生徒会の夏休み(準備)
生徒会で海に行くことになった。
のだが。
「何で水着買うのについていかなきゃ行けないんすか」
「あはは……」
目の前で楽しそうに和気藹々と水着を選ぶ女性人を見て。
呟いた慧斗に、九郎はもはや苦笑いしか浮かばなかった。
「まあ、水着以外にも必要物の買出し……と、その荷物もちだな」
「というか何時まで続くんすか、あれ」
「慧斗、よく覚えとけ。女性の買い物はとにかく長い。そして男はそれを待つ運命にあるんだ」
「……九郎先輩、なんか悟ってます?」
「桃子さん……九郎の母親が買い物好きだからな」
幼いころから既に慣れ親しんでしまったとはいえ、疲れないといえば嘘になる。
既に疲労感を感じるのは多分気のせいでは無いのだろう。
「先に他の買い物を済ませていても怒られはしないだろう。が」
「目を離すのも、なあ……」
目を離したときに何が起こるかわからない。
3人とも身内の贔屓目を覗いても、容姿は整っている。
絡まれたりするかもしれない。
そして、それにたいしてしかるべき"対処"を行うだろう。
その(特に後者への)不安感は、今の疲労感をはるかに勝る。
「「「………………」」」
三人は無言で向き合った。
「九郎先輩って本当苦労人ですね」
「おまけにじゃんけんも弱いと」
必要物資の買出しに向かいながら、慧斗と亜丞は言った。
九郎一人を女性人のもとへ残して。
「とりあえず頼まれたのは保存の利く食料類と皿とコップと」
「ビニールシートとかはいいんすか?」
「ああ、屋根とデッキがあるらしいから大丈夫だそうだ」
「……会長も亜丞先輩もたいがいですけど、どんだけ金持ちですか生徒会って」
「……俺もそう思うよ」
亜丞はやや視線をそらしながら答える。
今回行くのは一般的な普通の海である。
が、その一部分を誘ってきた元生徒会長の家が"所有"しているらしい。
「まあ、そのおかげで色々助かる部分もあるしな」
「こっちとしては面白ければ構いませんけど」
「そうだな…………」
不意に言葉を止めて、亜丞は表情を歪めた。
「ん?」
「げ」
飲料水売り場の前で、オレンジと赤の野菜ジュースを見比べている人物。
見られていることに気づいて亜丞に視線を向ける。
それにより、亜丞の表情はさらにゆがんだ。
「これはこれは」
「何でいるんだよ行平お前」
「それはもちろん、ここが店で俺が消費者だからだ」
「しかも相変わらず面倒くさい」
「亜丞先輩のお知り合いですか?」
「………………一応」
「何でそんなに躊躇ったんですか」
里見行平。
天祥学園とも交流がある、聖名下学院。
そこで、王貴と同じように生徒会長を務めている人物。
そして。
「幼馴染に対してひどい奴だな」
「そんなこと露ほども思って無いだろうがお前は」
亜丞の幼馴染でもある。
「俺が何処で何をするかは、俺だけが決めることが出来る。そうだろ?」
「それはそうだが、言い方がイライラするんだよ」
「まあ、俺だから、な」
イラッとしながらも、亜丞は呆れたようにため息を吐いた。
行平は、なんというか、非常に面倒くさい。
厳しく言えば、うざい。
そしてそれをわざとやっている節があるので、より面倒なのである。
もっとも、そのお陰で常識というものは理解しているので、そこは幸いなのだが。
(面倒なのには変わりないよな)
「ところで、お前はこれをどう思う?」
「どうって……野菜ジュースだろ」
「トマトのみの赤い奴と、にんじんのほかほうれん草などを含みながらもオレンジの奴。栄養面からすると後者の方が豊富に感じられるが、色からすると前者の方が妥当だろう?」
「どうでもいいわ!!」
「で、実際何してたんです?」
ペースに乗せられる亜丞の隣で、マイペースに慧斗が尋ねた。
「まあ、ぶっちゃけると暇だっただけなんだがな」
「暇って……お前、一人か?」
「いや?全員だが」
「全員って……まさか!?」
「あらまあ、鈴村亜丞さんじゃありませんか」
その声に、亜丞は見て分かるほどびくりと肩を震わせた。
動かない亜丞に代わり、慧斗が振り返る。
そこにいたのは、"お嬢様"。
ふわりとした長いスカートを指先で軽くつまみ。
にこりと軽く首をかしげて見せるその笑みは、知っているものに少し似ていた。
質素すぎず、それでいて派手ではない華やかさを纏い、佇む姿。
それはまさに、典型的ともいえる"お嬢様"であった。
「やあ永久子さん、2階はもう良かったのか?」
「ええ、一通り見て回りましたから」
亜丞を挟むようにして並んだ行平と笑顔で会話を交わす。
秋篠永久子。
行平と同じく聖名下学院の生徒であり、生徒会に所属している。
そして、行平と同じく亜丞の幼馴染でもあり。
「ドウモ永久子サン、オ元気ソウデ」
「亜丞さんは、大丈夫じゃなさそうね。口調が片言よ?」
「緊張でもしてるのだろう、こいつめ」
「お二人とも心底楽しそうすね」
珍しく亜丞が弄られている様子を、慧斗は(他人事に)眺めていた。
「それより行平さん、皆が探していたようですよ?」
「もうそんなに時間がたっていたか。そろそろ誰か怒り出している頃か?」
「ええ、さっき見たら一人既におかんむりよ」
「分かってるんなら帰ってやれよ」
恐らく、行平たちの同級生か後輩あたり、同じ生徒会のメンバーであろう。
不憫に思いながら、そして共感を覚えながら亜丞はあさっての方を向いた。
「そうするとしようか。それじゃあな」
「それでは、また」
そう言って、亜丞と慧斗に向かい挨拶をしてから。
二人はようやくその場を去っていった。
見送るようにその背中を見つめる慧斗の隣で、亜丞は顔に手をやっていた。
「お帰り、買出しご苦労さん」
ようやく終わったのだろう。
レジに並ぶ女性人を見守るようにたっていた九郎が、合流した亜丞と慧斗に声をかける。
「お疲れ様です九郎先輩」
「おう…………なんかそっちも疲れてるみたいだけど」
主に亜丞が、と付け加えて。
慧斗の少し後ろで、あまり良くない顔色の亜丞を見て、九郎は尋ねた。
「まあ、色々ありまして……というか、会いまして」
「へ?」
「…………結局九郎と同じくらい疲れた、絶対」
「まあ、傍から見てる分には面白かったですよ」
「そうですね!」
会計を済ませ戻ってきた王貴たちにも大丈夫かと訪ねられるが。
亜丞はただ、ため息を吐いて返した。