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Scool!!  作者: 白金千乃
一学期
13/25

髪と乙女




   「っくしゅ」


   小さなくしゃみが、部屋の空気をかすかに震えさせる。



   「王貴ちゃん、大丈夫?」

   「平気よ、ありがとう」


   季節に合わないホットココアを差し出して、世乃は心配そうに尋ねる。

   受け取りながら、頭にタオルをかぶった王貴は微笑んだ。


   結局、あの後一時間ほど、"プール掃除"は続いたわけで。

   王貴と九郎が生徒会室に戻ってきたときは、ずぶ濡れに近い状態だった。

   もっとも、九郎の方は最後の水の一斉放射の二次被害を受けただけなのだが。




   「九郎君も飲む?」

   「や、俺はいいよ。悪いな世乃」


   軽く手を挙げて断ると、九郎は肩にタオルをかけてため息を吐いた。



   「王貴も髪ちゃんとかわかせよ」

   「そうしたいのはしたいんだけど……」


   困ったように笑う王貴を見て、不思議に思い九郎は首を傾げる。

   気がついたのは、世乃。


   「もしかして、ドライヤー?」

   「うん、さすがに生徒会室には置いて無いから」


   コーヒーメーカーやら冷蔵庫やらレンジやらは置いて在るのに。

   思いつつも口に出さずに、また九郎は不思議そうな顔をした。


   「タオルじゃ駄目なのか?」

   「駄目って訳じゃないけど……時間掛かるもの」

   「王貴ちゃん髪長いから……それに痛むからね。私借りてくるよ」


   多分更衣室あたりにあるだろう、と言って、世乃は立ち上がり部屋を出た。

   王貴は見送りながら、タオルで髪をくるむようにしていた。


   「まあ、乾かさないままでも痛むからね」

   「なるほど、風邪とかじゃなくてそっちの心配もあるのか」

   「女の子だからね」


   そういわれて、九郎は納得しながら王貴の髪を見た。

   昔から長かったのだが、確かに、いつもきちんと手入れがされていたように思える。

   長いのに絡んだりはしないようだったし、いつも真っ直ぐさらりとしていた。


   「うーん、少し邪魔になってきたかなあ……」

   「そうだな、夏場だし少し括ったりしたほうが……」


   はっとして、言葉を止める。

   目の前の彼女の手先は、自分のネクタイも結べないほどに、不器用だと思い出して。


   運動するときなどに一つにまとめたりはしているのは見たことが在る。

   恐らくそれくらいなら出来るのだろう、ゴムで縛るだけなので。



   「……いっそ切ってしまおうかなあ」

   「え!」

   「え?」


   王貴の呟きに九郎が声を上げる。

   不思議に思い王貴は九郎を見た。


   「九郎?」

   「いや、それは少しもったいない気がして」

   「もったいないかな?」


   「せっかく手入れしてそこまで綺麗に伸ばしたんだろ?」


   王貴の髪にタオルを乗せて、優しくふいて乾かしながら、九郎は言った。

   九郎の言ったもったいない、の言葉を小さく繰り返しながら。

   王貴は笑顔で、振り返った。


   「……うん、やめる。もったいないから」


   「じゃあ夏場は色々結び方を試してみようかな。ね、九郎」

   (やっぱり俺がやるのか……)












   女子更衣室のドライヤーを一つ借りて、世乃は足早に廊下を駆けていた。



   「あ」

   「え」


   曲がり角を曲がった直後、目の前に見えた姿を避けられずに。


   ぶつかった反動で後ろに倒れそうになるが、頭に痛みを感じて思わず前のめりになる。


   「痛っ」

   「ちょ、大丈夫すか?」

   「あ、はい大丈夫ですごめんなさい……あれ、慧斗君」

   「危ないですよ、ほら」


   そう言って示されたところを見ると。

   世乃の髪が、慧斗の制服のボタンに引っかかってしまっていた。


   「……絡まっちゃった……」

   「駄目ですよ、せの先輩ぽけっとして危なっかしいのに走ったりしちゃ」

   「ご、ごめんなさい」


   後輩に注意され、世乃は俯いてしまう。

   さりげなく失礼なことの様にも感じられたが、世乃は気づかない。


   「結構絡まってますね……」

   「うーん……慧斗くん、ハサミもってない?」


   世乃が尋ねると、慧斗は呆れたような顔で世乃を見た。

   不思議に思い世乃が尋ね返す。


   「け、慧斗君?」

   「まさか髪切るつもりですか」

   「え……そうだけど」


   呆れ顔をいっそう深くして、慧斗はため息を吐いた。

   少し下を向いたまま、呟くように世乃に告げる。


   「……もういいですから、そこでじっとしといてください」

   「え、でも」

   「いいから」


   その剣幕に押され、言われるがまま、世乃は大人しく待つことにした。

   慧斗は指先で、絡まった髪を丁寧に解いていく。



   「髪とか、無闇に切るもんじゃないと思いますよ」

   「それはそうだけど……慧斗君にも迷惑がかかってるわけだし……」


   二人は現在廊下の角に立ったまま動けずにいる。

   少なくとも、慧斗の時間を浪費させてしまった。


   「別に、というかせの先輩は少し小心すぎです。俺後輩ですよ?」

   「う、うん……えっと……頑張ります?」

   「……まあ、それがせの先輩らしさですけど」



   するりと、ボタンの留め具から髪が外れる。


   「取れましたよ」

   「ありがとう慧斗君……慧斗君?」


   世乃の髪をつかんだまま、無言の慧斗を世乃が見つめる。

   はあ、とため息を吐いて、慧斗はその手を離した。

   こぼれた髪が、さらりと流れていく。


   「髪」

   「え?」

   「綺麗ですね、髪」

   「え……」

   「だから」



   「今度引っ掛けても、ハサミで切ろうとかしないでくださいね」

   「もうしないってば!」


   本心から呆れたように言われ、反抗するように世乃は叫んだ。







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