丞は苦笑い気味に返す。
冗談を言い合う二人に、世乃は笑みをこぼした。
そして、それから少しして。
世乃の髪を結ぶ為にテラスに戻ってくると。
「…………王貴ちゃんは?」
「え」
ふと世乃が尋ね、九郎は辺りを見渡す。
いない。
「いつの間に……ここで待ってろっていったのに……」
「そんなに遠くには行ってないと思うけど……どうしよう」
聞きつけた司春と六花がやってくる。
「王貴が迷子?」
「どうしよう……危ないところに行ってないといいけど……」
「あの子はいくつだ」
世乃の言葉にそう言いつつも、六花としても心配ではある。
王貴がしっかりしているとは言っても、好奇心は旺盛だし、何より他から絡まれかねない。
「どうかしたんですか?」
「慧斗!王貴見なかったか?」
「会長ならさっきまでここにいましたけど」
「それが、今いなくなったんだ」
「……慧斗、さっき王貴と話したときにそれは食べてた?」
少し考えながら、司春が慧斗に尋ねる。
不思議に思いながらも、慧斗は答えた。
「食べてましたけど」
慧斗の手元には、日差しを浴びてより一層輝く氷の山があった。
「もしかして一人?良かったら一緒に遊ばない?」
王貴は知らない人物から声をかけられ、立ち止まっていた。
手には、先程買ったかき氷が二つ。
慧斗が食べているのを見て、欲しくなったので買いに来たのだ。
(それにしても)
カキ氷を二つもっているのに何故一人だと思うのだろうか、王貴は不思議で仕方なかった。
そもそも、海に一人で来るという選択肢は、あまり選びたくない。
サーフィンなど趣味や目的があるのなら別だが。
「一人じゃないので、それじゃあ」
「友達と一緒?なんならその子達と一緒でもいいよ」
恐らくナンパの類だろう、王貴はそれが分からないほどではない。
冷たくなり始めた手先がつらいので、王貴はさっさと終わらせようと口を開いた。
「友達も一緒で良いんですか?男の人にも興味があるんですね」
しかし、中々しつこい相手らしい。
少々ひるみはしたものの、今度は王貴の手を掴んできた。
「じゃ、じゃあさ、そいつは放っておいて俺たちと遊ぼうぜ?」
遠まわしでは駄目だったか。
ならば直接的に、と王貴がまた口を開こうとすると。
「放っておくとか、そんなこと言わないでもらえます?」
「誘うんなら全員まとめてさそってくださいよ」
「九郎、亜丞」
いつの間にか自分の後ろに立っていった二人に、少し驚きつつ王貴は振り返る。
つかまれていた腕も、九郎によって外された。
「で、どうする?」
亜丞がにこりと、けれど友好的ではない笑みを見せる。
「あ、えーっと……」
「あはは、失礼しましたー」
威圧されたのか、男たちは笑いながらも冷や汗を浮かべ、そそくさとその場を去っていった。
やれやれ、と亜丞はため息を吐く。
「かき氷が食べたくなったにしても、せめて誰かに言ってから動けよ」
「世乃が凄く心配してる。他の皆も」
「それは、ごめんなさい」
心配をかけたことは申し訳ないと思うのか、王貴は少し眉を下げる。
出来れば勝手に出歩いたことも申し訳ないと思って欲しいのだが。
そう思いつつ、九郎は掴んでいた王貴の手を離した。
「今だって危なかっただろ」
「危なくは無かったよ」
「両手もふさがってただろ」
「九郎、人間には足があるんだよ」
にこりと、王貴はいい笑顔を浮かべる。
止めにきてよかった(相手の為にも)。
九郎は、はあ、とため息を吐いた。
「じゃあ俺戻って世乃たちに伝えてくるわ。お前たちはゆっくりでいいぞ、それこぼすなよ」
亜丞の背中を見送りながら、九郎は王貴に振り返った。
「カキ氷一つ持とうか」
「というか、もらって」
「え」
「これは九郎の分。皆分はもてなかったから何回か分けて買おうと思って」
はい、と王貴は鮮やかな黄色のカキ氷を差し出す。
受け取るときに触れた指先が、冷たい。
「……これ、置きに言ったらもう一回買いに行くか」
「うん」
王貴は満足げにうなづいた。
「王貴ちゃん大丈夫かな……」
「とりあえず、せの先輩は落ち着いてください」
立ったままそわそわとしている世乃を、とりあえず、と慧斗は座らせる。
座ったものの、来ているパーカーのすそを握るようにして、落ち着かない様子でいる。
「九郎先輩と亜丞先輩が探しに行きましたし、もしものときは元会長たちがいるんですし、大丈夫ですって」
「そう、だよね」
「自分も探しに行こうとしないでくださいね、迷子が増えるだけですから」
「う……うん」
亜丞と九郎にも止められているからか、大人しく世乃はうなづいた。
最も、止められた理由は迷子だけではないだろうが。
世乃も、王貴と同じく、人目を引く容姿の人物である。
もっとも本人はそれが理由だとは思っていないだろうが。
「そういえばそれは何味なの?真っ白に見えるけど」
「みぞれです。食べてみます?」
「え、いいの!?」
「どうぞ」
しゃくり
差し出されたカキ氷を受け取り、ストローで出来たスプーンを使い、すくいあげる。
小さな氷の山は、口に入ると同時に溶けてなくなるが、同時に味が広がる。
「あ、おいしい。ありがとう慧斗君」
「いえ……あ」
「おーい、王貴見つかったぞ」
「本当!よかった」
慧斗が振り返った先で。
少し離れた場所から亜丞が歩きながら伝えた言葉に、世乃はほっと胸をなでおろす。
「司春先輩の言うとおり、カキ氷買いに行ってたよ」
「とりあえず一安心、てところですね」
「うん」
やれやれ、と慧斗は軽く息を吐いて。
慧斗は、未だ山が残っているカキ氷を、頭から直接かじった。